第32話 メンバー限定配信

 今日のお風呂はずいぶん長風呂になってしまった。若干のぼせ気味の頭で、ひかりは自分の部屋に戻る。

 髪を乾かし、身支度を整えて椅子に腰掛けた。テーブルの隅にそびえるマイクを眺める。


 いつもなら直希と通話していることの多い時間帯だ。

 しかし現在……昨日一緒にお昼を食べて以来、彼とは通話もメッセージもいっさいしていない。


 昨晩、通話部屋をこっそりのぞいたが直希はいなかった。向こうからなにか送ってくれるかなと待っていたが、それもなかった。

 もしかしたらあの昼休みに、なにかお気に召さないことがあったのかもしれない。


(やっぱりまずかったかなぁ……)


 唐突に空を見るのが好きだとか意味不明なことを言ってしまった。きっとまた、不思議ちゃんに思われたに違いない。


 けれど本当のことなのだ。

 小さいときに学校で空を見ていたときも、先生に「どうしたの? 大丈夫?」って心配そうに顔の前で手を振られた。べつに悪いことをしているわけじゃないのに。

 

 彼とリアルであれだけふれあいをしたのは初めてかもしれない。ああすればよかったこうすればよかったなどと反省会が終わらない。

 そして何より後悔しているのが、

  

『ご飯誘ってくれてありがとう。また一緒に食べたいです』


 どうしてその一言が言えなかったのか。

 けれどそれがさらりとできるなら、ぼっち陰キャなんてやってない。


 もちろん悪いことばかりではない。

 彼は口だけじゃなかった。お箸をくれるどころか、一緒に食べてくれるというサプライズ。

 ちょっとしたハプニングで笑い合ったり、見つめ合ったり。思い出すと自然と顔がにやけてくる。

  

 ひかりはテーブルの上のスマホを拾うと、通話アプリを立ち上げた。

 一度目をつぶって、ゆっくりと開く。顔をしかめながら見つめた先で、直希のアイコンはオンラインになっていた。


 今日はいる。通話OKのサイン。自分を待っている。

 つまりこれは、勝手にやらかしたと思っていたけども受け入れられたということでは。いける。急に気持ちが乗ってきた。

 ひかりはイヤホンを耳に押し込むと、テーブルの中央にマイクを引っ張り出した。


「……おこんばんわ~」

 

 マイクに向かって囁きかける。 

 ややあって、イヤホンから応答がある。


「今日はいつにもましてウィスパーボイスだね」

「えっと、今日はその……メン限です。メンバー限定配信」

「メンバー限定もなにも僕一人しかいないけど」

「そういう体でやってください」


 かねてより考えていた案だ。

 そう今日は限定。スペシャルなのである。


「限定配信って、いつもと何が違うの?」

「ひかるんお悩み相談の回です。いつもはなおくんがわたしの困ったことを聞いてくれてるから、今日はわたしが聞いてあげます」


 やはり自分だけ悩みを聞いてもらってばかりの一方的な関係はよくない。自分もいずれは理解ある彼女にならないと。


「困ったこと……?」

「なんでもいいですよぉ。どんなお悩みもひかるんが解決します」


 悩み相談と称して、深い話ができたりするかも。そしてうっかり恋の話なんかも……という、真の狙いはそこだ。


「悩みか、う~ん……。最近スマホの充電の減りが早いんだよね」

「買い替えどきかもしれませんね」

「なぜかスニーカーの親指のとこだけすぐ破けるんだよね」

「サイズが合ってないのかもしれませんね」

「テレビのリモコンが電池変えても反応しないんだよね」

「電気屋さんにいきましょうね」

「……なんか解決雑じゃね?」


 欲しているのはそういう程度の低い悩みではない。

 もっと核心を突くような……話をするだけで、距離が縮まってしまうような感じのアレだ。


「まだありましたら遠慮なく。どうぞどうぞ」


 さらにすすめる。今度は少しだけ間があった。


「あのさ、ひかりはさ……」


 表情こそ見えないものの、直希の口調からは重たげな気配がする。

 ひかりは前のめりに聞き返す。

 

「はい、なんでしょう?」

「うーん……いや、なんでもない」

 

 ひっかけだった。がくっと脱力する。

 

「いいんですよ、気軽に言ってもらって」

「そう? じゃあ、んーと……最近幼なじみがうちに来るようになってさ。学校でもちょっと話すようになって」


(き、きたー!) 

 

 ひかりは息を呑む。急に背筋が伸びた。


「そ、それで?」

「ずっとこの調子だと、ちょっと困るかなぁって」


 困っている。つまり迷惑。

 ここは全力で合いの手を入れる。


「そうですよねぇ困りますよねぇ。いくら幼なじみでも、遅くに家に押しかけてくるとか迷惑ですよねぇ」

「急に来られると、ちょっとね」

「そしたら、もう来ないでほしいってとズバッと言ってやったほうが……」

「いや来るのはべつにいいんだけどさ」

「いいんかい」

「え?」


 想定外の返しをされてつい素でツッコんでしまった。

 慌てて取り繕う。

 

「あっ、いえなんでもないです。そ、それは……なにしにくるんですかね?」

「なんかバイト帰りについでに寄ってるみたいな? 他には一緒にご飯食べたり、僕が相談乗ってあげたりとか」


(相談乗ってるのわたしだけじゃないんかーい!)


 心の内で叫んでいた。もちろん口には出さない。

 メン限配信らしく、ひかりはあくまで落ち着いた声で対処する。

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