第33話 本物の鎌倉武士

 ユーキとジャルディーンが戦っている間、ほとんどの兵士たちはそれを観戦していた。仕事を放棄したわけではない。数が多すぎて側に近付けないのだ。

 戦いに割って入れるのは精々4,5人程度。50人ほどがユーキとジャルディーンを円で囲み、逃げられないように壁を作っている。それ以外、怪我人を除いた残りの900人は、とりあえず武器を手にして立っているだけだった。

 特にユーキに迂回された先鋒、オークの盾兵と弓兵は、完全に蚊帳の外に置かれていた。包囲網の一番外側なので、中心の戦いが全く見えないのだ。


「まだやってんのかよ、あのカマクラン」

「みたいだなあ。ラッパが鳴らねえもん」

「早く帰りてえ」


 オークの歩兵たちは手をかざしてみるが、ユーキの姿は本陣の兵士たちに遮られてまったく見えない。それだけの軍勢がいるのに突撃していった鎌倉武士カマクランの蛮勇に身震いする。


「たった1人で伯爵様に挑むとかよお……カマクランってあんなのばっかりか?」

「いやあ、あれは子供だ。本物のカマクランはあんなもんじゃねえよ」


 ハルバードを持ったオークの兵長が訳知り顔で語る。彼は先の魔寇でカマクランと戦ったこともあるベテラン兵だ。


「あれよりヤバいんですかい!?」

「おう。いいか、本物の鎌倉武士カマクランってのはな」


 語り始めた兵長が倒れた。頭の鉄兜に太い矢が刺さっている。


「えっ」


 兵士は振り返る。


 街道を騎馬武者の一団が駆けていた。

 兜を飾る金の大鍬形おおくわがたが煌めいている。

 鉄と革で作られた、大袖ショルダーシールド付きの鎧を様々な色の糸で飾り付けている。

 身の丈を遥かに超える大きさの弓を、あろうことか馬に乗りながら引き絞っている。


 今しがた横を抜けていったユーキとは違う。完全武装、戦意旺盛な鎌倉武士カマクラン50人が、オークの歩兵隊に向けて猛然と突撃してきた。


「ほ、本物だぁぁぁっ!」


 叫んだオークの兵士の喉を、カマクランが放った矢が貫いた。


「うわぁ、畜生ッ!」

「どこから来やがった!?」

「盾だ、盾を構え……ぐえっ!」


 オークたちは慌てて鉄盾を構えようとするが、既にカマクランの間合い。次々と弓で撃ち抜かれる。敵はユーキ1人しかいないと思い隊列を解いていたのが仇となった。


「おい撃て! 準備ができた奴から早く!」

「でも前の味方が、あぐっ!?」


 歩兵隊の後ろの弓隊は慌てて迎撃しようとするが、カマクランは味方歩兵の真っ只中を突っ切ってくるため同士討ちを躊躇してしまう。まごついている間にカマクランが弓隊へ突入。馬の蹄で踏み荒らす。

 先鋒を散々に蹴散らしたカマクランたちは、振り返りもせずに前進、本陣へと突進する。その中に一騎、カマクランではない騎兵がいた。


「これがカマクランか……」


 スツェリである。一応剣は抜いていたが、まったく使っていない。敵に近付く前にカマクランが射抜いてしまうからだ。

 騎士並みの重装備でありながら遠距離攻撃の手段を身に着けていると、こんなにも一方的な戦いになるとは思わなかった。


 だが、ここからは違う。オークの前衛100人を抜けた先に待つのは、焦熱伯ジャルディーンの本隊。その数700。後衛を含めれば900弱。さすがに前衛が突破されたことには気付いており、着々と陣形を整えている。

 対するスツェリとカマクランは僅か50人。桁が違う。


「本当にやるのか!?」


 思わずスツェリは、先頭のカマクランに尋ねてしまう。最初にスツェリに話しかけた、あの緑と黒の鎧を着たカマクランの大将だ。


「無論」


 カマクランの大将は、当然のように答えた。


「いや、無論って……1000人近くいるぞ!?」

「問題ない。前より少ないし、こちらも多いからな」

「は?」


 スツェリは耳を疑った。前より多い。つまり、これ以上の大軍勢と、もっと少ない手勢で戦ったことがあると言う。嘘か狂気としか思えない。


「我らこれより死地に入る! 者共、念仏を唱えておけぃ!」


 本隊を前に、大将が叫んだ。カマクランたちが何かの呪文を呟きながら弓を構えた。馬は足を止めない。ますます加速し、敵軍へと突撃する。スツェリは再び、『重装弓騎兵』という得体の知れない兵種の戦い方を目撃することになった。


