第26話 陰キャどころかリア充

 四時限目の数学は終始ピリついた雰囲気だった。

 授業終了のチャイムとともに、淀んだ教室の空気は一気にリフレッシュする。あちこちから談笑が聞こえて、周りが騒がしくなる。

 

 そんな中ひかりの心の内は張り詰め、ざわつきはじめた。

 心休まるはずの昼休みも、ぼっちにとっては試練の時間だ。今日も無事昼食を取り、うまく時をやり過ごせるか。

 

(うーんどうしたものか……)


 しかし今のひかりは、別のことに頭を悩ませていた。

 例の直希の幼馴染のことだ。昨晩も唐突に電話がかかってきて、ちょっと話してほしいと無茶振りをされた。


 その場は電波のせいにしてなんとかごまかしたが、その後直希から「さっきは急にごめんね」とメッセージが送られてきた。きっと彼も、幼馴染の傍若無人な振る舞いに迷惑しているのだろう。


 ふたりきりの平和な通話の時間が壊されかけている。

 なんとかしなければ、という思いはあるのだが……。以前盗み聞いた感じや昨日の声の調子からすると、明らかに自分とは違う種族だ。

 

 巨乳でメガネで優しく主人公の面倒を見るが最後は捨てられるみたいな、いわゆる負け幼馴染タイプではない。きっと気の強いオラオラタイプだ。


 彼女のことを勝手にツンデレ認定していたが、実際のところどうなのか未知数だ。やはり漏れ聞こえる声だけでは判断しづらい。実際に会って話してみれば、多少は人となりがわかるのだろうが……。

 

 なにはともあれ、今はお昼ご飯だ。

 ひかりは気を取り直すと、カバンからスマホとイヤホンを取り出した。


 ノイズ消し機能つきのイヤホンを耳に押し込んで、推しの配信アーカイブ動画を流す。さすがに自分の席で堂々と視聴はしない。音声だけ流し、音楽を聞いているふうを装う。


 スマホをしまうのと入れ替わりに、弁当箱の入ったミニバッグを取り出す。ちゃんと箸入れも一緒だ。  

 以前やらかした箸忘れ事件から学習した。朝お弁当をカバンに入れるときにも、しっかり確認した。

 

 しかしお箸ケースを手に取った瞬間、ひかりは違和感を覚えた。妙に軽い。すぐさまケースをスライドする。

 

(えっ……)


 ひかりは目を見開いて固まった。

 なんとケースの中は空だった。肝心の箸が入っていない。

 

(終わっ、た……)


 ひかりは空のケースを手にしたまま、放心状態に陥った。


 お弁当箱は自分で洗うようにしている。箸も洗ったのは覚えている。しかし昨日はオタクに優しいギャルの存在を直希になんと話そうか考えていて、そっちに気を取られていた。水分を拭き取ったあとの映像が思い出せない。


(ど、どうしよう……)


 トイレで手づかみコースが頭をよぎる。この前直希に話したときはネタとしてちょっと笑いを取れるかなと思っていたが、ガチで引かれていたっぽい。

 

 ――箸忘れたなら僕に言ってくれればよかったのに。


 そのとき直希が口にした言葉を思い出す。

 通話のときはそうやって優しく言ってくれた。しかしどこまで本心なのか本気なのかはわからない。


 実際行ってみたら「うわなにこいつ急に来たんですけどしかもまた箸忘れたとかw」となる可能性はゼロではない。

  

 とりあえずスマホでメッセージを……と思ったが、向こうがすぐ見てくれるとは限らない。どちらにせよお願いする立場である以上、自分から出向くべきだ。 


(信じろ、信じるんだ……)


 迷った末、ひかりは小型の弁当バッグを小脇に抱えて教室を出た。無理そうならこのままトイレに直行するつもりだ。下手に席を離れたら最後、もう戻ってこれない可能性が高い。


 目立たないよう廊下の端を歩いて、一組の教室の手前にやってきた。 

 昼休みに直希がどういう状況でいるのかわからない。

 自分と同じく、一人でもくもくと机に向かってお弁当を食べているなら、まだ声をかけやすいのだが……。


 たしか席は廊下側の一番端と言っていた。

 おぼろげな記憶をたどりつつ、教室の様子をうかがう。うしろの戸は開いていた。ひかりの心配をよそに、直希はすぐに見つかった。


「だから違うって言ってるだろ、やめろ食事中に!」


 直希の前の席に座っている男子が金切り声を上げている。見るからにひかりの苦手なタイプだ。昨日も廊下ですれ違った相手かもしれない。あれが友人なのか。


「ほんとだうんこ色じゃん。うんこ野郎じゃん」

「きゃははは、キモいこいつ~」

「キモいって言うなキモいって!」

 

 隣の女子たちに煽られ、さらに声がヒートアップしている。

 直希の席を中心に、男子二人女子二人のグループができているようだ。


(陰キャどころかリア充!?)


 ショッキングな映像にひかりは目玉をひん剥く。

 直希は一人でもくもくご飯どころか、女子も交えて盛り上がっていた。


「すいません、もうちょっと静かにしてもらえません?」

「ほら天野くんも怒ってるよ~」

「お前に言ってるんだが?」

「お前って言われたんだが? 一応クラス委員長なんだが?」


 女子組もちょっと垢抜けたふうだ。そこにまぎれて談笑とは、直希の自称陰キャもここに極まれりである。

 

(やっぱりわたしとは住む世界が違うんだ……。おとなしくトイレにいこう……)


 そんなところに割って入って、声をかけられるはずがない。

 ひかりは教室を素通りして、とぼとぼと廊下を歩いていく。人の少ない別棟のトイレに向かおうと、その先の角を曲がった。

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