第34話 超かわいい姫乃ちゃん
姫乃の指定した集合場所は、駅の出口をすぎた先にある小さな広場だった。待ち合わせによく使われるらしい。中央に光る電子案内板を取り囲むようにまばらに人影が見られる。
直希が到着したのは昼前だった。
空には雲ひとつない。周辺にそびえるビルの壁が、高くのぼった日差しを照り返している。風もなく穏やかな春の陽気だ。ぽかぽかとして心地がいい。
そんな天候とは裏腹に、かたわらに立つ影からは険悪なオーラが漂っていた。
数分前に落ち合ったばかりだというのに、ろくに目も合わせず、会話もない。姫乃はひたすら手元のスマホを触っている。
直希が来たときにはすでにこのポーズだった。
直希が集合時間に遅れたわけではない。
家を出る前にひかりから「少し遅れます」とメッセージが来た。現在直希たちは彼女を待っている。
「あの~、なんか不機嫌です?」
とうとう聞いた。
若干の間があって、姫乃は顔を上げた。
「……べつに」
「絶対不機嫌なやつじゃん」
聞かずとも全身から伝わってくる。
姫乃は顔をそむけた。
「だってあんたが勝手に決めてるからさ」
ひかりを勝手に呼んだことを言っているらしい。
今日の朝になって姫乃から「は?」と返信が来た。
「昨日の夜、姫ちゃんと連絡つかなかったからさ」
「あたしがかけ直してもあんたでなかったじゃん。ラインも既読つかないし」
「そのときは僕も寝ちゃってたし」
お互いタイミングが合わなかった。普段連絡を取り合うことはしないから、なおさらだ。
「姫ちゃんだって会ってみたいって言ってたじゃん」
「だからそれはもう別にいいって言ってんじゃん」
「じゃあなんで半ギレなの」
「別に半ギレでもなんでもないでしょ。いっつもこんなんでしょ」
「いやそれはそれでヤバい」
間違いなくいつもよりキレている。それで本人はいつもどおりだと言い張るのだからたちが悪い。
しかし今回の件に関しては向こうに分があるだろう。あのひかるんが来てくれる、と聞いて舞い上がってしまったのは事実だ。
ひかりの口から「わたしがついていってあげようか」なんて言葉が出てきたのには驚きだった。
二人を引き合わせるのは少し不安ではあった。しかしあのひかるんに直接会えるまたとないチャンスだ。いろいろ細かいことよりも、その期待が上回ってしまった。
直希は素直に頭を下げる。
「ごめん、僕が悪かった。このとおり」
「そうやって謝ればいいと思ってるでしょ」
「あらゆる諸悪の根源は僕です。本当どうしようもないよねこのクソ陰キャは」
「いやそこまでは言ってないけど」
待ち合わせの時点で謝罪という最悪なスタートだ。
今日はまだいいとしても、今後誘われるようなことは二度とないだろう。
姫乃と二人きりだと変に意識……気まずい感じになるかと尻込みしていたが、これで逆に吹っ切れた。
とたんに気づかなかったものが見えてくる。
「ていうかその髪型かわいいな」
姫乃はいつも無造作におろしている髪を、後ろの高い位置で縛り上げている。この前見たときとも少し違う。ただのゴムではなくリボン付き。
「どしたのそれ。……あ、もしかして僕がこの前言ったからかな?」
「は、はぁ? ちがうし? 気分だよ気分」
姫乃は髪に手を触れながらうつむいた。一緒に視線が下に行く。
「それによく見たら服もかわいいぞ」
膝上の柄付きのスカートから素足が伸びている。小さいフリルのついたトップスに薄手の羽織もの。紐状のリボンを胸元に結んでいる。
白と淡いピンクを基調にした春らしい装いだ。全力で女の子している。
彼女のこんな姿はまず見覚えがない。というか制服以外でのエンカウントがない。
「ぴ、ピンク……」
「何笑ってんだよ」
「かわいすぎて笑えてくる」
「は? バカにしてんの?」
こういうかわいい系の格好をしているイメージがあまりなかった。
ジャージとか着てくるかと思った、と口にしかけたがやめた。
「今日は本当に超かわいいぞ」
「いつものはお世辞みたいに言うな」
「どうしたんだ急に」
「急にって、べつに……し、私服はいつもこんな感じだし?」
「一体なにがあったんだ」
「しつこいわ」
肩をひっぱたいてくるのはいつも通りだ。
しかしこうやって公衆の面前で体に手を触れられると、つい気が引けてくる。
「正直隣歩きたくないぞ」
「なんでよ」
「どうしてあんな陰キャが一緒に……みたいな目で見られるじゃん。こっそり写真撮られてSNSにさらされるかも」
周囲を警戒する。スマホ片手に立っているのは一人や二人ではない。
けれど考えようによっては世界の陰キャたちに希望を与えられるかもしれない。
「べつに……そこまででもなくない?」
姫乃が上目遣いに見上げてきた。
こころなしか目も大きい。まつげがぱっちりしている。唇にもほんのり赤みがさしている。
まじまじと観察していると、いつしか見つめ合う形になった。お互い無言のまま視線を交錯させる。
改めて一緒にいるのが不思議な感覚だ。そしてどうして見つめ合っているのかもよくわからなくなってきた。
姫乃の瞳はまっすぐこちらを見上げたまま微動だにしない。服なんかよりうなじがエロいなどと考えていたのを見透かしてくるかのようだ。
咎められるかと思い、直希は目をそらした。するとすぐさま姫乃が顔を指差してくる。
「はいお前の負けー!」
「は?」
「先に目そらした!」
彼女の中で謎のバトルが始まっていたらしい。
それで必死だったのかと合点がいくが、なぜ勝手にひとり相撲を始めたのかはわからない。
姫乃は得意げな顔でのぞきこんでくる。
「超かわいい姫乃ちゃんに見つめられてどきっとしちゃったかなー?」
「くっそ、この野郎……」
「恥ずかしくて目そらしちゃったねえ?」
「うわぁ、完全にやられたぜ……」
「言い方がわざとらしいんだよ。下手くそか」
負けた感じを出してご機嫌を取ろうと思ったが見抜かれてしまった。
けれどいくぶん姫乃の機嫌は直ったらしい。直希はポケットからスマホを取り出しながら言う。
「じゃもう一回勝負しよう、姫ちゃんはこのスマホのカメラに向かって」
「は? なにそれ?」
「動画にしてあとで……あ、電話だ」
スマホが着信の画面に切り替わった。相手はひかりだ。
「もしもし?」
「す、すみません、おまたせして……」
「いいよ、今どこ?」
「い、い、います、たぶん、右の方に……」
言われるがままに顔を右へ回す。
ひとり、ふたりと彼女を探して視線が人を通り過ぎる。その先で、同じようにスマホを耳に当てている人影を見つけた。
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