第16話 薩摩のエルフ
「よういらっしゃった、外の人。ウチば
「その前に説明と言っているだろう!?」
カトブレパスを倒した後、なぜか死にたがるエルフたちから事情を聞こうとしたスツェリだったが、そこにトレントの群れが襲いかかってきた。途端にエルフたちは立ち直り、あっという間にトレントたちを屠ってしまった。
気を取り直したエルフたちは、今いる場所は危ないということで、スツェリたちをエルフの隠れ里に案内してくれた。隠れ里は森の奥の川沿いにあり、木の家が立ち並び畑が広がっていた。
スツェリたちは長老の家に案内され、そこで長老のタトゥーインに引き会わされた。タトゥーインは挨拶するなり首を差し出してきた。ひょっとしてエルフは言葉が通じない魔獣なのではないかと不安に思う、スツェリであった。
長老の身代わりに殺されようとする妻を座らせ、どうにか事情の説明が始まった。
事の発端はあの生首ガーデンロードだ。あそこはエルフの隠れ里の入口で、許可なく入ろうとした者は隠れ潜んでいたエルフたちによって、果樹園の仲間入りを果たしていたらしい。
そこにユーキがやってきた。カマクランを撃ち殺していいものか迷っていたが、意図を察して引き返したので、エルフたちはホッと胸を撫で下ろした。
そのまま見送るのも申し訳ないので、魔法で茂みを操って、隠れ里を迂回して森を抜けるルートに案内した。道が変わっていると言っていたユーキの直感は当たっていたわけだ。
そして、親切心が裏目に出た。森の奥から出てきたカトブレパスとユーキたちが鉢合わせ、あわや全滅の危機であった。後をつけていたエルフたちの援護射撃で事なきを得たものの、エルフがユーキたちにカトブレパスをぶつけたようなものである。
「おいは恥ずかしかっ! 生きて……」
「気持ちはわかったからそこまでしなくていい!」
またしても首を差し出そうとする案内エルフを止めるスツェリ。
しかしエルフは譲らない。
「じゃっどん、大恩あるカマクランを危のう目に遭わせたんは事実! 詫びの一つも入れんば、生きてけんでごわす!」
「……恩がある? カマクランと何かあったのか?」
「あったも何も!」
長老が胸を張る。
「あんのクソ魔王のザッハークを打ち倒し! ワシらエルフを解放し!
「従五位!?」
ユーキが目を丸くして驚いた。
「ジュゴイって?」
「官位だよ! 日本の! 貴族だよ!? 何でそんな事になっちゃったの!?」
いつにない驚きようを見せるユーキに対し、タトゥーインは朗々と語り出した。
話は魔王ザッハークがエルフたちを降伏させた時に遡る。一人残らず奴隷にされたエルフたちは、奴隷戦士隊として魔王の遠征にひたすら付き合わされた。その中には、魔王最後の遠征となる魔寇も含まれていた。
待ち構えていた
強壮公ドゥルジとゴーレム部隊の活躍もあり、何とか海岸線に築かれた石垣を突破したものの、鎌倉武士たちは博多の街に火を放ちつつ撤退。周辺の山や城、神社仏閣に籠もり、熾烈なゲリラ戦を繰り広げた。
その中でタトゥーインたちは鎌倉武士による包囲を受ける。友軍はエルフを見捨てて後退し、いよいよ絶体絶命かと思われた時、彼が姿を現した。
「
「うげえ……」
名前を聞いたユーキがうめき声を上げる。
「知っているのか?」
「会ったことはないけど、薩摩守護ってことは大物だよ」
「まっこと、強かお人じゃった。命捨てがまろうち思たとこに、一騎討ちを申し込んできたんじゃ」
この時点でエルフとカマクランの間で言葉は通じていない。しかし、タトゥーインと忠宗は言葉を超え、心が通じ合っていた。忠宗が馬を降り、一人で向かってきた時、タトゥーインも仲間から離れ、一人で相対するべきだと直感で理解した。
タトゥーインと忠宗の
その後、ザッハークが討たれ、魔王軍が
日本に残された捕虜の扱いは武将たちに任された。例え魔族であろうとも、貴重な労働力である。見せしめに殺されるのはごく僅かであり、農地をあてがわれる者、鉱山に放り込まれる者、役人の小間使いにされる者、様々な就職先があった。中には鍛冶師や織物職人など技能職に就いた者もいた。
肝心のエルフだが、魔寇の捕虜の見本としてタトゥーインをはじめとする数人が京と鎌倉に送られることになった。日本有数の御家人である島津家のコネとカネのパワーである。
上京したエルフは今上帝――後の
「えっ、なんで? 今のに叙爵されるような要素はあったか?」
「おいにもわがんね」
「あー、それね、建前だよ。偉い人に会うためにあげたような爵位。名誉職、って言えばいいのかな……」
本来なら『帝に会えるのは従五位以上』という決まりが時代とともに逆転し、『帝に会う者には従五位を渡さないといけない』というルールになってしまったらしい。噂では、鳥や猫、馬にも与えられたことがあるらしい。
じゃあ下級貴族や武士は猫以下なんですかと問われると皆悲しくなるため、建前である。現に猫や鳥や馬には領地も仕事も与えられていない。
とにかくこの対応を考えると、朝廷は当初エルフを人間扱いしておらず、珍しい動物が来たから見てみようという感覚だったようだ。
その先入観は、タトゥーインが帝に放った言葉によって粉砕される。
「不肖タトゥーイン! エルフ一族を代表して帝にご拝謁を賜り、恐悦至極に存じまする!
我らエルフ一同、悪王ザッハークに囚われ塗炭の苦しみを味わっていた所、帝の御威光を受けた戦士たちに解放された次第!
