第9話 廃村のオーク

 冬の夜は過酷な世界だ。照りつける太陽が地平線に沈むと急速に冷え込み、肌を突き刺す寒風が吹き荒ぶ。

 そんな夜の荒野で、ユーキとスツェリは腹ばいになっている。視線の先にはオアシス。そして、明かりが灯るいくつかの建物。

 昼間に訪れたワーラビットの村ではない。そこから半日歩いた所にある廃村、すなわち盗賊団のアジトだった。ワーラビットの話が本当なら、あの村に50人ほどのオークが巣食っている。


 それをユーキは追い払えると言った。スツェリも、彦三郎も、ワーラビットの村人たちも耳を疑った。しかし作戦を聞いてみると、カマクランの武力が前提ではあるものの、そこまで無謀ではないと感じるものだった。リスクを負うのもほぼユーキひとりだ。

 オークの盗賊を蹴散らし、溜め込んだ物資をユーキたちが横取りし、余った物資はワーラビットたちが隣村に返す。失敗したらワーラビットたちはしらばっくれる。そういう約束で、ユーキはワーラビットたちに準備と道案内を頼んだ。


 夜まで仮眠を取り、日が暮れてから村を出発。夜半過ぎに馬車は廃村に着いた。それから廃村を見渡せる丘の上に陣取り、星で時間を計りつつ盗賊たちの様子を伺っていた。


「……そろそろいいかな」


 仰向けになって星を見ていたユーキが、ごろんと寝返りを打った。月は西に傾き、日はまだ東から昇らない。真夜中だ。


「本当にやるのか、ユーキくん」

「任せて。っていうかこの作戦、スツェリさんが大事なんだから、しっかりしてよね」

「お、おう。うむ」


 体を張るのはユーキだが、作戦の要はスツェリだ。自分が失敗してユーキを危険に晒すわけにはいかない。スツェリは改めて気合を入れ直した。


「それじゃ手筈通り、よろしく」


 弓と大太刀を担いだユーキは、丘を降りて廃村へと近付いていった。

 村の門は3ヶ所。それ以外は魔獣避けの石垣に囲われている。ユーキは岩陰に身を隠しつつ、門のひとつに近付く。

 そこにはオークの見張りが2人立っていた。体毛が無く、筋骨隆々とした体を革鎧で覆っている。身長はどちらも六尺180cm以上。話に聞いていた通り、体格に優れた種族だ。

 見張りは篝火の側で、槍を手に壁に寄りかかっている。命令されたから見張っているが、やる気がないことを全身で表している。


 篝火の光が届くギリギリまで近付くと、ユーキは矢筒から矢を2本取り出した。1本は弓につがえ、もう1本は右手の小指と薬指で保持する。弓の弦を引く指は3本あれば十分だ。

 弓を引き、放つ。見張りのオークの頭を矢が貫いた。オークの死体が木の門に縫い付けられる。


「えっ、あれっ、え……!?」


 もうひとりのオークは突然死んだ同僚に驚いていた。だが、それも数秒のこと。すぐに悲鳴か警戒の声を上げるだろう。

 その前に黙らせる。小指と薬指で挟んでいた二の矢を番え、狙いをつけながら弓を引き、最速で放った。

 矢は闇夜を飛び、声を上げようとしたオークの喉に突き刺さった。悲鳴の代わりにゴボゴボとくぐもった水音が響く。その音はあまりにも小さく、誰の耳にも届かなかった。


 死体の首を獲ったユーキは、石垣を乗り越え内側から木の門を開けた。後には誰も続かないが、これを開けておくことが大事なのだ。

 それから改めて村の中を見渡す。門から一直線に道が伸びて、村の中心の広場へ続いている。周りにはレンガ造りの家が立ち並び、崩れかけているものもあれば、明かりがついているものもある。

