第39話 姫ちゃん
「んー電話も繋がらないな、電源切ってるっぽい。完全に逃げモードだ」
半歩先を行く姫乃のあとを、直希がスマホ片手についてくる。
姫乃は直希と二人で駅前の通りを歩いていた。もちろんひかるん……黒崎ひかりの姿はない。
「うちに帰ったんでしょ? べつに大丈夫じゃない?」
「うーん、ちゃんと帰れてればいいけど……」
直希はさっきから彼女のことばかり気にしている。
そもそもなぜデートに……いやデートではないけども、どうして元カノを呼んだのか。
彼女とは今は友達、と言い張るけども、やっぱりそういうふうには見えない。自分も自分で、一度会って話してみたいとか、余計なことを言ったのを後悔。
けれどふたりきりで少し不安なのは自分もそうだった。だからそのことはもういい。
「そういえば姫ちゃんのこと、オタクに優しいギャルだって言ってたけど……なんかあったの?」
「いや、べつに……」
特別優しくしたような覚えはない。
けれど裏でそうやって面白おかしく言われてたと聞くと、急に腹が立ってくる。
「あれで優しいっていうんなら、もっと厳しくしようかな」
「そんなこと言わないでさ、仲良くしてあげたら? 彼女、学校で話す友達がいないんだって」
「んー……まあ、そりゃそうだろうね」
「姫ちゃんから見てもそういう感じ?」
「あんまりしゃべったことないし、よく知らないけど」
腫れ物扱いされて、露骨に避けられている、とかそういう感じではない。
姫乃の周りでも話題にすら上がらない。まだクラスが変わったばかりで、みんな他人を気にしている場合じゃないというのもある。
とにかく存在感がない。背中からも話しかけないでオーラが凄かった。
これといって目につくものもない。身なりはきちんとしていて、制服にもゴミとか汚れひとつついてない。
言いかえると文句をつけるところがない。生徒手帳にでも載ってそうな、お手本のような着こなし。
「あたしは、その、顔を……たまたま知ってたって感じ?」
なにかの拍子に真正面から顔を見たとき、目がきれいだな、と思ってつい凝視してしまった。前髪で片目だけちょっと隠れているのがアニメのキャラクターみたいだと思った。もしかしてそういうキャラの真似をしている痛いやつか。
けどこういう子が垢抜けると、将来いい男とくっつくのかもな、とか思ったりもした。
かわいい子を眺めるのは好きだ。暇なときはSNSでかわいい子にいいねをつけて回る。
センサーが働いた。それまでは視界に入っていてもその他大勢、という感じだったけど、ちょっとだけ気にするようになった。だから名前も覚えた。
だけどそれがまさか、直希がいつも通話している元カノ、だったとは。正直まだちょっと混乱している。
「でも姫ちゃんもよく気づいたね」
「まあ、最初に見たときから『ん?』って思ってたけど」
薄々、もしかして……と思ってはいた。
まず声が似ている。少し話しただけでも耳に残るような特徴がある。
背格好も似ている。一応毎日見ている背中だ。
一番印象に残っていた目元も、二重なのは変わってないし、目尻が若干垂れ気味なのも一緒だ。
それがうまく強調されていた。ただ赤いアイシャドウはやりすぎな気もする。
そして最後に問い詰めたときには、髪のセットが甘かったらしく前髪が垂れてきていた。
「あれ、すごくない? 学校のひかりを知ってると余計にさ」
「う~ん……でもまあ、そこまでじゃないけどね。本当にヤバい人は原型とどめないレベルでヤバいし」
「でもひかりがさ、」
「とりあえずもういいよ、その話は」
気づいたら遮っていた。
今は二人だけで歩いているのに、別の子のことばかり気にかけている。ひかりひかり、と親しそうに呼ぶのもちょっと嫌だった。
放っておけない感じがするのは、まあ分からないでもないけども、二人でこそこそやられると苛立ってしまう。いろいろ気になることはあるけど、今はもうあの子の話はしたくない。
特別めかしこんできたのは自分だって一緒だ。
昨日から服選びに迷って、今日だって早く起きて準備して、出かける前も何度も鏡の前でチェックした。
「やっぱ姫ちゃん、怒ってる?」
「だからそのことはもういいって、怒ってない。……ねえ、それよりその『姫ちゃん』っていうのさ、いい加減やめてもらっていい?」
「じゃあなにちゃん?」
「ちゃん、じゃなくてあるでしょ、もっとなんか」
「姫つぁん」
「もういいわ」
昔の呼び方をずっと引きずっている。
今そんなふうに呼ぶ人は直希以外にいない。姫ちゃん、と呼ばれると、毎回ちょっとどきりとする。だからやめてほしかった。
通りを曲がって、微妙にさびれている商店街にさしかかった。これまた微妙な人混みの中を歩く。
直希はスマホを触るのをやめたようだ。隣に並んで聞いてくる。
「これってさ、どこ向かってる?」
「べつにないけど。どことか」
「えぇ……」
あきれた顔をされる。本当にあてもなく歩いていた。
どこに行って、なにしたらいいのかよくわからなかった。
男女複数人のグループで遊びに、はあるけども、異性と二人きりは初めてだ。
けどそれを言い出したら、前をちんたら歩いてる若いカップルとか、すれ違いざま足をガン見してきたおっさんとその奥さんらしき人とか、本当になにか目的があって歩いてるんだろうかと思う。
「……なに?」
横顔を盗み見ていたはずが気づかれた。慌てて目線を前に戻す。
「……なんでもない」
「もっと離れて歩けって?」
「なんで?」
「いや、知り合いに見られたら誤解されるかなって」
にやけ顔を作ってみせて、もう一度目線をやる。
「あー陰キャくん一丁前にそういうの気にしてるんだー。ふーん」
「僕は気にしていないけど。姫ちゃんが嫌かなって。いいの?」
「べつに……あたしから誘ったし。てかそれ、自意識過剰ってやつじゃん?」
仮に……誰と誰が付き合ってるとか。思ってるほど、周りは気にしてない。と思いたい。けれど自分だって、気になるときは気になる。
「まあ、僕とじゃあんまりそういうふうには見えないか。兄と妹、みたいな」
「は? 逆でしょ」
「いやいやこの身長差からいったらそうじゃん?」
「はあ? 身長だけでしょ? ただでかいだけじゃん」
「はいはいチビ乙」
「あとでおぼえとけよ」
「すみません調子に乗りました」
今の学校に入ってすぐ、廊下でばったり会った。ぱっと見て気づかなかった。向こうも面食らっていた。
身長が見違えるほど伸びていた。声も変わっている。
前は同じかすこし見下ろしてたはずなのに、見上げないといけなくなってて、ちょっと怖、と思った。けど話したら中身はあんまり変わってない。それで安心した。
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