第27話 ゲス田

 陰キャなので昼食は自分の席で一人で食べる。昼休みだからといって、席を移動することもない。食べるものは家から持参するか、登校途中で買ってくる。


 去年もそうやって過ごしてきた。 

 ……はずなのだが、今はちょっとわけが違った。


「うぃーっす」


 昼休みになるやいなや、滝澤晶が直希の席にやってきた。勝手に机の上に弁当箱を置く。

 晶は一度自分の席に戻ると、自分の椅子を持ってきて直希の机に横付けする。

 

「さてさて今日のお弁当はと」


 椅子に座って鼻歌交じりに弁当を広げだした。ちなみに直希はなんの許可も出していない。

 姫乃との一件以来、やたらに絡んでくる。もしかしてこの男、クラスに友達がいないのかもしれない。


「天野、飯食わんの?」


 なれなれしく名前も呼び捨てにしてくる。弱そうな見た目のくせに態度が大きい。

 直希はワックスでベタベタになっている晶の頭を指さした。

   

「それ、また染めた?」 

「まあね。失恋という節目にね、いろいろと変えていこうと思って」

「たいした失恋でもないじゃん。頭を丸めるとかはわかるけどさ、なんで頭にうんこのせる?」

「うんこっていうな」


 姫乃に振られた翌日、晶はいきなり髪の色を染めてきた。自分でやったというが、染め方にムラがあって汚い。今はそれがさらに汚くなっている。

  

「滝澤、おいテメ目障りなンだよっ」

  

 隣の席から女子の罵声が飛んでくる。半分おどけた口調だが半分マジっぽい。

 クラス委員長の池田琴音(いけだことね)だ。ずっと名前わからないは通らないのでこっそり覚えた。


「天野くんも嫌がってるでしょ? もうやめなよ」

「いやいや俺がいじめに来てるみたいな言い方やめてくれる? むしろいじめられてるからね? うんこ頭うんこ頭って」

「あ、ほんとだ、頭うんこだ」

「大丈夫? 食事中にうんこって言う委員長大丈夫そ?」


 口ではそう言うが、滝澤がいると琴音も口数が多くなる。滝澤をいじることによって話題が生まれて、場が盛り上がる。

 

 琴音もこの前まで昼休みはよその席に行っていたはずだが、今は自分の席で食べるようになった。逆によそから彼女の友人がやってくる。一緒になって晶のことをからかいだす。

 

 おかげで直希の席は昼休みになるとやかましくなる。ひとりでゆっくりご飯も食べられない。


「ねえねえ、天野くんって、なんか……元カノ? すんごいかわいいらしいじゃん?」


 とつぜん隣の席から、琴音の友人Aが身を乗り出してきた。

 同じクラスらしいが名前も何もかも知らない。初対面だ。なぜかフレンドリーに話しかけてくる。 


「……それ、誰に聞いた?」


 聞き返すと、琴音がぐっと口をつぐむ仕草をした。晶がわざとらしく顔をそむける。

 あのひかるん動画は姫乃と晶以外には見せていない。あわせ技の可能性がある。

 琴音を睨むと、ひねたように口をとがらせる。 


「だってずっと聞いてるのに、どこの誰か教えてくんないし」

「その話どんだけ引っ張るんだよ。ゲスすぎだろ」

「最近口の聞き方も悪いし」


 あまりしつこいと口が悪くもなる。

 委員長に嫌われるのはよくないが、気に入られたら気に入られたで面倒な事に気づいた。

 

「しょうがないじゃん。だって女子は恋バナ好きだし〜?」

「琴音は人の不幸が好きなんでしょ。人が付き合い出した話より別れた話のほうが食いつくじゃん」

「それはあんまりなお言葉」


 友人Aと琴音のやりとり。特にたちの悪いのに聞かれてしまったようだ。

   

「でもさー天野くんって結構面白いよね。なんか最初のイメージと違った」

「……まじ?」

「なんでそんなビビってるの」


 不思議そうな顔の琴音とお互い見合う。

 面白い、なんて言われたのは初めてのことだ。

 姫乃からはお前つまらんおもんないとひたすら連呼される。そして実際何も面白いことは言ってない。


「それで言ったら僕もイメージと違ったね。まさか池田じゃなくてゲス田だとは思わなかった」

「誰がゲス田よ」

「あーでも琴音もね、この前先輩にコクられて……」

「あ、それ言うな!」


 きゃあきゃあと隣の席がやかましくなる。

 晶がため息混じりに弁当箱から箸をとりだす。

 

「女子の面白いって信用ないよなぁ」

「滝澤くんのほうが笑えるしね。確実に」

「だろう?」


 そこは譲りたくないらしい。持ち上げておく。


「ていうか、なんでいつも僕のとこに来る?」

「やだなぁ、もう親友じゃないか。同じ失恋した者同士」

「僕みたいな陰キャにつきまとってもなんもいいことないけど?」

「またまたぁ」


 女子たちの様子をうかがいながら、晶は声をひそめた。


「まあぶっちゃけるとさ、いじられておいしい、みたいなところあるじゃん?」


 さんざんボロクソに言われているが本人的にはありらしい。そうでもしないと女子に相手してもらえないのかもしれない。


「それに……その元カノといい姫乃さんといい、いろいろとかわいい女の子とお知り合いのようだし?」


 彼の中でそういう打算があるらしい。

 しかしかわいい女の子の知り合いとやらはもう打ち切りだ。これ以上は出てこない。


「だからさ、一緒にイケイケになろうぜ? やっぱ女子ってなんか目立ってるのが好きだからさ」

「なるほどそれでうんこ頭か、考えたね」

「いや違うわ! って言いたいけど意外に女子がうんこ好きでびっくりしてる」


 それに関しては同意見だ。直希よりも連呼している。


 やかましさにうんざりしながら、カバンの中の弁当箱を取り出す。

 ちょうどそのとき、外の廊下の端っこを、とぼとぼと歩いていく女子生徒の姿が目に入った。


 それがなぜか妙に気にかかった。彼女は今にも背景に溶け込んでしまいそうだった。とにかく存在感が薄い。

 しかし一瞬見えた横顔は、見覚えのある顔だった。

 

(あれ……? ひかり?)


 遠ざかっていく後ろ姿をじっと見つめる。背格好からしても、彼女とよく似ている。

 この教室の先は行き止まりだ。階段しかない。 

 用もなくこの通りを歩いていくのは変だ。トイレに行くにも、購買に行くにも通るはずがないルート。


 直希は席を立ち上がっていた。

 晶が何事か呼び止める声がしたが、無視してそのまま教室を出た。

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