第40話 好きらしい
「けど、ナオはまじででかくなったよね。めっちゃビビった」
「ちびった?」
「ビビった、つったの」
「濡れた?」
肩を殴りつける。
中身もまったく変わってないわけじゃない。以前はこういうたぐいの発言はなかった。
冗談とか言いながら、絶対人の反応を楽しんでる。むっつり野郎だ。やっぱり陰キャだ。
本当はうまいこと返してやりたいけど、恥ずかしくなって何も言い返せなくなる。それもムカつく。
「すぐ手出してくる。こっちは口で言ったんだからそっちも口で返してくれる?」
「はいはいうるさいうるさい陰キャ陰キャ」
昔から勉強運動、なにをやっても負けていた。こっちが必死になっている横で、「なにか?」みたいなすっとぼけた顔で、さらっとこなす。
唯一勝っていたのが友達の数だった。
向こうは積極的に友人を作りに行くようなタイプではない。それも知っていた。そもそも勝ちとか負けとかっていう話でもない。薄っぺらい友達が何人いたってあんまり意味がないってことも。
でも、勝てるのが本当にそこしかなかった。
なにかの節に「お前陰キャじゃん」みたいな覚えたての言葉を使って、そしたらそれが定着した。
言われた本人も変に納得していたようだった。
ずっと昔から気になっていて……なんてことはない。
むしろこいつはないな、と思っていた。異性としては見ていなかった。そもそも向こうが自分を異性として見ていないフシがあった。お互い様だ。
けれど時間を置いて、改めて見ると。
例えば、言い寄ってくるような男子と比べても、悪くない。
露骨にモテている、という感じではないけども……独特の、不思議な雰囲気がある。
なんて思ってたところに、元カノ……彼に告白した女子がいることが発覚した。
やっぱり同じことを思った子が、少なくとも一人はいるということだ。
その感覚はあながち間違いじゃなかったと、答え合わせをした気分だった。
そして今はなんだか、歩きかたにも余裕があるように見える。
やっぱり背が高いからだろうか。それかもしかして……大人になった余裕なのか。
いやすぐ振られたと言ってるし、さすがにそれはないだろう。
けれど二人の距離感がやけに近いのが気になった。付き合って一週間でしちゃった、みたいな話も周りで聞く。
なんて考えていると、余計に疑心暗鬼になる。
「僕もびっくりしたけどね、姫ちゃんもだいぶ変わってたし。髪染めたりしたのって、いつから?」
「んー、高校にあがるとき」
「なんだ、高校デビュー野郎か」
「違うっての。べつにそういうつもりじゃなくて」
高校に上がるタイミングで引っ越してきて、近くにいい美容室がないかと探した。
ネットで評判らしいお店にいったら、やたらチャラい美容師に当たった。
軽くカラー入れてみなよとか、俺が担当してる子とかみんなやってるよ。と言われて断れなかった。あそこの学校はこれぐらいなら大丈夫、とか色々詳しいようだった。
毎回勝手に予約を入れられて、ずるずるきてしまっている。
けれど実際かわいくなっているので文句はつけられない。
「そこ入ろ」
袖をつまんで引っ張った。まさか手を握ることはしない。
チェーン店のアパレルショップ。たまに一人でも来る。
「あ、これいいじゃん似合いそう」
「いやそれはないでしょ。服のセンスが陰キャじゃん」
「そう? 姫ちゃんなら似合うって」
言い合いをしながら店内を練り歩く。
「その割に自分の服はちゃんとしてる……」
「陰キャだからママに買ってきてもらってるんだ。ナオに似合いそうなの買ってきたから着てみて~って」
「あぁ、目に浮かぶわ」
あの母親ならやりかねない。ときおり自分の彼氏かなんかと勘違いしているのではと思うふしがある。
「女の子の服どんなのが好き?」
「ん~……難しいな。いっそなにも着ないっていうのもありかな」
「変態じゃん」
「かわいい系もいいけどボーイッシュな感じもいいかもね」
勝手に持ってきた。試着してみてとうながされる。流されるままに着てしまう。
「ほらかわいい」
正面から言われて、何も言い返せなくなる。
サイズなんかを気にするふりをして、目線を自分の体に落として逃がす。その後も言われるがままに何着か着せられた。
(なにやってんだ……まじでなにやってんだあたし)
容姿はよく褒められる。かわいいと言われるのは嫌いではない。