 ――重装弓騎兵。矛盾を孕んだ兵種である。


 重装騎兵という兵種はもちろん存在する。重い鎧兜に身を固め、突撃槍ランス戦鎚メイスを振るって敵陣を破壊する戦場の花形である。

 弓騎兵という兵種も存在する。剣も槍も届かない距離から弓で攻撃し、敵が近付いてきたら馬の速さを生かして逃げる、悪夢のような軍勢である。


 ところがこの2つを組み合わせた兵種、重い鎧兜に身を固め、弓で攻撃する重装弓騎兵は非常に珍しい。

 理由は単純、非合理的だからである。弓で戦えば防具は無駄になる。防具を活かそうと近付けば弓が無駄になる。ならばどちらかの専門にした方がいい。

 一応、ビサンツ帝国のカタクラフトや中東のマムルークの中には重装弓騎兵もいたが、それも他の重装騎兵や弓騎兵、そして歩兵と組み合わせて運用されるのが常であった。


 カマクランは違う。馬に乗り、鎧兜に身を固め、弓を使う事が当然に求められる。そんな常識外れの騎馬武者たちの戦い方もまた常識外れのものであった。


「右手から突入する! 存分に撃ちまくれぃ!」


 大将の号令で、カマクランたちは進路を変える。ジャルディーンの本隊に、右斜めの角度で接近する形になった。

 左側、すなわち弓を持つ手の側に敵軍を見据えた鎌倉武士たちは、馬を駆けさせたまま矢を放つ。山なりに飛んだ矢が敵陣に落下する。兵士の体に刺さるものもあれば、盾や鎧に弾かれるものもある。大した損害にはならないが、それでも軍勢の一部が動揺した。


「そこか」


 大将が進路を変える。たった今、隙を見せた部隊に向けて突撃する。後ろのカマクランたちもそれに倣う。

 狙われていることに気付いた部隊は槍衾を作り、更に盾を構えた。先程の騎射を見て、これなら防げると思ったのだろう。


 だが、放たれた50の矢は、鎧も盾もことごとく貫き、兵士たちを薙ぎ倒した。驚愕する生き残りたちに二の矢が放たれ、これもまた射殺する。陣形に空いた大穴に、カマクランたちは躍り込んだ。


 カマクランが扱う和弓には弱点がある。が短いというものだ。

 単に遠くに飛ばすだけなら、山なりに放てば良い。山の獣や軽武装の郎党ならそれでも射抜けるだろう。

 しかし、カマクランの大鎧が相手では、そんな軟弱な矢は弾かれてしまう。弓の弾力を直接叩き込む直射が必要になるし、弓は大きく、矢は太くしなければいけない。


 そうして辿り着いた戦術が、馬に乗って敵に高速で接近し、黒目が見えるほどの至近距離から、身の丈の倍近い巨大な弓で、やたら長くて太い矢を叩き込むという、遠距離攻撃の意味を半ば忘れたものであった。


 なお、騎射行事である流鏑馬やぶさめは的までの距離を6~7mという至近距離で行う。更に実践的とされる笠懸かさがけですら、的までの距離は10~20m程度だ。

 合成弓コンポジットボウで100m以上軽々と飛ばす元軍が、「日本の矢は大きいけど遠くには飛ばないねえ」と漏らすのも仕方ない。


 ただ、弓を最初から近距離武器として考えたならどうなるか。

 鉄の鎧を貫く一撃を、長槍の倍、突撃槍ランスの3倍以上の間合いから、10射も20射も放てる武器と見ればどうなるか。

 そんな武器を持った重装騎兵が50騎、結集して突撃を仕掛ければどうなるか。


鎌倉武士カマクランが来たぞぉーっ!」


 魔王をも震え上がらせた、重装弓騎兵突撃カマクラン・チャージとなる。


 槍兵隊を蹂躙したカマクランたちはそのまま前進、目の前にいたゴブリンの歩兵隊に矢を放つ。ゴブリンたちは隊列を組む間もなく射抜かれ、馬に踏み潰された。


「ええい、怯むな! ハルヴィット騎士団の意地を見せろ!」


 十数騎のイフリートの騎士がランスを構え、カマクランに向けて突撃する。騎馬突撃ランスチャージだ。巨大な槍による一撃を受ければ、カマクランの大鎧といえどもただでは済まないだろう。

 しかし、カマクランの武器は槍ではない。弓である。ランスの穂先が届く前に、一斉射撃が騎士団を襲う。いくつかの矢は全身鎧プレートアーマーすら貫き、そうでなくても騎士を落馬させるほどの衝撃を与えた。騎馬突撃は霧散した。


