第27話 火炎の騎士
グゼルを撃退した後、スツェリたちは彦三郎たちを叩き起こして逃げだした。馬車を走らせ最速で『鋼鉄古戦場』を出る。ここからは焦熱伯ジャルディーンの領地だ。いくらグゼルでも追いかけてこれないだろう。
一息ついたスツェリは馬車を止めた。もう空は白み始めているが、逃げ切ったという事実を実感したかった。
馬車から降りた彦三郎たちは、思い思いの場所で休み始める。寝直す者もいれば、何があったのか不安そうに話し合う者たちもいる。それでも今は特に危険がないし、平坂府も近いなので妙な気を起こす奴隷はいない。
問題はユーキだ。グゼルの術が解けた時はわあわあ騒いでいたけれども、馬車に乗ってから一言も喋らなくなった。見るからに元気がない。怯えている。手を強く握って自分の体を抱き締めている。
「大丈夫か、ユーキくん? ひょっとしてどこかケガしてるのか?」
「してない」
スツェリが声を掛けてもそっけない。見た感じ、ケガをしていないというのは本当だろう。だからこそ余計に心配だ。スツェリが見ていない間に何かあったのだろうか。
「まさかあのヴァンパイアに変なことをされたんじゃないだろうな!?」
「うるさい」
「はい……」
つい声を荒らげてしまい、スツェリはしゅんとした。心配で仕方ないのだが、どう接すればいいのかわからない。いつでも元気溌剌で首を集めているユーキがこんなに落ち込んでいるのは初めてだ。
困っているうちに、今度はユーキの方から声を掛けてきた。
「ねえ、スツェリさん」
「何だ?」
「僕の顔、変になってない?」
「顔?」
「目とか鼻とか、口とかバラバラになってない?」
妙な事を聞いてくる。だが、心配しているのなら安心させてやらなければいけないだろう。スツェリはユーキの顔をじっと見る。
目も鼻も口も、ついでに耳や眉毛もおかしなことにはなっていない。いつも通りかわいい。パーツだけではない。全体のバランスも整っている。髪の艶もあいまって天下無双の美少年だ。これがバラバラになっているというのなら、マトモな顔の魔族など存在しないのでは無かろうか。
「スツェリさん? 大丈夫?」
「ん。オーケーオーケーだいじょうぶだ。完璧。どこもおかしくなってないぞ」
「大丈夫だよね? 生きてるよね?」
「……うん?」
妙な一言。こうして息をして話している以上、生きていないはずがない。
「当然だろう。生きてるぞ、ユーキくんは」
「そうだよね? 死んでないよね? さっきのゾンビなんかじゃないよね?」
詰め寄るユーキの言葉を聞いて、ようやくスツェリは納得がいった。
「なるほど。ひょっとしてアンデッドに遭うのは初めてだったか? ユーキくん」
ユーキはスツェリから目を逸らし、少し間を開けてから小さく頷いた。
「そんなに恥ずかしがることじゃない。アンデッドは怖いものだ。異世界じゃあ死体が動くことなんて滅多にないんだろう? なら怖がっても仕方ない」
「違うの!」
スツェリの言葉を、ユーキは強く遮った。
「だって、斬っても潰しても動いてるし。剣もちゃんと振るし。僕とおんなじで……ねえ、本当に違うんだよね? 僕は生きてて、あっちは死んでるんだよね?」
「……ユーキくん?」
「でもさ、わかんないよ。ちゃんと死体と見比べないと、生きてるって感じがしない。それに今は生きてても、他に生きてる誰かが殺しにくるかもしれないし」
「ユーキくん、おい、落ち着け」
何かがおかしい。言っていることが支離滅裂だ。スツェリはユーキの肩を抑えようとしたが、ユーキはそれを振り払う。
「首。お願い、首を見させて。ちゃんとした死体の首を……」
不意にユーキが動きを止めた。馬車の外を凝視している。その先には、休憩しているカマクラン奴隷の姿がある。
「ねえ、スツェリさん」
「おい、よせ」
「ひとり。ひとりでいいから、殺させて?」
「やめろユーキくん落ち着け」
「死んだ分は払うから! ひとりいくらか知らないけど、足りなかったらちゃんと返すから!」
「そういう問題じゃない! 落ち着け! どうしたんだ!?」
泣き顔で異常な懇願をするユーキ。どう考えても正気ではない。スツェリはヴァンパイアの魔法を疑ったが、解呪魔法を使ったからとっくに解けているはずだ。なのにユーキの様子はますますおかしくなっている。まったく意味がわからない。