けれど褒められるのは、それぐらいしかない。自分の価値ってそれしかないのかも、なんて考え出すと鬱。
一度かわいいと持ち上げられると、ずっとかわいくないと不安になる。
だから自分をさしおいて、別の子……「ひかるんがかわいい」とか言われると。
怒りとか嫉妬とか……そういうのを通り越して、怖くなってくる。
そのあとも雑貨屋なんかをいくつかはしごした。
なにか買うわけでもないけど、ぶらぶらする。あれみて、これみて。と足を止めて振り返る。
「この腹を押すとデスボイスが流れるよかわいくない?」
「きもい」
「せっかくだからあの指輪姫ちゃんにプレゼントしようか」
「なにそのドクロ中二病でもしなそう」
思ったままを口にする。脊髄反射でぽんぽんと。
それでも嫌がられることはない。
前にグループで来て似たようなことをしたときは、相手が先輩だから一応敬語でしゃべってみた。かわいい、だとか面白い、だとか思ってもないことを言ってみた。疲れた。
商店街を一周して、駅前の通りに戻ってきた。バスの停留所がいくつか並ぶ一帯にさしかかる。
今日は格好が格好だけに、自転車を漕ぐのはどうかと思ってバスで来た。
直希は安定の自転車らしい。駐輪場は駅の正面からは少し外れのところにある。
丸い道路をぐるりと回って、バスが夕日を照り返しながら滑り込んできた。
隣で直希が足を止める。
「あ、ちょうど来たね」
時間をあわせたわけではなく、たまたまだった。このバスに乗れば帰れる。
何時まで、と時間を決めていたわけではない。けれどまだ五時にもなってない。
聞き返していた。
「もう帰る? 時間まだ早くない?」
「そう? まだどっか行きたいとこあるの?」
「いや、べつに……」
べつにどこにも行かなくていい。
もう少し、一緒にいたい。
……だとか、言えるわけがない。
素直になれないのは、なんでだろうとか考えた。
きっと負けず嫌いなのだろう。昔は親同士で、どっちの子がかわいいとかかしこいとか張り合っているのは知っていた。
でもなんで負けず嫌いなんだろう、とか答えが出ないようなことをえんえん考えだした。
バスが止まって、中から人が吐き出されていく。
結局なにも言えず、乗車を待つ列の最後尾に並ぼうとした。
「姫ちゃん」
不意に呼ばれて、胸がきゅっと締まるような感覚がした。振り向く。
「こういうの初めてだったけど、今日は楽しかったよ」
恋愛とか、自分には向いてないのかと思って、確かめたかった。
だから誘ってみた。それっぽい感じで、二人きりで、でかけてみたい。そしてどういう気持ちになるのか。
結論はとっくに出ていた。先に言われていた。
「うん、あたしも……」
自分の顔には自信があるはずだった。
こうやって上目遣いをすれば、きっと向こうが照れて、焦って目をそらすはず。
「そっか。よかった」
ほっと息をついて、ゆるい笑みを向けてきた。
さきに目をそらしていた。かあっと頬が熱くなって、見ていられない。
なにかしら理由がいるんだと思った。
例えば暴漢に襲われたところを助けられるとか。昔にした約束を覚えててくれたとか。
だからいろいろ理由を見つけようとしたけども、結局、そういうのはいらなかった。
勝手にひとり相撲して、怒って、怒られて、へそを曲げて、なだめられて。
いきなり頭を撫でられて、恥ずかしくなって、うれしくなって、でもまたイラっとしたりして。
そういう程度の低いこと。その積み重ね。
つまるところ一緒にいて楽しい。ただそれだけ。
今日のことで改めて、気づかされた。
どうやら自分は……おそらく。
たぶん。きっと。
彼のことが好きらしい。
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とりあえず第一部? 完
やはり幼なじみは負けヒロインとなってしまうのか……?
彼女の好感度が実際よくわからないのでハートでも★でも反応をいただけるとありがたいです。
あまりにアレな場合ちょっと展開を考えるかも。
彼女に振られたあと「困ったときはいつでも相談にのるよ」と送ったらめっちゃ連絡が来た 荒三水 @aresanzui
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