第30話 目がキラキラ
次の日の昼休みは、昨日とはうってかわって静かだった。
今日は直希の席に晶の姿がない。正確に言うと隣の池田琴音が「お前毎日来るじゃん。他に友達いないの?」と煽ったせいでいなくなった。
一人いないだけでずいぶん違う。
隣の席からときおり琴音とその友人の笑い声が上がるがその程度だ。直希は一人黙々と、自分の席で持参したおにぎりを頬張る。
昨晩は珍しくひかりとの通話がなかった。姫乃が乗り込んでくることもなかった。
母の恵が「何もしてないのにパソコンが壊れた!」と騒ぎ出し、復旧を手伝っていたら夜の十二時を回っていた。仮にも配信者のくせにパソコンの知識がおばあちゃんなのだ。
スマホ片手に、ひかりからなにかしらメッセージが来てないか確認する。何もない。こちらからなにか送ろうか迷ったが、特に何も思いつかない。やめた。
昨日はあっという間だったのに、今日は昼休みがやたら長く感じる。
適当にSNSなど眺めるが、いつもとかわりばえしない。ニュースもどうでもいいものばかりだ。
スマホから目を離して、窓際へ視線を送る。空はよく見えない。ここからだと余計なものが目に入りすぎる。隣の女子たちから不思議そうな視線を感じたので、顔を伏せた。
かわりに昨日のひかりの笑顔がどんなだったかを思い出そうとしたが、写真や動画のようにはいかない。それらしいものが頭に浮かんでは、すぐに消えてしまう。
ちょうど昼食を終えて、直希が一息ついたときだった。背後から右肩をちょんちょん、と何者かにつつかれた。
振り向くと、よく見覚えのある顔が直希を見下ろしていた。
「あれ、どしたの?」
「英語の教科書貸して。忘れた」
いつもどおりのぞんざいな口ぶりだ。
けれどなぜか、とてつもない違和感があった。
「いいけど、僕もその次使うからすぐ返して」
「うん。忘れてなかったら」
「マジかこいつ」
机から教科書を取り出して渡す。
彼女はさんきゅ、とだけ言ってすぐに去っていった。
なにげないやりとりだったが、改めて違和感に襲われる。
少し考えてその違和感の正体がわかった。思えばこうして学校で顔を合わせて言葉をかわすのは、初めてだった気がする。
「あら~? あらら?」
隣の席から語尾の浮いた声がする。琴音が口元をにやつかせながら身を乗り出してきた。
「ねえねえ、いまのって、もしかして伊藤さん?」
「そうだけど。知りあい?」
「んー私は話したことないけど、なんかよくうわさは聞く。みんなひめのんっていうんでしょ」
思ったより有名人らしい。直希ですらたまに名前を耳にするほどだ。
「てかやばっ、顔ちっちゃ。スタイルもいいし……。ちょいギャルっぽいけど、下品さがないよね。髪の毛も天使みたいじゃん」
「いやいやあれは染めてるだけだよ」
「へー。詳しいねぇ~?」
にやついていた琴音の口角がさらに上がる。
「すごい無愛想らしいけどさ。いま仲よさげじゃなかった?」
「そう?」
「なんかめっちゃ自然体っていうか、目キラキラしてた」
「え? 僕そんな少女漫画のヒロインみたくなってた?」
「いや違うわ伊藤さんが」
別にいつも通りだと思ったが。
姫乃がいつも学校でどんな感じなのかは知らない。
「てか天野くんこそ何? 知り合いなの?」
「まあ知り合いっちゃ知り合いかな」
「それって、どういう? いつから? どのように?」
直希は無言で目線だけ返す。
相変わらずの嗅覚だ。彼女になにか言うと、一瞬で話が広まる。
「いやいや、そんなご期待に添えるような話はなんもないよ」
「え~? またまたそうやって~」
ニヤケ顔がさらに近づいてくる。しつこい。
「そんなことより呼び方ゲス田さんかゲス音さんどっちがいい?」
「いやだから誰がゲスだよ」
五限目の授業が終わって休み時間になった。次はラストに英語が控えている。 直希はノートや辞書類を机に用意した。教科書だけ足りない。しばらく待っていたが、姫乃は一向に教科書を返しに来る気配がない。
(あの女マジか……)
ため息をつくと、直希は席を立って教室を出た。廊下を歩いていく。
(三組……四組?)
姫乃のクラスはたしかそのどちらかだ。うろ覚えだった。
陰キャなので他のクラスに行くということを基本しない。こうやってぶしつけに教室の中をのぞきながら歩くようなこともしない。
(いやどこだよ……)
姫乃がどのあたりの席なのかも知らないのだ。かといって誰かに尋ねるというのもあまりしたくない。
しかし三組の前の廊下を通り過ぎようとしたところで、案外すぐに見つかった。姫乃は教室中央の一番うしろに座っていた。
遠目にもやけに目を引いた。
あの明るい髪の色のこともあるが、それだけではない。それこそ髪色で言えば姫乃よりよっぽど派手な子もいる。
それでもなぜか目立つ。まるで一人だけスポットライトが当たっているようだった。顔ちっちゃいスタイルいいは単体ではわかりにくいが、他と並ぶとはっきり差が出る。
静かにことを済ませようと、直希は気持ち小さくなりながら教室に入った。教室後ろのスペースを、まっすぐ姫乃のもとに忍び寄る。
姫乃は頬杖をつきながら、ぼけっとまっさらな黒板を見つめていた。眠たそうだ。
声を出さずに静かに肩を叩くと、彼女は気だるそうにゆっくり振り向いた。
直希に気づくなり、半開きの目を丸く見開く。
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