どうしたものかとまごついていると、馬車に彦三郎が駆け寄ってきた。とたんにユーキが目を輝かせる。このままではややこしいことになる、とスツェリは察した。
「すまん、ちょっとあっちに行っててくれないか!?」
「いや、マズいんですよこのままだと!」
「首!」
「ほら! お前がいる方がマズいんだ!」
「んなこと言われましても、騎士がこっちに向かってきてるんですよ! マズいでしょ!」
「……騎士?」
その言葉に不安を感じたスツェリは、彦三郎の指差す方を見た。確かに、小高い丘を駆け下りてくる一団が見える。大半は歩兵だが、その中に一騎、馬に乗って鎧兜を身に着けた騎士がいる。
「しくじった……焦熱伯ジャルディーンの軍勢か!」
グゼルの領地から逃げるのに必死で、逃げた先も決して安全ではないということを忘れていた。スツェリたち、というかカマクランの集団を見つけた騎士は、彼らを侵略者と判断したようだ。既に戦闘態勢に入っている。
「彦三郎! みんなを集めて馬車まで戻れ!」
「わかりました! 姐さんはどうするんで!?」
「もう戦うしかないだろ! ユーキくんも走ってっちゃってるし!」
待望の首を見つけたユーキは、既に弓を手にして飛び出していた。とても足が速い。スツェリでは追いつけないだろう。
領軍と事を構えたくはないが、お互いに既に臨戦態勢に入っている以上、止めることはできないだろう。手早く追い払って、増援が来る前に逃げる。これしかない。
スツェリは走る。近付くと敵の姿がはっきりしきた。
歩兵はワーウルフ。狼の頭と手足を持ち、二足で走る獣人だ。馬に追従するほどの速さで走りながら武器を扱うので、騎士の従者としてよく雇われる。
問題はその騎士だ。輝く白銀の鎧を身に纏い、巨大な
先行していたユーキが矢を放った。矢は騎士の鎧に命中、けたたましい音と共に騎士がよろけた。しかし鎧は少しへこんだだけで、貫かれてはいない。カマクランの大弓を防ぐとは、やはりいい鎧だ。
よろけた騎士に代わり、ワーウルフたちが前に出る。ユーキはそちらに狙いを付けるが、ワーウルフたちは並外れた身体能力で矢を避けていく。ようやく一体を射抜いたところで、別のワーウルフがユーキに肉薄した。
ユーキはすぐさま弓を投げ捨て、大太刀を抜く。ワーウルフが振り下ろした斧を受け止め、弾き返す。カマクランの剣技は速い。ワーウルフが斧を戻す前に、ユーキの大太刀がワーウルフの胴を薙ぎ払った。
別のワーウルフが斧を投げる。頭蓋骨を割る大質量を避けたユーキに、手槍を持ったワーウルフが迫る。突き出された槍の柄を、ユーキの大太刀が一閃。返す刀で武器を失ったワーウルフの首を飛ばす。
そこへ騎士が
ユーキは横に飛んで突撃を避ける。そこへ投げ斧が飛ぶ。手甲でとっさに弾いたが、顔が苦痛に歪んだ。重みのある一撃で手が痺れたのか、大太刀を両手で持たない。
そこでようやくスツェリが追いついた。
「ふんっ!」
投げナイフを手にしていたワーウルフを背中から刺し貫く。倒れるワーウルフを横目に、スツェリは奇襲に驚く別のワーウルフの腕を切り飛ばす。
ユーキを囲んでいたワーウルフのうち、2匹がスツェリに向き直った。ワーウルフが相手で1対2、さすがに厳しいが、ユーキを守るためならそれくらいはやってやれる。覚悟を決め、スツェリは剣を構えた。
一方ユーキは残り2体のワーウルフに加え、騎士も同時に相手取っていた。ユーキの武器は長柄の大太刀。対するワーウルフたちの武器は斧、リーチでは劣る。騎士のランスは間合いが遠いが、馬を駆けさせる予備動作が必要だ。
しばしの睨み合いの後、騎士が最初に動いた。ユーキに向かってまっすぐに突撃する。それに合わせて、2体のワーウルフが左右からユーキに躍りかかる。ギリギリまでユーキを足止めして、主君の槍を当てる作戦のようだ。
ユーキは左のワーウルフへ大太刀の切っ先を向ける。ワーウルフは止まらない。串刺しにされてもしがみついて、主を助けるつもりだ。その前に仕留めようと、右のワーウルフが加速する。
接敵直前、ユーキが後ろに跳んだ。
「ガフッ!?」
突然懐に飛び込まれた右のワーウルフの顎に、ユーキの大太刀の柄が叩き込まれた。
大太刀の柄は中巻仕立てにされており、棍棒程度の長さがある。それが顎に直撃し、加速していたワーウルフはその場に崩れ落ちた。
