第4話
告白に成功した。
バレンタインデーに相手に思いを伝えて、OKをもらった。今もそのときのこと、鮮明に思い出せる。
放課後、夕日の差し込む学校の裏庭。
胸を高鳴らせつつ、呼び出した彼と対面する。
少女漫画ヒロインも悔しがる絶好のシチュエーション。
そこで黒崎ひかりは手作りのチョコレートを差し出しながら、自分の思いを伝えた。
そのときの彼の表情。声。発した言葉。
今でも頭の中で寸分の狂いなく再生できる。
「なんすか? ちょっと聞こえなくて」
「はい? もう一回」
「はあ……まあ、別にいいっすけど」
「うあああっ!」
ひかりは自分のベッドの上に握りこぶしを振り下ろした。
定期的にフラッシュバックする。告白したときのこと。思い出すと必ず何かを叩きたくなる衝動にかられる。
告白は二回ぐらい怪訝そうな顔で聞き直された上に、返事は「別にいいっすけど」だった。
(どうして、わたしは、あんなことを……っ! 後悔っ……! 圧倒的後悔っ……!)
恋愛のれの字もない人生を送ってきたひかりが、なぜそんなことをしたのか。
答えはひかりがその時アホほどハマっていたマンガにある。
陰キャが故意に恋しちゃいました☆略して陰恋。
主人公のちふゆはぼっちで陰キャだけど、実は内面がユニークで面白い子。
あきらくんというイケメンだけど無愛想な彼と、隣の席同士になった。そんなコミュ障な二人が、じりじりと距離を縮めていくという恋愛ものだ。
バレンタインデーの日、ちふゆは玉砕覚悟であきらに告白した。
そこでOKをもらって、恋が始まった。不器用ながらも、二人はなんだかんだで恋人同士になっていく。
ひかりは完全に自分をヒロインに自己投影していた。「この子、わたしに似てる……」から始まり、彼女の言動をトレースし、姿格好も似せた。SNSになりきりアカウントを作って暴れていた。夢小説なども嗜んだ。
そんなときに彼……天野直希に出会ってしまった。
転校した学校の同じクラスで、同じ教科係になった。カタコトながらも会話をした。それまで話したことはなかったが、あきらくんに雰囲気がガチ似だった。
その後の席替えでは斜め後ろの席になった。毎日ひそかに観察をした。一緒に日直をやることになり、黒板の高いところの字が消せないでいると、彼は黙ってかわりに消してくれた。
(あっ……これ、陰恋で見たやつだ!)
すぐに惚れた。ちょろかった。
いやそれ以外にも胸キュンイベントが連続で続いた。今冷静に振り返ると別にそうでもなかったのかもしれないがとにかくいろいろあった。
ちょうどそのとき、バレンタインデーが迫っていた。奇しくも、ちふゆがあきらくんに告白した日。
ひかりはもうやるしかねえと思った。すっかり自分に酔っていた。
そして冒頭の告白に戻る。
相手のリアクションはこの上なく微妙だったが、告白は成功した。
これでリア充ハッピーライフ! 脱陰キャ生活おめでとう!
……まではよかった。
けれど付き合うことになって、いざ二人で下校などする。
ぜんぜんしゃべれない。会話が続かない。
付き合い出したのはいいが、なにをしたらいいかわからない。
休日もデートに……誘えない。誘われない。
連絡先の交換はしたものの、何も送れない。向こうからも特になんの連絡も来ない。
改めて陰恋を読み返し、ちふゆに教えを請うことにした。付き合いだしてからどうやって距離を縮めていったのか。
しかしまったく参考にならなかった。最初は丁寧だったのに、付き合いだしてからは急に話がダイナミックになっていく。
そしてちふゆは最新話で行きずりの男と寝るビッチ女となっていた。
「ちふゆうううぅぅぅっ!! うぅっ……」
ひかりはベッドの上に突っ伏しながら嗚咽を漏らした。
陰キャコミュ障キャラはどこいった。はしごを外されたどころか蹴落とされて手榴弾投げ込まれた。
そしてあきらくんは発作的にひどい咳をして血を吐くという謎の病にかかっていた。少女漫画は卒業することした。
(なにが故意に恋しちゃいました☆だよ! タイトルからしてオヤジギャグじゃん! 読者の成長とともに勝手にビッチ化するな、路線変更するな!)
ひかりは一転してアンチと化していた。
肝心の直希とは、たまに一緒に下校するぐらい。
彼は自転車でひかりは歩き。途中の信号で普通に別れる。たまたま隣を歩いていた人同士ぐらいに会話がない。
「あのさ……」
「は、はいっ」
「昨日の夜なに食べた?」
「……わ、和食です」
彼からせっかく話を振ってきてくれてもこの体たらく。
学校でこそいくつか接点はあったが、友達としての期間は皆無だった。お互いのことをほとんど知らない。
彼の態度からは、とりあえず告白オッケーしてはみたけどやっぱおもんないし別れようかなというオーラがにじみ出ていた。
この調子だといつ「あのさ……別れよう」が飛び出してくるかわからない。
このままだと間違いなく振られる。ノーを突きつけられる。そうしたら精神崩壊する。死。
ひかりは考えに考えた。
もはや彼のことが好きとか嫌いとか、よくわからなくなっていた。振られることを恐れるあまりに、まともな判断ができなくなっていた。
そして考えに考え抜いた末。
「わたしたち、まだ早かったみたい。一度別れて、まずは友達から。お互いそこからやり直しましょう」
そう告げることにした。
友達に戻ってしまえば振られることはない。我ながら名案である。
心を決めたひかりは、とうとう必死の弁解……いや熱い想いを伝えた。
「あ……はい、わかりました」
彼は素直にうなずいた。ワンチャン引き止められるかと期待していたが普通に通った。
思わず「わかっちゃったよ!」とつっこみかけたがこらえた。彼がやけに物分りのいいのはいつものことだ。
「じ、じゃあそういう感じで!」と気まずい雰囲気のまま、その日は別れた。
帰宅後、ひかりは絶望していた。
相手からしてみれば、自分から告白しておいてやっぱりやめます、と身勝手なことをしているのだ。
軽く流されはしたものの、内心ものすごく怒っていたに違いない。傷つけてしまっただろう。
(陰キャが勢いで告白なんてしてすいませんでした。もう一生しません。菌糸類として日陰に生える雑草のように生きていきますゆるしてゆるして……)
ああ、死にたひ……と部屋の壁に頭突きをして固まっていると、スマホに彼からメッセージが届いた。
『困ったことがあったら相談とか全然のるから。これからも頑張ろう』
(えっ……。うそやだ優しい……。やっぱりしゅき……)
ひかりは昇天した。
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