第35話 旅のおわり

 温かい。


 初めに感じたのは心地よい温もりだった。

 凍える寒さではなく、身を焼く熱さでもない。

 それから、目を瞑っていることに気付き、沈んでいた記憶が戻って来る。


 ユーキ。


 ひゅっ、と肺がすぼまり、ユーキは目を見開く。自分の体がバラバラになっていないか確かめようと腕を動かせば、激痛が走る。まるで言うことを聞かない。

 そもそも体をガッチリと抱き締められている。捕まっているのかと焦ったが、それがスツェリの体だと気付いた。ユーキは少し安心する。


「スツェリさん?」


 顔を上げる。そこにあるはずの、スツェリの首が無い。


「え」


 喉からかすれた声が絞り出される。


「なん……で……」


 逃がしたはずだ。必死になって戦ったはずだ。それなのに、生きていてほしいと願ったスツェリが、首のない死体になって転がっている。

 嫌だ。嫌だ。そんな結末は。ユーキは必死になって身動ぎするが、体がまともに動かない。自分を抱く骸から抜け出せない。

 それでも必死に手足を動かしていると、頭の後ろから唸り声が聞こえた。


「むう……?」


 後ろに誰かがいる。ユーキは振り返ろうとしたが、死体に抱きかかえられていて動けない。

 と思いきや、死体がひょいっと腕を上げた。


「え」


 固まるユーキ。

 死体はユーキの後ろに手を伸ばすと、何かを引き寄せた。スツェリの首だ。それを首の断面につけると、生きているかのようにピタリとくっついた。

 首が繋がったスツェリがぼそりと呟く。


「寝首を掻かれたか」

「そういう意味だったの!?」


 『寝首を掻かれる』というのは、デュラハンの言葉で寝相が悪くて首が転がっているという意味である。

 それはともかく、ユーキの叫び声にスツェリが気付いて目を丸くした。口を半開きにしてユーキをじっと見つめていたが、不意に顔を歪めた。


「いぎでる」


 涙で顔と声をぐしゃぐしゃにしながら、スツェリはユーキの体を強く抱きしめる。


「よかった! おきてる! いきてる! よかった!」

「ちょ、ま、いたっ、いたたたた!?」


 あまりに強く抱きしめるものだから、全身が縄で締め上げられたかのように痛い。というか、包帯が巻かれた腕が特に締め上げられているから余計に痛い。

 ユーキは必死に訴えるけど、子供のように泣きじゃくりながら抱き締めてくるスツェリにはまったく言葉が届いていない。


「ス、スツェリさんしっかり! 子供じゃないんだから!」

「びゃあああ! びゃあああ!」


 ユーキはスツェリをなだめようとするが、逆効果でますますスツェリは騒いでしまう。いよいよどうしようもなくなってきた。


「なんだ、騒々しい……って起きたか小僧!」


 そこに入ってきたのは、着物姿の鎌倉武士カマクランだった。彼は一目で状況を理解すると、スツェリの頭をひっぱたき、怯んだ隙にスツェリからユーキを引き剥がした。


「これでよし。それじゃ、後はゆっくり話せよ」

「ありがとうございます……?」


 名前も知らない鎌倉武士に助けられ、首を傾げながらお礼を言うユーキ。鎌倉武士は頷くと、さっさと部屋を出ていった。


「誰だろ」

「……竹崎殿だ」


 まだちょっとぐずっているスツェリが答えた。ユーキが知らない鎌倉武士をスツェリが知っていることがちょっと気になった。


「スツェリさん、僕が寝てる間に何があったの?」

「そりゃあもういろいろ、いろいろあったぞ」


 そう言うとスツェリは語り出した。

 ユーキと別れた後、スツェリは近くを偵察していた季長すえながに出会った。さっき入ってきてユーキからスツェリを引き剥がした鎌倉武士だ。季長はスツェリの話を聞くと、そのまま突撃してジャルディーンを討ち取った。

 重装弓騎兵突撃カマクラン・チャージが直撃し、大将まで討ち取られた領軍は、ほうほうの体で逃げ出した。季長たちがジャルディーンをはじめとする多数の首を掲げて平阪府に帰還すると、総大将の宇都宮うつのみや貞綱さだつなは頭を抱えていた。


 その後、ユーキは平阪府で手厚い治療を受けた。全身傷だらけで両腕は真っ黒焦げ、いつ死んでもおかしくない状態だった。しかし、必死の治療と、ユーキ自身の生命力でどうにか持ち直した。治癒魔法が使えるシルキーたちが平阪府で働いていたのも幸いした。

 一命をとりとめた後は、季長の屋敷に泊めてもらい、そこでスツェリがずっと看護していた。金は彦三郎たちを解放した謝礼があったし、季長も共闘したユーキに思うところがあったので、話は滞りなく進んだ。


「それなのにさあ、ユーキくんはちっとも目を覚まさなくてさあ。毎日毎日頑張ってるのに、全然起きてくれなくて……」

「スツェリさん、落ち着いて。ね? もう起きてるからね。生きてるから。心配してくれて、ありがと」

「よかったあ……」


 また泣きそうになったスツェリをなだめる。


「……だいたい、スツェリさんが泣いてたら、僕が頑張った意味がないじゃん」

「へ?」

「僕が生きてるって言ってくれたスツェリさんを守りたくて戦ったんだから。初めてだったんだよ? 首の事を考えないで戦うなんて」


 顔を少し赤らめ、視線を逸らして呟くユーキ。

 その言葉を聞いたスツェリは、驚きに目を見開いた後、感極まった笑みを浮かべてユーキに抱きついた。


「ありがとう! ユーキくん、ありがとう!」

「だから、腕が痛いって、いたたた!」


 腕の痛みは辛いけど、温かさに包まれるのは嫌じゃなかった。




――




まだらのユーキ ~鎌倉魔寇見聞録~


第一部 魔界つれづれ二人旅 完

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まだらのユーキ ~鎌倉魔寇見聞録~ 劉度 @ryudo

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