「これ以上行かせるか!」


 騎士団を一蹴したカマクランたちの前に新たな壁が立ちふさがる。アイアンゴーレムの兵士である。和弓で全身鎧は貫けても、動く鉄の塊を射殺することは不可能だ。

 カマクランの大将は右手を掲げ、拳を握った。すると後に続くカマクランたちが2部隊に分裂した。


「え、えっ!?」


 一言も指示を出していないのに、まるで決められたかのようにカマクランたちが動いている。困惑しつつも、スツェリは大将が率いる部隊についていった。

 分かれた2部隊はアイアンゴーレムの隊列を左右に避けていく。その先にいたフロッガーとバグスの部隊は、指揮する騎士ごと轢き潰された。そして2つのカマクラン部隊は、岩を回り込む川の流れのように自然に合流した。

 一言も交わさずに、戦場でこのように動くとは。一緒に馬を走らせているスツェリでさえ戦慄する練度であった。ここまでの芸当はケンタウロスでもそうそう出来ない。


 快進撃を続けるうちに、軍勢の中心が見えてきた。騎獣に乗るジャルディーン、そしてそれに挑むユーキ。黒焦げになっているユーキの両腕を見て、スツェリは胸を痛めた。

 眼前には更に多くの兵士が集っている。本陣近くともなれば、カマクランの強襲にも動じないように訓練されているらしい。これでは今までのように強行突破することは難しいだろう。

 カマクランだけであれば。


「すぐに助けるぞ、ユーキくん……!」


 スツェリは剣を構える。横目でカマクランの大将を確かめると、彼は黙って頷いた。それを許可と受け取ったスツェリは、手にした剣にありったけの魔力を流し込んだ。


「稲妻よ、敵を討て――」


 呪文を唱える。指令を受けた魔導具が、魔力を雷へと変換する。剣から火花と稲妻がほとばしり、激しく明滅する。

 稲妻を帯びた剣を、ジャルディーンへと向ける。


「ブリッツプファイル!」


 白熱する雷が剣から撃ち出された。並み居る軍勢を焼き切り、吹き飛ばし、陣形をジグザグに破壊する。


 これが魔族同士の戦闘なら、従軍魔術師たちのマジックシールドに防がれていただろう。

 だが、魔術師たちは重装弓騎兵突撃カマクラン・チャージを止めるためにファイアボールやアイスアローを唱えている最中た。防御から攻撃へ移る隙を突かれる形となった。


 稲妻は勢いを増して、ジャルディーンへ殺到する。オーガですら一撃で絶命させる電撃を受ければ、ジャルディーンとてひとたまりもないはずだ。


「甘いわっ!」


 一喝。解き放たれた莫大な魔力が、稲妻を強引に掻き消した。圧倒的な力の差。スツェリは顔を引きつらせる。


 その間隙にカマクランの大将が飛び込んだ。未だに稲妻の余波が残る戦場を駆け抜け、がら空きになった敵陣を突っ切り、ジャルディーンへ突撃する。

 馬を疾駆させながら、大将は背中の矢筒から矢を引き抜いた。揺れる馬の上で淀みなく矢をつがえ、構え、放つ。矢は風を切り、稲妻を貫いてジャルディーンを狙う。

 ジャルディーンが左手をかざす。途端に、矢が炎に包まれた。いかに鋭い矢勢であろうとも、炎に包まれれば木は燃えてしまう。


「ぬぐうっ!?」


 だが、やじりは残った。ミスリルの小手を貫き、ジャルディーンの左手に深々と突き刺さる。鉄をも溶かす焦熱地獄ジャヒームに耐える鏃、それは。


「龍鱗、だと……!?」


 ジャルディーンの左腕に刺さったのは、ドラゴンの鱗で作られた鏃だった。強靭な肉体と隔絶した魔力を持つドラゴンの鱗であれば、確かにジャルディーンの炎が効かないのも当然だろう。

 ただ、龍鱗の矢などあり得ない。1枚で同じ大きさの宝石に匹敵する価値がある素材を、たかだか鏃に使うなど正気の沙汰ではない。

 そもそも異世界カマクラにはドラゴンが存在しないのに、どうしてカマクランが龍鱗を手に入れることができるのか。


 いや。スツェリは記憶を思い起こす。確か、1年前の異世界侵攻にレッドドラゴンが参加したが、カマクランに討ち取られたという噂があった。

 まさか、あのカマクランの大将が。


「"龍殺し"・竹崎たけざき五郎ごろう兵衛尉ひょうえふ季長すえなが、見参! 我が武名、黄泉の果てまで轟かせてくれようぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る