第6話 ひかるんちゃんねる
「それじゃあ、ひかるんちゃんねるはっじまっるよー」
時刻は夜八時を回ったころ。
直希は自分の部屋で、今日もひかりと通話を繋いでいた。勉強机の上にノート類を広げながら、かたわらのスマホに向かって尋ねる。
「今日は急にどうしたの? ノリノリっすね」
「あ、あのぅ、わたしがイケイケ配信者になった体でお願いできますでしょうか」
作業通話から配信スタイルに趣を変えたくなったらしい。
お好きにどうぞと返すと、いつもの五割増しに威勢のいい声がする。
「まずは今日のひかるんのコーナー! では問題です。ひかるんの今日の第一声は?」
なにかが始まってしまった。ライブ配信というよりは、深夜のマイナ-声優のラジオのような匂いがする。
問題にするぐらいだから、普通ではないのだろう。いわゆるぼっちの陰キャあるあるをやりたいのかもしれない。それを見越して答えてみる。
「う~ん……さようなら、とか?」
「ブッブー」
「ひかるんちゃんねるはっじまっるよー」
「ブッブー」
「じゃあ正解は?」
「ヴォエエエッ」
「えづいてるだけじゃん」
「今日も一日がんばるぞい!」
「そんなキャラじゃないじゃん」
「じゃあリアルな正解言っていい?」
「どうぞ」
「見知らぬ天井だ……」
「いや見知ってるでしょ、自分の部屋でしょ」
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ学校から逃げるなアア!」
沈黙になった。直希はなにもなかった体で続ける。
「今日何もない日だったよね? なんで朝からそんなことになってるの?」
「今日は一時間目から体育っていう鬼畜地獄の日でした。しかも雨だったから体育館でドッジボールとかいう蛮族の遊びをさせられまして」
「ああ、それで? すごい狙われてボールぶつけられたとか?」
「全然。ボールに触りさえもしませんでした」
これは間違いなく影の者。
「でもボールに全然触らないって無理じゃない? 飛んできた球全部よけたの? それはそれですごいじゃん」
「ううん。最初から最後までずっと外野だった」
「あ、そうなんだ」
「あれ中に入るタイミングっていつ?」
「さあ?」
それは直希もわからない。自分からアピールしていかないと入れないのでは。
「僕がその場にいたら言って中に入れてあげたんだけどね」
「えっ……。なおくん優しい……」
「まあ元カレとして当然かな」
「でも内野入りたくないですけどね。ボールぶつけられるだけだし」
じゃあよかったじゃんと思ったがここは元カレとして優しく流す。
「それでは第二問!」
まだ続くらしい。
このノリで来られると、とても勉強なんて始められそうにない。
「お昼休みのことです。ひかるんがお弁当袋を取り出すと、なんとお箸が入っていませんでした。さて、ひかるんはどうやってこのピンチを切り抜けたでしょうか?」
やけに実話くさい問題だった。というか実話だろう。
「吸った」
「ぶっぶー」
「家にブチギレ電話して箸を持ってこさせた」
「ひかるんはそんなことしません」
「あきらめた?」
「おしい!」
意外に難問だった。
頭をひねって考えていると、ひかりは勝手に話をまとめ始めた。
「というわけで、お箸を忘れると意外に絶望するということを学んだ今日のひかるんでした」
「ちょっと待ってそれ正解は? 弁当はどうした?」
沈黙になった。しばらく無言が続いたのち、
「……トイレで手づかみ」
ひかるんちゃんねるはやくも放送事故か。
笑っていいのかどうか微妙なラインを攻めてくる。
「誰かにお箸持ってないか聞かなかったの? 友達に借りるとか」
「あっ、そ、そっかぁ、と、友達に言えばよかったんだ~」
「ごめん今のは僕が悪かった」
愚問だった。聞ける友達がいたらとっくにそうしているはず。
「それならすぐ僕に言ってくれればよかったのに」
「え? それって、なおくんが食べさせてくれる……ってコト!?」
「割り箸あげるから」
カバンを漁ればいつか使わなかったぶんが入っているはず。
そうでなくても他に何らかの手段を講じてあげることはできた。
「でもわざわざなおくんのクラスまで行って『お箸忘れちゃった』なんて、とてもそんな行動力は……」
「トイレで手づかみのほうが行動力やばくない?」
「一人で完結するか他人を巻き込むかって、その差は大きいんですよ」
変に納得させられた。
まるでその道のプロの名言かのようだ。
「……ふふ、でもやっぱり楽しいな」
「え?」
「なおくんと話してると」
ひかりの声がいつものゆっくりとした口調に戻る。ひかるんちゃんねるはひとまず終わりらしい。
直希は率直な感想を口にする。
「う~ん……リスナーより配信者のほうが楽しくなってたら失格では?」
「急にシビアな意見きましたね」
「セリフのネタも微妙に古いし、トイレで手づかみのくだりはカットだね。下手すると放送事故レベルだよ?」
「うわぁアンチきたアンチ」
「ひかりのためを思って言ってるんだよ。アンチとファンは紙一重だから。そんな調子で人気出ると思ってる?」
「いやあの、別に本気でVtuberになりたいとか思ってるわけじゃ……え、なんで急にわたし詰められてる? なんか地雷踏みました?」
厳しくすることも時には必要。
ひかりはなにかあると逃げる癖がある。これからの彼女のためを思えばこそだ。
「はぁ、やっぱりなおくんはわたしに対する理解が……理解ある彼くんにはまだまだ遠いですねぇ……」
「え? なにくん?」
「では、ひかるん理解度チェーック!」
またなにか始まった。
スマホから聞こえる声に集中していると、とつぜん背後から部屋のドアが開け放たれる音がした。
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