我ら一同、帝にさらなる忠勤を捧げたく、願わくば我らが故郷の森の所領を安堵していただきたく候!」
拙いながらも、聞き間違えようのない日本語であった。居合わせた貴族、そして帝は大いに驚いた。
魔寇から半年も経つと、捕虜になった魔族たちは日本語を少しは話せるようになっていた。その中でもタトゥーインは日本語を熱心に学び、忠宗に部族の窮状を訴え、なら帝と幕府に所領安堵を申し出るといい、とアドバイスを受けるほどであった。
同じ事は鎌倉の御所でも起きた。日本語エルフの衝撃に打ちのめされ、朝廷と幕府はただちに協議。間もなくエルフに『血の森』の所領安堵の沙汰が下った。
これを受け、島津家はエルフたちを解放。平坂府を通してエルフたちを魔界に送り届けた。こうしてエルフたちは、100年ぶりに故郷の森へ戻ることができたのである。
後々、幕府よりも先に朝廷に所領安堵を求めるのはどうなんだとか、切り取り次第の幕命はどうなったんだとか、島津は何考えてんだとか、亀山院がエルフを側室にしやがったとか、所領の範囲をちゃんと決めてなかったからエルフが侵略戦争を始めたとか、おびただしい問題が噴出するのだが、当のエルフたちには知ったこっちゃなかった。
「じゃっどん、カマクランはおいらの大恩人じゃ。森の東までは
これまでの経緯を語り終えたタトゥーインはにっかりと笑った。ひとまずエルフたちはユーキたちカマクランに好意的で、森を抜けるための道案内をしてくれるらしい。
襲われないならありがたい、あと死にたがりが収まってよかった、とスツェリが胸を撫で下ろした、その時だった。
「おやっどん! 一大事でごわす!」
どたどたと荒々しい足音がしたかと思うと、エルフが屋敷に駆け込んできた。
「せわらしか、どげんした!」
「アンカブートじゃ! 森の奥からアンカブートが出てきよった! 東の魔王国の連中は、全員蜘蛛の餌じゃ!」
「なんじゃとう!?」
「長老、アンカブート、とは?」
何やら不穏な気配がしたので、スツェリは質問してみる。するとタトゥーインは苦々しげな表情で答えた。
「アンカブートちうのは、やっでこっ……蜘蛛の魔獣じゃ。おいらも入らん森の奥に住んどる。体は屋敷より大きいし、足はブナん木より太い。カトブレパスやバンダースナッチをバリバリ食う。出てきた時はおいらエルフが総出で掛からねばならん」
「そんな……」
さっきのカトブレパスでさえ、エルフの援護がなければ殺されていた。それを餌にする魔獣など、どうこうできるとは思えない。そんな魔獣が東に巣食っていては、森を抜けることは不可能だ。
スツェリが真っ青になっていると、意外にもタトゥーインは頼もしげに笑った。
「心配せんでいい。エルフに二言は無え。ましてやカマクランの前ではの」
続いて知らせを持ってきたエルフに命じる。
「太鼓鳴らせぇ! 皆を呼べぇ!」
「がってん!」
エルフが返事をして屋敷を出ていく。程なくして、外から太鼓の音が聞こえてきた。
タトゥーインは壁に立て掛けてあった弓と剣を手に取ると、屋敷を出た。スツェリたちが後に続くと、いつの間にか大勢のエルフが屋敷の前に集まっていた。30人くらいはいるだろう。全員、エルフ特有の長弓を手にし、真剣な眼差しを村長に向けている。
「聞けぇ! 皆の衆! 東にアンカブートが出た! こちらのお客人の邪魔をする、こすっからい奴じゃ!
明日の朝、討ち取りに行く! 弓と剣を用意せい!
タトゥーインが剣を掲げると、エルフたちから割れんばかりの歓声が上がった。
「うおおおお!」
「
「ぶち殺せぇぇぇ!」
「おいが誉、見せる時ぞおおお!」
老若男女問わず、エルフには恐れというものが見当たらなかった。中には明日の朝に出撃だというのに、もう村を飛び出そうとしている者もいた。
気合を入れたエルフたちを満足そうに眺めると、タトゥーインはスツェリとユーキに向き直った。
「アンカブートはおいらでどげんかする。お客人らは明日までゆっくり待っちょれ」
「む。僕だって戦うけど?」
「えっ!?」
いきなりユーキがそんな事を言い出して、スツェリは驚いた。
「畜生首だって立派な首。せっかく大物を討ち取りに行くっていうのに、お留守番役なんて心外です! 僕だって戦います!」
「でも弓は壊れてしまっただろう?」
カトブレパスの
「弓はなくても刀があるよ」
そう言って、ユーキは背負っていた大太刀を掲げた。
「……それじゃあ届かんなあ」
切っ先を見上げたタトゥーインがぽつりと呟いた。
「えっ」
「アンカブートの首はあの辺じゃ。届かんじゃろ」
タトゥーインは近くの木の枝を指差した。ユーキは近付いて刀を伸ばすが、届かない。刀を目一杯長く持って、背伸びして、ようやく切っ先が触れた。
「ほら届いた!」
「斬れんじゃろ」
踏み込みすらできない高さだ。刀に力を入れられない。これでは戦力にならないだろう。
「ユーキくん、ここはエルフの人たちに任せてだな……ユーキくん?」
ユーキをたしなめようとしたスツェリだったが、ユーキが妙な動きをしていることに気付いた。両手を地面に水平にして、枝の高さと比べたり、地面との高さに合わせて幅を広げたりしている。
やがて両手の幅を定めると、タトゥーインに聞いた。
「エルフさん!」
「おう?」
「これくらいの長さの、いい感じの棒はありますか?」
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