第21話 オタクに優しいギャルいたもん!
母が出ていったあと、直希は自分の部屋で着替えを済ませてリビングに戻ってくる。
テレビを垂れ流しにしながらスマホを触っていると、メッセージが届いた。ひかりだった。
『なおくん、いる?』
変な聞き方をしてくる。作業通話アプリの部屋にいる? という意味らしいが、急ぎであればわざわざそっちを使う必要はない。
『大丈夫だよ』
そう返すと、ややあってアプリから着信の通知が来た。
まだ時間が早いこともそうだが、こうやって直接かけてくるのは珍しい。
(なんかあったのかな?)
少し心配になりながらも、スマホを耳に当てる。
母がいるときは「なに? 誰と電話?」とうるさいので部屋にこもるようにしているが、今はその必要はない。
「なおくん聞いて! オタクに優しいギャルはいたんだよ!」
第一声でよくわからないことを言われた。
うれしいのかなんなのか声が弾んでいる。
「へ~……? 本当にそんなのいるんだ?」
「本当だよ、オタクに優しいギャルいたもん! 前も言ったじゃん、同じクラスに陽ギャがいるって」
「ああ、後ろの席の?」
「そうそう。怖いかと思ったら普通に優しくて」
「へえ、よかったね。それで友達になったってこと?」
尋ねるが返事がない。再度聞く。
「その子と仲良くなれそうってこと?」
「それとこれとは話が別です」
「でもオタクに優しいんでしょ?」
「オタクに優しいかもしれないっていう話です」
急にひかりの声のトーンが落ちた。
オタクに優しいギャルがいるかもしれない、という報告をしたかっただけらしい。
ひかりが黙ってしまったので話題を変える。
「そういえばさ、今日すれ違ったよね? 廊下で」
近くのトイレ混むからあっち行こうぜ、と晶に連れ出された帰りだ。
短い休み時間だというのに、ひかりは人気のない渡り廊下で、一人外を眺めていた。
声をかけようとしたら逃げられた。これみよがしに顔をそむけられて、ちょっと傷ついた。
「なんか機嫌悪かった?」
「あ、あのっ……そ、それはっ、つ、つ、ツンデレです」
「え? 詰んでる?」
「はい詰んでます」
なぜすれ違うだけで詰むのか。
「もしかして僕が友達友達って圧かけてるから怒ってる?」
「自覚あったんですね」
「ちょっときつかったかなって思って。でもほら、かわいい娘を谷底に落とすみたいな精神でね」
「それなんかと混ざってない? 普通に落下死するだけじゃ?」
たしかに這い上がってくる絵面が想像できない。ひかりが必死に崖に食らいつく姿をイメージすると、それはそれでおもしろい。
「ギリギリでひかりが秘められた力に目覚める可能性もあるじゃん」
「それは古臭いバトルマンガじゃないですか! わたしは最初から最強で俺ツエーするやつのほうが好きなんですぅ!」
ひかりの口調はころころ変わって、話しているうちににやけてくる。
通話中の彼女と、学校での彼女。本当に同一人物なのかと疑ってしまう。
「それにしても、最初はひかりだと思わなくてさ」
なんだか不思議な子がいるなと思った。
気を付けて見ていなければ、そこに存在していないかのように景色と一体化していた。現に隣を歩いていた滝澤晶は、気にもとめていないようだった。
まるで彼女の周りだけ、時間が止まっているようだった。時の動かない空間で、窓の外の桜の花びらが落ちていくさまを、一人眺めている。
妙に近寄りがたい雰囲気があった。悪い意味ではなく、いい意味で。儚げな……というと大げさかもしれないが、ふとそういう言葉が頭に浮かんだ。
「いったいどこの美少女かと思ってね」
「び、美少女!? い、いやぁそんな……」
「なんかこう、メインヒロイン感あったよ。不思議な力を持ってそうな」
「なるほど不思議ちゃんヒロインですか。そうやっていじってくるんですね」
変に取られてしまった。
褒めたつもりなのだが、この感覚をうまく伝えるのが難しい。
「あそこでなにしてたの?」
「べっ、べつに? たまたま通りがかって……」
「いいよ隠さなくて正直に言って」
「椅子取り合戦に敗北したので教室落ちしました。落ち武者です」
なんだかわからないが本当っぽい。口調がマジだった。
ひかりはこれ以上説明する気はないようだ。それきり沈黙になる。話が終わりならひとまず切ろうかと思っていると、小さく声がした。
「でも……あのね?」
「うん?」
「なおくんと会えて、うれしかった」
とっさに返す言葉が出なかった。
本当にいい声だなとか、どうやって返したら喜ぶだろうだとか、きっと余計なことを考えたからだ。
「じ、じゃあ、そ、そういうことで!」
自分で言って恥ずかしくなったのか、取り繕うようなひかりの声がする。
結局返事ができないままに、通話の切れる効果音がした。
目が覚めると、時計は八時を回っていた。
ひかりとの通話ののち、ソファでうとうとしていたら軽く眠ってしまったらしい。
空腹を感じながら起き上がる。晩飯はいつも決まった時間にならないことが多い。
母に負担をかけまいと、高校に上がってからはなるべく自分の食べるものぐらいは自分で面倒を見るようになった。
けれど今からなにか作る気も起こらなかった。ふと思いつきで、近場で買ってくることにする。
直希は上着を羽織ってマンションを出た。まばらに街灯のたつ薄暗い路地を歩いて、車の走る大きな通りに向かう。
最寄りのスーパーまで足を伸ばすのも考えたが、ふと思いたって行き先を変えた。
向かったのは大通りの角にあるコンビニだ。
建物を改装して、新しくオープンしてからさほどたっていない。駐車場はきれいに白線が引かれている。店内の白い壁がまぶしいほどに照明を反射していた。
建物脇の駐輪スペースに制服姿の女子を見つけた。かがみこむようにして自転車の鍵をはずしている。直希はその背中に近づいていって声をかけた。
「おつかれっす」
声をかけると、姫乃は猫のようにすばやく振り向いた。瞳には警戒の色が浮かんでいる。
暗いせいかすぐに直希だと気づいていないようだった。少し遅れて、驚いたように目をまたたかせる。
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