第37話 二人がかわいい記念

「ちょっと待って、どこにカメラ向けてんの?」

「どこって、二人にだけど」

「は? このケーキの写真撮るんじゃなくて?」

「え? パンケーキの写真とかどうでもよくない?」

「どうでもいいって言うな」


 ケーキの写真はネットを検索すればいくらでも出てくる。

 それよりせっかくかわいい格好をした二人が揃っているのだ。写真に残さないのはもったいない。それこそ今このときにしか手に入らない。


「なにを堂々と盗撮しようとしてるわけ?」

「そんな盗撮って、人聞きの悪い。これはあれだよ……ふたりが初めまして記念に?」

「はぁ?」


 本当は二人がかわいい記念写真だが、正直に言うときっと引かれる。


「ほらふたりとも、こっち見てこっち」

「……それ、ナオはどうすんの?」

「僕が写る必要ある? 陰キャが入り込んだら景観を損ねるでしょ。価値が下がるでしょうが」


 つい早口で言い返してしまう。

 姫乃は勢いに気圧されたのか、それ以上は反論してこなかった。

 

 二人を画面内に収めてシャッターを切る。

 引きつった笑顔と仏頂面が並んだ。少し奇妙なものが撮れた。


(いや、でもいいなこの二人……)


 さながら漫才コンビ……ではなくアイドルユニット。

 写真をいい感じに加工すれば、そう言い張れるポテンシャルがある。

 

「じゃあ次は二人で指でハートを作るように……」

「……なにやらせようとしてんの? もういいでしょ、早く食べよ」


 姫乃は呆れたようにテーブルに視線を落とす。なら食べている姿を……と思ったが、これ以上は本当に盗撮になってしまう。

 直希は席に座り直して、フォークに手を伸ばした。

 

(うっ……。これは……)


 見た目は甘そうだけど、食べてみると意外に甘さ控えめ。

 なんてことはなかった。口に入れるとチョコレートの濃厚な甘みが脳を直撃する。生地も口の中ですぐにとろけるタイプだ。


「これやば、めっちゃ生地ふわふわ。ひかるんさん、どう?」

「お、おいしいです……すごく」

「そ、よかった」


 少し不安だったのか、姫乃はほっとしたような笑みを浮かべる。

 

「ナオは?」

「おいしいです!」

「あっそ」


 食い気味に即答する。

 まずいなどと言うつもりはない。もちろんおいしいはおいしい。

 ただいかんせんこの量は……甘い飲み物と同時攻撃だと、なおさら。

  

(いけるのか……? 本当に……?)

 

 陰キャなので頼んだものを残すということはしない。

 長期戦を見据えていると、女子二人の皿がきれいになった。


 直希はマジかと目をむく。負けじとクリームのついた塊を口に放り込む。姫乃が空になったティーカップを置いた。


「あのさ……ひかるんさんって、こいつの、元カノ……なんだよね?」

「えっ?」


 二人の目が見合う。


「え? 違うの?」

「えっ、いやっ……あ、そ、そうです!」  

「……答えたくなかったら、いいんだけどさ。その……どうして、振っ……別れたの?」

 

 姫乃は落ち着いた声音で問いかける。

 気づけば漂う雰囲気が重たくなっていた。

  

「わ、わ、別れたといいましても、え、円満に別れまして……」

「……円満?」

「え、ええ、はい。こ、今後もよき友人として、支え合っていこうと……」


 まるでどこぞの有名人が破局したときのような口上だ。けれど直希の認識と齟齬があるわけではない。おおむねそのとおりだ。


「それで、いっつも夜、話してる?」

「ええと、ときおり、あ、アドバイスなどを、もらっておりまして……」

「ふーん……? でも、なんかゲーム実況とかしてるって」

「そ、それも一環であります」


 ひかりの口調はずっと慌てている。

 なぜ振られたのか。よくよく思えば明確に理由は告げられていない。はっきり嫌われた、というわけではないのは今となっては明白だ。


「けどなんかさー……それって、どうなの?」

「ど、どう、とは?」


 ひかりのことだから、なにか行き違いがあっただけなのかもしれない。けれどそれも今となっては、どうでもいいことのように思えた。はたからみればおかしな状況ではあるけども……今の関係を、気に入っている自分がいる。


 今改めて理由を問い詰めれば、思いもよらない答えが返ってくるかもしれない。 この関係が続くか、壊れるか。もしくはまったく別のものになるのか。それはわからない。

 ならば、いっそ……。


 直希は口の中のものを一気に飲み下した。誰にともなく口にする。


「まあ、その話はいいんじゃないべつに。今は友達なわけだから」

「なんで? あんたがはっきりしないからあたしが……」

「それは姫ちゃんが心配することじゃないよ」


 今度はまっすぐ姫乃の目を見て言った。

 姫乃は目を見張らせて、驚いたような、困ったような、不思議な表情をした。


 いつものように言い返してはこなかった。目を伏せて、黙ってしまう。

 けれどすぐに何事もなかったかのように顔を上げて、むすっと口をとがらせた。


「いいから、あんたは早く食べなよ」

「の、喉までチョコレートが……。く、口からチョコレートが出そう……」

「まさか残したりしないよね?」


 一瞬怪しくなりかけた空気が元に戻った。

 姫乃が慌てて取り繕ったようにも見えたから、直希もそうした。


 それきりその話は終わった。直希がなんとか残りを腹に流し込むと、長く居座ることはせずに店を出た。


「姫ちゃん、お金……」


 外に出てすぐ、直希は先を行く姫乃に声をかける。

 めんどくさいからと言って、会計は姫乃がまとめて払ってしまった。もともとお礼で直希にはおごってくれるという話だったが、ひかりはその話に関係がない。


 ひかりは半分直希が誘ったようなものだ。

 彼女のぶんを払おうと、財布からお札を取り出して渡そうとする。ちょうど横から伸びてきたひかりの手とぶつかりそうになった。同じようにお札を握っている。


「なに? 二人して。いいよべつに、もう」

「いえ、そういうわけには……」


 姫乃は受け取りを拒否するが、ひかりも引かない。ひかりは意外にも、強引にお金を押し付けようとする。そういうところはきっちりしているのかもしれない。


「んー僕だけ払わないのはあれだから……じゃあひかりのぶんを半分こしよう。それをもらって、僕が五百円を渡すから……」

「あっ、ダメです、それだとなおくんが多い……」


 ひかりは細かく計算を始める。ひかるんというよりは、素の黒崎ひかりになってしまっている感じがある。

 小銭のやりとりをしている横で、姫乃が面白くなさそうに息をつく。


「てかどうでもよくない? そんなはした金」

「はした金て。バイトしてたらお金のありがたみがわかってそうなもんだけど」

「いつまでもごちゃごちゃやってんなって話」


 またイライラしている。今日は上げ下げが特に激しい。

 

「で、どうするって?」


 ひととおり受け渡しが終わると、直希は姫乃に尋ねる。

 もともとの予定だと、食べたあとどこか適当にぶらつく、という話だった。予定というか、姫乃が一方的にそう告げてきただけだが。


「……その前に、ちょっといい?」


 一度直希を見上げたあと、姫乃はひかりに向き直った。

 やけに深刻そうな顔だ。鋭い視線に射抜かれて、ひかりの目が泳ぐ。

 姫乃は言った。

 

「あのさ、黒崎さん……だよね?」

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