 ひとまず見える範囲に起きている敵はいない。すぐそこにオークが1人いるが、酔い潰れて腹を掻いている。


「さーて」


 ふんす、と鼻を鳴らして気合を入れる。ここからが夜討ちの真骨頂だ。

 ユーキは弓を壁に立てかけ、大太刀を抜いた。とりあえず路上で酔い潰れていたオークの首を斬る。それから少し歩いて、おもむろに明かりのついた家に入った。

 オークが2人、雑魚寝をしている。ひとりの胸に大太刀を突き刺す。すると、その物音でもうひとりが起き上がった。


「あ? なん――」


 短刀を抜き放ち、首に突き刺す。オークの青い血が、天井とユーキの顔を染めた。

 2人の絶命を確かめたユーキは、点いていたランプを床に叩きつけた。火のついた油が飛び散り、炎が解き放たれる。燃え広がる前にユーキは外に出て、次の獲物を探す。

 村の中央にある広場に行くと、井戸で水を飲むオークを見つけた。後ろから忍び寄り、大太刀を振るう。釣瓶と一緒にオークの首が井戸に落ちていった。


「何だお前ェ!?」


 振り返る。赤ら顔のオークが驚愕していた。今のユーキの殺人を見ていたのだろう。

 ユーキはすぐに大太刀を構え、突進する。オークは慌てて逃げようとしたが、遅い。背中から心臓を貫かれた。

 だが、口封じにはならなかった。


「何だよ今の」

「し、死んでる! 死んでるぞ!」

「おい燃えてねえか!?」

「誰か入ってきてるぞ! 敵だ!」

「敵だぁーっ!」


 赤ら顔のオークの叫びを発端に、廃村のあちこちからざわめきが聞こえてきた。ユーキは手近な篝火を蹴倒すと、素早く建物の影の暗がりに飛び込んだ。

 もとより50人全てを不意打ちで殺せるとは思っていない。むしろ気付かれる前に7人も殺せたのは上々だ。


 目を覚ました盗賊たちは混乱していた。何やら焦げ臭いし、死体もいくつか転がっている。どうなっているのかと顔を見合わせ、とりあえず身の安全を確保するため、武器を手に村の中央広場へと集まった。


「おいどうなってんだ?」

「火事だ! 火を消すんだよ!」

「それよりも敵だ! どっかに隠れてるはずだ、そいつを探せ!」

「敵だと!? 誰が来たんだ!」


 意見が錯綜し、オークたちは右往左往する。


「稲妻よ、敵を討て」


 絶好の的であった。


「ブリッツプファイル!」


 詠唱に続いて、稲妻が村の道路を駆け抜けた。白い雷は中央広場で炸裂し、集まっていたオークの一部を薙ぎ倒した。


「おああああっ!?」

「魔法!?」

「おい、あいつを見ろ!」


 開かれた門。その中央に、馬に乗った女騎士が佇んでいた。白銀の鎧は見事に磨かれ、只者ではない様相だ。手にした長剣は稲妻を纏わせており、たった今オークたちを薙ぎ払った証となっている。

 女騎士は剣を掲げると、高らかに叫んだ。


「サーガンディア卿の領地で狼藉を働く不届き者め! 貴様らの横暴も今日までだ!」


 更に、オークたちの前に黒いものが2つ転がる。投げ込まれたのは、最初にユーキに撃ち殺された2人の門番の生首だった。


「うわっ……ぜ、全軍突撃! 一人たりとも逃がすな!」


 なぜか動揺しながら女騎士が剣を振り下ろすと、その後方から鬨の声が上がった。


「うおおおおっ!」


 ガチャガチャと鎧の音が響く。1つ、2つではない。数十人規模の突撃だ。

 突然の襲撃に、オークたちは浮足立った。


「領軍だ!」

「嘘だろ、ボロ負けしたはずじゃ……?」

「逃げろ! 逃げろ!」


 誰かの叫びにつられて、オークが1人背を向け、2人逃げ出し、壊走が始まった。、残り2つの出入り口はがら空き、逃げるにはうってつけだった。


 必死に逃げるオークの様子を眺めながら、ユーキは建物の影でにんまりとほくそ笑んだ。作戦通りである。

 いくらカマクランでも1人で50人は殺せない。ヒトの群れは、仲間が大勢やられたり、不利を悟ると逃げてしまうからだ。

 逆に言えば、50人を追い払うだけなら全員殺す必要はない。


 まずユーキは廃村に忍び込み、手当たり次第に人を殺して火を放ち、盗賊たちが混乱する下地を作った。そうして暴れていれば、自然とオークたちは目を覚まし、何事かと村の中央に集まってくる。

 そこに門から入ってきたスツェリが必殺の雷魔法を撃ち込む。オークを一網打尽、とまではいかないが、相当な被害が見込める。夜襲に加えて稲妻の一撃を受ければ、オークたちは混乱するだろう。

