第8話

 滑らかな肌は弾力と柔らかさを兼ね備えていた。力を込めると肉の膨らみが簡単にたわむ。直希は揉みしだきながら機嫌を伺う。  


「こんな感じでどうですかね?」

「うん、きもちい……」

「もっとエロく」


 無言で睨まれた。

 直希は黙って手を動かす。


「ん~……マッサージは上手なんだよねぇ、陰キャのくせに」

「よろしければそちらの控えめなお胸のほうもついでに揉みましょうか」

「ぶちころすぞ」


 さっきから冗談が通じない。

 陰キャくんなんか面白いこと言って? と煽ってくるくせに、言ったら言ったで不機嫌になる。

 姫乃は枕を引き寄せると、頬を押し当てるようにして頭を横たえた。


「ヤバイ、これもう目つぶったら寝れる」

「そうやって人の枕使わないでくれる?」

「なんで~~いいじゃん~……」


 声がだんだん小さくなっていく。

 しばらくマッサージを続けていると、姫乃は目を閉じたまま動かなくなった。本当に眠ってしまったようだ。


 様子を見計らって足から手を離した。姫乃が目覚める気配はない。

 短めの靴下を履いた足先から、太もものほうへ目がいく。丈の短いスカートは裾の一部分が折り曲がっていた。すこしのぞきこめば簡単に中が見える。


「パンツ見てもいいですかね?」


 返事がない。

 夜遅くに異性の部屋に上がり込んできてこれは無防備すぎる。

 どのみちそんな度胸ないと見透かされているのかもしれないが。


 直希はスカートの折り目を指先で伸ばすと、静かに立ち上がった。べッドのそばを離れて、勉強机の椅子に戻る。 

 ふと机の上に放ってある自分のスマホに気づく。通話アプリを立ち上げっぱなしだった。手に取ると、ひかりのステータスは通話中に戻っていた。


「あれ? ひかり? もしもし?」

「あ、あいっ?」


 ひかりの上ずった声がする。繋がっていたらしい。


「ごめんごめん、変な人が勝手に部屋に乗り込んで来てさ」

「へ、変な人……。ど、どなたでしょうか? お、女の人? みたいデスけど……」

「まあ女の人っていうか……幼なじみ?」

「お、幼なじみ……?」


 息を呑むような気配がする。


「幼なじみ……いたの?」

「まあ、それらしきものが一応」

「え……勝手に部屋にやってくる幼なじみが?」

「そうだけど……なんでドン引き?」


 声の調子から伝わってくる。

 しばらく無言が続いたのち、ひかりは独り言のように言う。

 

「そんなの実在するんですか……」

「まあ、いるところにはいるんじゃないかな一応」

「……それもう完全に無理なやつじゃないですかわたし」

「なに? 声ちっちゃくて聞こえないんだけど」


 聞き返すが反応がない。向こうも聞こえていないのか。

 ついさっきまでノリノリだったはずが、ひかりのテンションは下がりに下がっていた。


「ねえ」


 すぐ背後から声がしてぎくりとする。

 いつの間にか目を覚ましていた姫乃が、腕組みをして見下ろしていた。


「一人でなにブツブツ言ってんの?」

「ぶつぶつ」

「そういうのおもんないから。それさ、なに? なんのゲーム?」


 顔を近づけて距離を詰めてくる。いい加減ごまかすのも面倒になったので白状することにした。 

 

「だから元カノだって」

「もういいからそれ。滑ってるよ? そのギャグ」

「いやいやギャグじゃなくて。ゲームとかでもなくてリアルの話」

 

 姫乃の口元が固まって、妙な沈黙が走った。しかしすぐに片方だけ口角が上がって、


「はぁ~? 言うに事欠いて元カノて。だいたいあんた彼女なんてできたことないじゃん」

「いや、それができたんだよね」

「は? いつ?」

「んーと、このまえのバレンタインのとき? 告白されて」

 

 姫乃の表情がかげりだした。声が一段低くなる。


「……告白、された? 聞いてないんだけど?」

「そりゃ言ってないからね」

「も、元カノって……もう別れたってこと?」

「そうそう、一ヶ月であっさり振られてね」


 うわ一ヶ月で振られたのプギャー! と騒ぎ出すと思ったが、姫乃の声のトーンは低いままだった。


「そ、それさ……て、ていうかまじで?」

「マジだけど……なにをそんな焦ってるの?」

「あ、焦ってないし? ど、どこが焦ってるってのよ?」


 焦っているというか挙動不審である。さっきから目が合わない。


「ほ、本当に? 全部口からでまかせ言ってない?」

「じゃあ今しゃべってみる?」


 今ここで通話を繋いでひかりに一言話してもらえば一発だ。

 スマホの画面に目をやると、ひかりのステータスは退席中になっていた。また逃げた。


「あ、ダメだいなくなってる」


 よくよく考えると、そんなことをお願いしてもきっとひかりは拒否するだろう。

 それに姫乃に嘘だと思われたところで、特に不都合もない。


「まあ別にどうでもいいでしょ」

「そ、それって……どこの誰よ?」

「同じ学校の……なに? そんな気になる?」

「へ? あ、あーまあ、どうでもいいけどね! 陰キャくんが誰となにしてようが!」


 大きく言い放つと、姫乃は身を翻してベッドの上に勢いよく腰を下ろした。

 スマホを取り出していじり始めてしまい、謎の無言タイムが続く。そこはかとなく不機嫌オーラを出してくる。こういうときは放っておくに限る。 

 

「……ちょっとさ、見てほしいものがあるんだけど」

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