第5話

(よおし、はりきって相談しちゃうゾ)


 それこそ困りごとなんてくさるほどある。 

 しかし相談といっても、いったいどうしたらいいのか。

 

 面と向かって話すのは無理だ。顔を見られると照れてしまう。まともにしゃべれない。ならば間接攻撃だ。


 文面のやり取りも考えたが、直希は「うん」「そうそう」「なるほど」などなどチャットBOT風に返してきてお話にならない。

 

(気を使わず気軽に通話……。素を出してしゃべれれば、絶対いけると思うんだけどなぁ)


 ひかりには謎の自信があった。

 学校ではシャイなロンリークールガールだが、家では……妹のあかりからはいつも爆笑を取れるのだ。


 そこで選んだのが、作業通話という手法だ。ガッツリ通話、というノリではなく、別のことをしながらゆるく話をする。それなら多少会話が途切れても間が持つはず。

 勉強がわからなくて困っている。まずはそれを糸口に試してみることにした。


「お、おこんばんわ~」 

「どこがわからない? 具体的に言ってもらえると助かります」

「あ、え、い、いきなり? えっ、えぇっとですね……」


 最初のうちはペースを掴めず焦った。あらかじめ台本を作って読んだりもした。

  

「いちいち黒崎さんって呼ぶのも大変だろうから、あだ名とかで呼んでみてもいいですよ?(台本)」

「あだ名……? うーん……何も思いつかないっすね」

「そっかぁ。そしたら、下の名前でひかりって呼んでも……(台本)」

「あ、黒光りとか?」

「お、おぅん……」


 しかしそれもすぐに必要なくなった。グダグダながらも意外にうまくいった。

 もしやらかしても今は友達なので、振られるということもない。気持ちも楽。実際話せる。ちゃんとしゃべれている。


「改めて聞くと声かわいいっすね」

「え、えっ? そ、そうですか?」

「ふだん全然しゃべらないのに。宝の持ち腐れっすね」


 けなされたようにも聞こえたが舞い上がったひかりは、さらに声に磨きをかけることにした。


 自分の声を録音して、聞いて、を繰り返す。

 最初は「うわ自分の声超きんもー☆」と悶えていたが、やってるうちに「え? これ超かわゆくない?」と思えるようになった。感覚が麻痺するぐらい練習した。


 配信者が使うような高音質マイクも購入した。

 テーブルの上に立て、さながらスタンドマイクのように使う。


「なんかまた声よくなってない?」

「えっ、そうですかぁ? 別になにもしてないですよぉ?」


 と言いつつ金と時間をかけている。

 さらに調子に乗ってASMR音声の真似事などしてみる。わざとらしくささやいてみたり、マイクの近くで咀嚼音を聞かせたり。


「……なんの音? ……なにしてんすか?」


 怖がられた。怪しいものを捕食しているとでも思われたか。

  

 彼はスマホのスピーカーで音を聞いているようだが、ひかりはヘッドフォンを使うこともある。これもオーバーヘッド式のそこそこ値がはるものだ。


「音量とか設定よくわからないんだけど、これ声聞こえてる?」

「むふっ、ちゃんと聞こえてますよ」

「……なに笑ってんの?」


 彼の声は低音が妙に通る。本人はそう思ってないらしいがこれは無自覚イケボ。天性のものらしい。

 一時期イケボ歌い手の配信にハマっていたが今は足を洗った。もはやそんな物は必要ない。 


 最初はなかば強引だったが、毎晩の作業通話は続いた。

 形式上彼氏彼女だったときよりも、今やずっと距離が縮まっている。はたから見れば、もはやカップル以外の何者でもない。


 しかしここで焦ってはいけない。前回のことでひかりは学習した。また同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。

  

『あのさ、私たちって……なんなんだろうね?』

『え? おれたちもう付き合ってるんじゃなかったの?』


(いい! これいい! この路線でいこう!)


 ひかりは懲りずに漫画から着想を得た。マンガアプリのおすすめに出てきた新連載の漫画だった。友達友達と言いつつ、気づいたら恋人同士になっているパターンだ。

 

 やはりひたすら自分を偽ろうとしたのがよくない。

 ちょっとアレな趣味も徐々にオープンにしていき、理解を得る。つまりただの彼氏ではなく、少しずつ理解ある彼くんへと育てる。

 育成が完了すれば、もはや振られる心配など皆無。Fin。


「あの、わたしたちって……なんなんでしょうね?」

「哺乳類だね」

「そういうことじゃなくてですね」

「霊長類?」

「それも違くてですね。……あ、でも霊長類って言い方、なんかかっこいいですよね」

「んー、名付けるときにちょっとイキっちゃったのかな? あとで寝る前に思い出してうわあああってなるやつ」

「あ、わかります。二次小説でうっかり主人公を自分の名前にしちゃったり」

「えっ」

  

 育成終了にはまだ程遠いが、徐々に通じ合ってきている。波長があってきている。気がする。

 何より、下手を打っても振られることはないとなると気が楽だった。いける気がした。


(でも視覚のインパクトが弱いなぁ……やはりギャップか……)


 ふだんは地味なヒロインが急におめかししてきて彼がどきまぎ、みたいな回に触発された。

 ひかりもいつかはここぞで決める必要がある。脱陰キャ的なワードでネット検索をかけてみる。

 

「ひかりちゃんなにみてるのー!!」

 

 妹のあかりが頭突きぎみに顔を近づけてくる。

 まだ小学生ながら、誕生日プレゼントにお化粧セットをおねだりしてしまうような子だ。同じ血が流れているとは思えないほど陽のオーラを放っている。ガンガン人のスマホものぞいてくる。


 以前にも「あかりちゃんにまだ化粧は早いかなぁ」「じゃあおねえちゃんは?」「もういろいろ遅い」みたいな会話をした記憶がある。

  

「あかりねぇ、キラちゃんの動画でお化粧勉強したの!」

「えっ、だれ? 新世界の神ですか」

「え~しらないの~? おねえちゃんちょっとツラかして!」

「言い方ね?」

 

 言われるがままに練習台にされる。お人形遊びでもするノリなのか。

 しかし出来上がりは見事な完成度だった。やたら目元に赤みが差していて地雷女臭がしたが、雑誌にも載ってそうなビフォーアフターだ。もしかしたら妹は天才かもしれない。


「いいよいいよきゃわいいよ! そしたらこれつけてポーズ! ポーズ!」

「え、えっ?」


 またも言われるがままに猫耳のアクセサリーなどをつけられ、ポーズを取らされる。

 写真だけにとどまらず動画も撮られた。


「撮れた~! おねえちゃんきゃわいい~うける~~! きゃははは!」

「そ、そう? イケてる?」

「ちょーイケてる! 別人みたい! ぶひゃひゃひゃひゃ!」


 あかりのリアクションも上々である。実際動画もかわいく撮れている。

 一緒にテンションぶち上がったひかりは、誰かにこの姿を見せつけたくなった。そして気づけば直希に動画を送り付けていた。


 はじめは他人を疑われたが好評だった。

 それ以来ことあるごとにネタに……ではなく、褒めてくれる。

 

「めちゃめちゃかわいいよ。これで学校来たらモテモテだろうなぁ」


 そう言われて心臓バクバクだった。

 付き合っているときは「かわいい」なんて一度も言われたことがない。口の端がにんまり上がっていく。


(あ、あれれ? これって……もういけるんじゃ? 育成完了?)

 

「ひかりだったらすぐに僕なんかよりいい人が見つかると思うよ」


 ひかりは真顔になった。

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