そしてユーキは突きを繰り出す。左から迫っていたワーウルフの胸を大太刀が貫いた。
そこへ騎士が
鎧は斬られなかったが、それでも体を鉄の棒で殴られる衝撃は絶大た。馬上の騎士は馬の背から放り出された。地面に転がり、無防備になった騎士にユーキが斬り掛かる。それに対して騎士は左の手のひらを掲げた。
瞬間、ユーキの体が炎に包まれた。
「ユーキくん!?」
スツェリが叫ぶ。その隙を突いてワーウルフが槍を繰り出す。スツェリは刺突を避け、反撃しようとするが、投げナイフが飛んできて後ろに下がった。
ユーキはすぐに炎の中から転がり出てきた。服も肌も髪も無事だ。
再び騎士が左手を向ける。ユーキは横へ飛ぶ。直後、騎士の手から火の玉が発射され、さっきまでユーキが立っていた場所に命中した。
火炎魔法だ。スツェリが使うような牽制の威力ではない。本職の魔術師が使う、それ単体で人を殺せる魔法だ。騎士と魔術師の両立、相当な才能と地位、そして努力があったのは間違いない。
ユーキは刀を構えて騎士の周りを歩く。一方、騎士はランスを投げ捨て、魔法をちらつかせながら腰の剣を抜いた。一瞬即発。スツェリは助けに入りたいが、ワーウルフ2体を抑えるのに必死だ。
ユーキが動いた。騎士の方へおもむろに一歩踏み出す。見咎めた騎士が左手を掲げ、火炎魔法を放つ。それを読んで、ユーキは真横に飛んだ。撃ち出された火球ははるか後方へ飛んでいく。
魔法を避けたユーキは素早く踏み込み、騎士の頭へ大太刀を振り下ろす。騎士は両手で握った剣で受け止めた。
鍔迫り合い。腕力は互角、どちらも一歩も動かない。
不意に騎士が腕の力を抜き、ユーキの大太刀を受け流した。刀を逸らされたユーキは、逆にその勢いを利用して回し蹴りを放つ。剣を振り上げようとした騎士の側頭部に突き刺さった。倒れはしないが、衝撃に騎士がよろめく。
2人の間合いが僅かに離れる。その瞬間を逃さず、騎士が左手を突きつける。蹴りを放った直後のユーキは避けられない。逆に、回し蹴りの勢いを利用して更に回転。その遠心力を手にした大太刀に乗せる。
火球が放たれた。斬り飛ばされた左腕から。火の玉が虚しく地面を抉った。
ユーキは止まらない。更に回転して大太刀で騎士の首を狙う。騎士は右手で握った剣で防いだが、片腕で抑えることはできなかった。衝撃でこじ開けられた防御に、ユーキが刀を滑り込ませる。
兜首が、ごとり、と地面に落ちた。
「若様ァーッ!」
スツェリと相対していたワーウルフが、ユーキに向かって駆け出した。大物を討ち取ったユーキは油断してはいなかった。振り下ろされた斧を掻い潜り、ワーウフルの胴体を両断する。
最後のワーウルフが投げナイフでユーキを仕留めようとしたが、それはスツェリが後ろから斬りかかって阻止した。背中から血を吹き出しながら、ワーウルフは倒れた。
「……ッ! はあっ、はあっ……!」
全滅である。ワーウルフ8体に騎士、決して楽ではない相手だった。その証拠に、ユーキは膝をついて息を荒げているし、スツェリも剣を杖代わりにしなければ立っていられないほどであった。
どうにかユーキの横まで歩いたスツェリは、彼の体を支え上げる。
「逃げるぞ、増援が来るとまずい……」
「く、首……」
「その1個で我慢しなさい!」
剣を構えられないほど疲れているのに、ユーキはしっかりと騎士の首を手にしていた。そんなユーキを支えながら、スツェリは騎士が乗っていた馬の手綱を取った。
「すまない、少し背を借りるぞ……」
デュラハンは馬の扱いに長けている。主を失った馬をうまくなだめたスツェリは、その背にユーキを乗せ、自分も跨ると、馬車の方へと首を巡らせた。
それから、しばらくしての事である。
死屍累々の荒野の中から立ち上がる者がいた。スツェリに腕を斬り飛ばされたワーウルフだ。痛みに気を失っていたが、奇跡的に一命は取り留めていた。
意識を取り戻したワーウルフは、周囲の惨状に戦慄し、主の死体を見つけ、がっくりと膝をついた。しかし顔を上げると、主が身に着けていたマントを手に取り、首の切り口から流れる血を浸した。
血の染み込んだマントを抱えあげると、ワーウルフはよろめきながら戦場を去っていった。
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