 更にスツェリが、領主の軍勢が来たと偽って名乗りを上げる。スツェリの鎧はいかにも騎士らしいデザインで、騙すにはうってつけだ。

 問題は騎馬だが、馬車馬に跨ることで誤魔化した。幸い夜だったので、鞍のない裸馬に乗っていることにオークたちは気付かなかったようだ。

 最後に、村の外に隠れていた彦三郎たちが金物を打ち鳴らして、大勢の兵士が攻めてきたように見せかける。これでオークたちは領軍が攻めてきたと勘違いして逃げ出した。


「さあ、楽しい楽しい犬追物いぬおうものの時間だよ」


 戦場帰りの盗賊団といえども、背を向けて逃げ出せば烏合の衆。ユーキは思う存分弓を放ち、逃げ惑うオークを次々と射抜いていく。放っておいてもオークたちは夜の荒野に飛び出して野垂れ死ぬはずだが、それでは不安だ。できるだけ殺して安心したい。

 ただ、その浅ましさがユーキを目立たせた。


「ウオオオオッ!」


 咆哮。振り向けば、ハルバードを手にしたオークが突進してくるところだった。ユーキは素早く弓を放つ。だが、大鎧すら貫くはずの矢は、オークの鎧に弾かれた。


「ッ!」


 ユーキは飛び退ってハルバードを避ける。それから弓を投げ捨て大太刀を抜いた。


「クソガキが小賢しい真似を! 叩き潰してネズミの餌にしてやる!」


 他のオークよりも一際大きい。恐らくこれが盗賊団の首領、ヤーシブ軍曹だろう。

 得物はハルバード。ユーキの倍はありそうなオークの背よりも更に長い槍だ。それに、槍の穂先を挟んで斧の刃と鶴嘴つるはしがついている。更に柄も鉄でできている。

 着込んでいる鎧は鉄板を革紐で繋ぎ合わせただけの無骨なものだ。ただ、その鉄板が分厚い。重さで身動きが取れなくなりそうなものだが、オークの体格と筋力はものともしない。

 総評すれば、歩く鉄の塊。今まで斬ってきた雑多なオークとは違う。ユーキは顔を引き締め、大太刀を構えた。


「オルァッ!」


 ヤーシブがハルバードを振り下ろした。鈍重そうな見た目に反して、武器の振りは速い。ユーキは後ろに大きく飛んで避ける。斧の刃が地面を穿ち、土が舞い上がった。小石がユーキの頬をかすめる。受け止めようとしていたら、刀もろとも潰されていただろう。

 ユーキは側面に回り込み、鎧に守られていない脇の下を大太刀で狙う。しかしヤーシブは素早くハルバードを引き戻し、鉄の柄で太刀を受け止める。弾かれる刃。更にヤーシブは蹴りを放ち、ユーキの肋骨を砕こうとする。ユーキは手甲で蹴りを受け、更に自ら後ろに飛ぶことで衝撃を和らげた。

 ユーキが着地した所へヤーシブが飛び込んでくる。屈んだユーキの頭上を、横薙ぎのハルバードが唸りを上げて通り抜けた。ハルバードの鶴嘴が建物の壁に突き刺さり、粉砕する。

 ユーキはヤーシブの足を狙って大太刀を振るう。しかしヤーシブは飛び上がって避け、落下の勢いを乗せてハルバードを振り下ろす。ユーキは地面を転がって避けるが、地面を穿つ衝撃に吹き飛ばされた。


「ハッハァ! 逃げるしか脳がねえのかァ!?」


 ヤーシブの嘲りに耳を傾けず、立ち上がったユーキはすぐさま首を狙って斬りかかる。ヤーシブは先程と同様にハルバードの柄で刃を受け止めた。

 ぶつかった瞬間、ユーキは刃を横に寝かせて柄の上を滑らせた。その先にあるのは、柄を握るヤーシブの手。


「ガアアッ!?」


 指が4本、地面に転がった。ヤーシブの右手から青い血が噴き出す。返す刀で首を、と思ったが、ヤーシブはハルバードを短く持ち、左手一本で振り回した。未だ頭蓋骨を砕くには十分な威力を持つその刃を、ユーキは僅かに屈んで避ける。そして頭上を通り抜ける腕へ、手にした刃を跳ね上げた。

 ヤーシブの手首がハルバードを握ったまま宙を舞った。驚愕に染まるヤーシブの瞳。それが、大太刀を最上段に振り上げたユーキを捉えた。

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