第36話 何でも大丈夫
姫乃に付き従って、一行は駅前の路地に入った。
目的のお店はこの通りにある。
駅から遠ざかるにつれ、人通りが少なくなってくる。車の通りもなく静かだ。やがてスマホで地図を確認しながら歩いていた姫乃が足を止めた。
お店はアンティーク風の外観をしていた。軒下に飾り付けられた手書きのメニューボードが置いてある。
扉をくぐるなり甘い匂いが漂ってくる。
席数はそれほど多くない。入り口からざっと全体が見渡せる。店内は女性客ばかりだった。
女性陣――特にひかりは外を歩いていたときは少し浮いていた感があったが、ここではそれほどではない。むしろ直希のほうが浮く。
事前に姫乃からお店のホームページなどを見せられてはいたが、嫌な予感は当たった。
こんな場所に男女二人でやってきたら、絶対にデートだと思われる。姫乃の名誉のためにもそれはよろしくないだろう。やはり第三者を呼んでよかった。
姫乃が受付を済ませる。少し待たされた後、席に案内された。
四角い長机に、椅子が4つ。姫乃が座ると、直希はその反対側に座った。
最後尾にいたひかりは、席の横で足を止めた。
どちら側に座るか迷っているようだ。
「……早く座ったら?」
姫乃にうながされ、ひかりは慌てて直希の隣に座った。
姫乃と向かい合いになる。
「なんか三人って、中途半端だよねー。もう一人いたらきりがいいんだけど」
空席を見ながら言う。姫乃のチクチク攻撃。まだ根に持っているのか。
いっぽうひかりはというと、すっかり口数が減っている。威勢がよかったのは最初だけだった。出会い頭のあいさつでエネルギーを使い切ったらしい。
直希も直希でキラキラとした店の雰囲気にあてられていた。
「ヤバいぞこの空間……。思った以上に陽の瘴気が……呼吸が重い」
「何いってんの? めっちゃいい匂いじゃん」
「……お、同じく」
「……ひかるんさんはこっち側じゃなくて?」
ひかりが小声で同調したのを姫乃に拾われた。
見た目で言ったらそのはずだが、ひかりはうつむきがちにじっとテーブルに視線を落としている。
姫乃がメニューをテーブルの上に広げた。
「ひかるんさんはなんにするー?」
「あっ、わ、わたしは、な、なんでもダイジョブです!」
「なんでもいいっていうのが一番困るんだけど」
「アッ、ハイ!」とひかりがかしこまってメニューをのぞきこむ。姫乃が目線を向けてくる。
「ナオは?」
「あ、自分何でも大丈夫っす」
「だから今の聞いてた?」
「じゃあ姫ちゃんのおまかせで」
「え~おまかせって言われてもなぁ……」
「出た優柔不断」
「この流れで言われたくないわ。てかさ、」
「じ、じゃあわたしは、このチョコレートがけのやつで!」
会話をぶったぎってひかりが声を上げた。姫乃がわざとらしくひかりに顔を向ける。「いきなり声がでかい」とでも言いたげだったが、そこは初対面ということもあり控えたようだ。
「じゃあ僕もそれで」
「は?」
「え? ダメ?」
「いやべつに、いいけど……」
姫乃はどこか不満げな顔だ。もしかしたら違うものを頼んでみんなでシェアしよう、とかやりたかったのかもしれないが、陰キャなのでそこまで気が回らない。
姫乃が店員を呼んで、まとめて注文をする。
店員が去ると、テーブルには沈黙が訪れた。その間を店内のBGMが流れる。
陰キャなので三人以上いるときは基本的に黙る。
しかし直希が今それをやると、圧倒的に無言が続く。三人いるのに一言も会話がない。ここは一つ話のきっかけを作ることにする。
「いやー今日はいい天気でよかったねぇ」
リアクションなし。スルーされた。独り言ととして処理されたらしい。
しばらくして口火を切ったのは姫乃だった。
「……あの、ひかるんさん?」
「は、はひっ?」
背筋を伸ばしたひかりの顔を、姫乃はまじまじと見つめる。
「そのメイク、すごいねー……。それ、地雷系っていうの?」
「そ、そうなんですかね、ちょっとわかんないデスけど……」
「……自分でメイクしたのにわかんないの?」
「あっ、い、妹にも手伝ってもらって……」
「へー妹いるんだ。何才?」
「え、えっと、いま小学生で……」
「ひかるん星なのに小学生?」
いきなり設定がめくれ始めている。
しかしここでひかるん星を持ち出す姫乃も意地悪だろう。直希は横から口を挟む。
「ひかるん星にも小学校はあるでしょ」
「陰キャの人は黙っててくれる?」
何やらまたご機嫌が悪くなりかけているようだ。
姫乃は直希を秒でシャットアウトすると、じっとひかりの顔を見つめだした。
「あのさ……なんか、どっかで会ったこと……ある?」
もしかして気づきかけているのだろうか。
いくらメイクでごまかしているといっても、同じクラスで前後の席だ。よくよく見れば……という可能性も十分ありうる。
「あ、ああ、あったこと? あ、あるわけないじゃないですか! は、はじめまして! おはようございます!」
そしてひかりが挙動不審すぎる。
ひかりは懐から小さな包みを取り出すと、封を開けてすばやく口の中に入れた。
まるでなにかの禁断症状が出ているような食べ方だ。隣からかすかにチョコレートの香りが漂ってくる。
じっと見ていた姫乃が顔をしかめる。
「……これから注文が来るっていうのになんでチョコレート食べてんの?」
「こ、これはその……おかまいなく」
しばらくしてお皿に乗ったパンケーキがテーブルに並んだ。対面の姫乃のプレートからはメープルとシナモンの香りが漂ってくる。
直希は先に運ばれてきていたホットチョコを飲み干し、かたわらに置いた。ひかりと同じで、と言ったらこれになった。
そして目の前のケーキと見合う。パン生地にたっぷり乗ったホイップクリーム。その上にはまだら模様に大量のチョコがかかっている。
(……あ、これムリかも)
実物を見た瞬間に思ったが、なんでもいいと言った手前それはない。
皆さんこれをらくらく平らげるのかと、つい周りを見渡す。隣の席で料理にスマホを向けている女性が目に入った。
「姫ちゃんはアホみたいに写真撮ってSNSにあげたりしないの?」
「……陰キャの人ケンカ売ってる? やるときはやるけど……今日はやらない」
「なんで?」
「誰と行ったのってなるでしょ」
陰キャの人たちと行ったのを知られたくないらしい。それはそうだ。
姫乃がひかりに聞く。
「……ひかるんさんは?」
「も、もちろん! し、写真撮りまくりのSNSにもアゲアゲです!」
そんな話は聞いたことがない。きっと黒崎ひかりとは結びつかないような、イケイケの別人を演じたいのだろう。
ひかりは慌ててスマホを取り出すと、テーブルに向けて構えた。
カシャっとクソデカ音でシャッターが鳴る。「わっ」とひかりはその音に自分で驚く。
「へー。ひかるんさんって、ミンスタとかやってんだ? アカウント教えてよ」
「いえそういうのはやってません」
「いきなり矛盾してるんだけど」
ひかりは隠すようにすばやくスマホをしまった。見せて教えて系を避ける動きだ。ひかりのほうから歩み寄る気配はない。
「じゃあ僕も撮っちゃおうかな」
かわりに直希がスマホを取り出す。
椅子を引いて距離を取った。スマホを横向きに構え、二人を同時に画面に入れる。
カメラ越しに姫乃が怪訝そうな顔をした。
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