第25話 じゃあ、やってみる?
「でもぶっちゃけ、あたしのほうがかわいいよね」
「それはどうかな」
「は?」
「どっちもかわいいよね普通に考えて」
圧が飛んできたので取り繕う。
じっさいに二人の写真を「どっちが好き?」と男子の前に並べてみたらどうだろう。意見は半々に割れるかもしれない。
「ちょっと一回さー、会ってみたいな。あのにゃんにゃん言ってる加工動画? 理想と現実のギャップを見たい」
「いやそんな加工動画って……」
「いやいや、やってるでしょあれ絶対」
やってるはやってるかもしれない。否定はできない。
「もし本当にあのまんまなら会ってみたいじゃん。あたしもかわいい女の子好きだし」
「は? 狙ってる?」
「違うわそういうんじゃなくて。かわいい女の子が嫌いな人なんていないでしょ」
とは言い切れないと思うが変に反論するのはやめておく。けれどひかるんを目の前で見てみたいと思うのは直希だってそうだ。本人が首を縦に振るとは思えないが。
「本人に了承を取れないと無理かな。そういうの得意じゃないから」
「ふぅん。お優しいことで」
陰キャをいじめるのが楽しい、と豪語する人と引き合わせたらどうなるかは目に見えている。それで言うなら意外に相性はいいのかもしれないが、いずれにせよひかりの許可は必要だろう。
姫乃はふたたびお菓子を口に運びながら、無言でスマホをいじりだした。結果的に少しご機嫌を損ねて話は終わったらしい。
直希は黙って片付けを始める。姫乃が出したゴミも一緒だ。テーブルがきれいになると、姫乃はスマホを懐にしまって立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ帰るわ」
「途中まで送ってくよ。時間も時間だし」
そう返すと、姫乃の動きがぴたりと止まった。じろりと目線だけ上げてくる。
「ほーん? 言うようになったねえ?」
「あ、迷惑?」
「べっつに~……」
「なにをにやにやしてんの?」
口もとが変に歪んでいる。指摘すると顔をそむけられた。姫乃はひらひらと手をふる。
「まあそういうのいらんけどね、大丈夫大丈夫」
「本当に?」
「変なのに絡まれてもさ、金的入れて逃げればいいし」
「そんなうまくいかないと思うけどねぇ」
やけに自信たっぷり。好戦的だ。
「てかさ、ぶっちゃけ陰キャくんよりあたしのほうが強いっしょ」
「いやそれはないない。こう見えてうちで筋トレとかしてるし」
「陰キャじゃん」
自宅筋トレマンは陰キャ扱いらしい。
「じゃあ、やってみる?」
姫乃は腰をかがめて、テーブルの上に片肘をのせた。不敵な笑みを浮かべながら見上げてくる。
やってみる、とは腕相撲のことらしい。
ずいぶん余裕そうだがその自信はどこからくるのか。よほど舐められているようだ。
「やってみるもなにも、やるまでもないでしょ」
「やる前から降参? 不戦敗? あらあら情けないですねえ~」
「いや逆、逆」
「は~? あたしに負けたの覚えてないの?」
挑戦的な瞳を向けられ、いつぞやの光景がフラッシュバックする。
あれはまだ小学生のときか。なにかの流れで、みんなの見ている前で腕相撲をすることになった。
そのときは手加減をしたというよりも、本気で争う気がなかった。
おかげで女子に負けた男子というレッテルを貼られた。それを機に姫乃からの扱いもワンランク雑になったような気がする。
大きくため息をつくと、直希は椅子に座った。腕を伸ばして右肘をつく。
「おっ、やる気になった?」
「やるまで帰らなさそうだし」
細い手首から伸びた手を握りこむ。手のひらは滑らかで思ったよりひんやりとしていた。
「んじゃいくよ? レディ~……」
合図とともに姫乃の手にぐっと力が込められた。わずかに遅れて直希は腕に力を入れる。
「くっ、ぅううっ……!」
食いしばった姫乃の歯から声が漏れる。
小刻みに腕全体を振るわせるが、力は弱々しい。直希の構えた腕はびくともしない。
「ううぅっ……!」
しだいに表情が歪む。ふざけているのかと思ったら本気らしい。
そのうちに姫乃は身を乗り出すようにして、体重を乗せてきた。肘も少し浮いてしまっている。厳密に言えば反則だ。
ここまでされてやっと手応えを感じた。
しかし組んだ手はわずかに右にふれただけだ。直希は腕に力を込めて、一気に押し返した。姫乃の手の甲がテーブルに触れる寸前までかたむく。
「降参?」
「まだ! まだついてないから!」
姫乃は手首を内側にひねってテーブルにふれないようにする。力任せに押し切ることもできたが、ぶつけて痛めてしまうかもしれない。
「はいはい、もうきりがないから。終わり」
そう言って直希が力を緩めると、姫乃はしつこく腕を押し返してきた。そのまま直希の手の甲をテーブルに押し付ける。
「はいあたしの勝ち~!」
姫乃はやっと離した右手を頭上に振り上げた。その場で軽く飛び跳ねていたが、急に真顔に戻った。
「……なに? 黙ってないでなんか言いなよ」
「手やわらかいな」
「は、はぁ? な、なにそれキモいんですけど?」
姫乃の頬にさっと赤みが差した。
なにか言えというから正直な感想を口にしただけだ。
「ま、負けたんだから、あんまり調子のんなよな」
「みじめやのう……」
「なに? なんか文句ある?」
「まあ、その気になったら僕が勝つってこと」
どちらが真の勝者かはわかっているはず。
笑いかけると姫乃は無言で睨み返してきた。すばやく手が伸びてきて、直希の左右の二の腕をつかむ。
「ちょっと、危ない危ない!」
姫乃は腕をつかんだまま体を押してくる。バランスを取りながら後退していると、後ろ足がソファにぶつかった。尻もちをつくように腰掛ける。
「その気になったらなんだって?」
姫乃はそのまま直希の膝の上に乗ってきた。膝立ちの姿勢から腰を下ろし、前のめりに体重をかけてくる。
伸びてきた指が直希の両頬をつまんだ。横に引っ張ってはもとに戻しを繰り返す。
「どしたのほら? 黙ってないでなんか言いなよ?」
「お尻がやわらかい……」
「は、はぁっ!?」
「じゃなくて調子にのりました姫乃さんにはかないません」
おそらく姫乃が言ってほしかったであろうセリフを言い直すが、すでに遅い。
姫乃はうろたえながら逃げるように直希の上から降りた。スカートの裾を直しながら、テーブルにおいてあるカバンを担ぐ。
「もういい、おもんない! 帰る」
身を翻してリビングを出ていく。
直希はクローゼットから上着を取り出すと、その背中を追った。玄関口では姫乃がドアを押して外に出たところだった。靴を履こうとすると、目の前でドアが閉まっていく。
「マジで送るのはいいよ、悪いから。んじゃね、ばいばい」
ドアの隙間をのぞきこむようにして、姫乃が手を振った。
すっかり機嫌を悪くしていると思ったが、彼女は笑っていた。緩んだ唇から八重歯がのぞく。つい見とれて棒立ちになっていると、ゆっくりとドアは閉まった。
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