第11話
昼休みに姫乃に呼び出された。
指定された場所は、みんなが集う中庭のベンチではなく、グラウンドの隅にある寂れたベンチだ。
そこで例のしつこい男子とやらと話をするらしい。ついでに昼飯も食べるという。
陰キャなので昼食は自分の席で食べる以外ありえないのだが、今日に限ってはそうも言ってられない。
「なんでわざわざこんなとこで?」
直希は先にベンチに到着していた姫乃に尋ねる。かたわらに大きな樹木が立っており、背後には学校の敷地を囲う柵が張り巡らされている。
付近に人影は見当たらなかった。10メートルほど先にベンチがもう一つあるが使われていない。昼休みにわざわざこんな場所まで来る生徒はいない。
「朝も声かけられたから、一回昼休みに話そって言ってそいつ呼び出した」
微妙に質問の答えになっていない。
姫乃は小さいカバンから弁当箱を取り出して、膝の上にのせた。直希を見上げて言う。
「あんた、お昼ごはんは?」
「おにぎり歩きながら食べた」
「はぁ? 一緒に食べるって言ったでしょ? これだから陰キャは……」
ため息混じりに箸を手に取ると、弁当の中身を口に運び出した。直希は隣に座る。
「これってどういう状況?」
「だから、仲良くお弁当してるところを見せつけて、お察しさせるわけ」
「あれ? 僕が相手に組み付いて自爆するっていう話じゃなかった? 作戦変更?」
すぐに返事はなかった。姫乃は自分の弁当に視線を落としたまま答えた。
「まあ……ちょっと面白そうだから。その、にせのカレシっていうの?」
「え? オタクのマンガ読みすぎとか言ってたのに?」
「と、とにかく! 陰キャの人は余計なこと言わないで、あたしにあわせてくれればいいから」
いろいろと疑問は残るが、陰キャなので黙って人に合わせるほうが得意だ。しかし肝心の相手の男子について、まだなにも情報をもらってない。
(急に関係ない陰キャがしゃしゃり出てきたら、ヘタすると殴られたりするのでは……?)
今になってそんな考えがよぎる。
安請け合いしたがそれなりの覚悟が必要かもしれない。
ポケットからスマホを取り出し、例のひかるん動画を再生する。ここはひとつ彼女にパワーをわけてもらうことにした。
『ひかるんだぞっ、にゃんにゃん☆』
表情と声に隠しきれない照れとぎこちなさがあって、それも含めてかわいい。活力がわいてくる。
ふと視線を感じて顔を上げると、いぶかしげな目がそばでまばたきをした。
「……なに見てんの? それ」
「あ、気にしないで」
「誰? それ」
体を傾けてスマホをのぞきこんでくる。姫乃は食い入るように画面を見つめる。
「……これなに? どこの誰? コスプレ? アイドル?」
「なんていうか……まあ、今の『推し』かな」
「は……?」
姫乃はぽかんと口を開けて固まった。まるで恐ろしいものでも見たかのような表情だ。
「あんたって女の子とか興味ないみたいな顔してたくせに、本当は飢えてたんだ? てかさぁ、こういうのが好みなの? もう陰キャのオタク丸出しじゃん」
「いや、これは勝手に送られてきて……」
「あたしこういうの苦手。絶対自分のこと世界一かわいいとか思ってそう」
「いやひかるんはかわいいよ。たしかに」
「はぁ? ……こりゃ重症だわ」
苦々しげにつぶやくと、姫乃は弁当箱を膝の上に置いた。
「てか、あたしだってそれぐらい、できるけどね」
「え?」
「ひめのんだぞっ、にゃんにゃん」
こてんと首をかしげながら、手首を曲げて手招きの仕草をする。動画のひかりと同じ動きだ。
上目遣いの目を真顔で見返していると、姫乃の顔がみるみるうちに赤くなっていく。すぐに猫パンチが肩に飛んできた。
「ってなにやらせんのバカっ!」
「勝手に自分でやったんじゃ……」
「なにやってんだこいつみたいな顔したでしょ! 陰キャのくせに!」
「いや急にやるから……」
顔はデフォルトだ。
自爆しておいて人に八つ当たりはやめてほしい。
「けど姫ちゃんのもよかったよ。かわいいかわいい」
「バカにしてるでしょ」
「じゃあ動画撮るからもう一回もう一回」
「二度とやるか! ってやめろスマホむけんな」
スマホのカメラを向けてみるが、姫乃はふいっとそっぽを向いてしまった。今の仕草もらしくていい。
「すいません遅れました!」
そのとき高めの声とともに影が走り込んできた。姫乃の真正面で立ち止まる。
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