第10話

 学校には基本的に自転車で通学している。

 陰キャなので家から一番近い学校を選んだ。というのは半分冗談で、電車だとかバスで時間をかけて通学するのが嫌という理由だ。


 所要時間は自転車で十五分ほど。雨の日やその日の気分では歩きで行ったりもする。


 裏門から校舎に乗り付け、屋根付きの駐輪場に自転車を止める。鍵をかけていると、何台か隣のスペースに自転車がふたつ滑り込んできた。

 

 自転車を止めながら、二人組の男子生徒が大声で話している。指定外の上着が目に入った。開いたシャツの襟元からは色付きのインナーがのぞく。


 同じクラスの陽キャの方々だ。

 カバンを担いだ直希はそのわきを歩いていく。

  

「おぃーす」

「おぃす」

「うぃす」

「うぃーっす」

 

 意味のなさない言葉で二人とあいさつをかわす。陰キャなので無視するようなことはしない。波風立たないようにノリを合わせていく。

  

 体育館の壁に沿って昇降口へ向かう。

 校舎までの道筋はいくつかあるが、陰キャなのであえて人の少ないルートを選ぶ。

 足元は舗装されておらず土がむき出しになっている。なんとか人がすれ違えるぐらいの幅だ。直希はここを隠しルートと呼んでいる。


(……ん?)


 かすかに違和感を覚えたそのとき、背後から追いついてきた影が隣に並んだ。

 今の今まで足音も気配にも気づかなかった。かなりのやり手だ。


 それと同時に上着のポケットに何かをねじ込まれた。影はスカートを翻しながら、ぴゅーっと小走りで先に行ってしまった。

 

 遠ざかっていく後ろ姿を眺めながらポケットに手を入れる。

 出てきたのは包装紙にくるまれたチョコレートが二つ。


 相変わらずのチョコレート狂っぷりだ。

 思えば告白されたのもバレンタインデーの日だった。そのときも一緒にチョコレートを渡された。 


 通話だとやかましいほどにしゃべるが、面と向かっては話しかけてはこない。だからこちらも呼び止めるようなことはしない。 


 リアルの距離は縮まるどころか、遠ざかっている感すらある。

 恋人から友だちに格下げになったのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 



 その後は何事もなく教室に到着した。

 直希の席は廊下側の一番うしろだ。入ってすぐ席につける。陰キャには好都合な席だ。

 

 周りは空席だったためあいさつの必要はなかった。まだ登校していないか、どこかに出払っているようだ。

 直希は無言で席につく。カバンの中身を取り出すついでに、ふと思い立ってスマホを確認する。


『たまたま見かけたらプレゼント! やったねラッキー☆』 


 絵文字付きのにぎやかなメッセージが届いていた。差出人はひかるん。姿が見えないところでは威勢がいい。

 アプリなどでの名前は黒崎ひかりではなく、たいていひかるんになっている。 


 通り魔的プレゼントは初めてのことではない。そこまで驚きはないが、もう少しどうにかならないものか。

 

 ポケットから先ほどのチョコレートを取り出し、包み紙をひらいて口に入れる。鼻に抜ける香りが一味違う感じがした。

 ひかりになんと返信すべきか考えていると、隣の席に女子生徒が座った。


「天野くんおはよー」

 

 彼女の髪はくせっ毛なのか毛先が外側にはねていて、活発な印象を与える。実際こうして陰キャにも笑顔であいさつしてくる。


 新しいクラスになったばかりだが、彼女はなにかと目立つことが多い。発言力のあるイケてる風女子だ。


 立候補がおらず、推薦でクラス委員長にされていた。周りからも委員長委員長と呼ばれている。しかしそのせいで名前がはっきりしない。

 

 陰キャといえども、いざというときに備えて好印象を与えておく必要がある。ましてや隣の席だ。直希は微笑を作りながらあいさつを返す。

 

「おざっす」

「それ、なに食べてるの?」

「チョコレートっす」

「へー、チョコレートとか食べるんだ? ふふっ、意外」


 なぜか笑われたがもちろんここでキレてはいけない。

「えーいいなー」と視線を送ってくるので、もう一つあったチョコレートを手にとって差し出す。


「あ、いります?」

「えっ、いいの? ありがとー」


 委員長様によろこんでもらえてなによりだ。

 しかし彼女は受け取った包み紙を見て、驚いた声を上げる。


「えっ、これゴジィバ? ほんとにもらっていいの?」

「ゴジラ? いいっすよ」


 陰キャなのでブランドだとかそういうものは詳しくない。


「え~、でもこれ勘違いしちゃうかもよ~?」

「なにとなにを?」

「いやほら、お高いのくれたから」

「ここは好感度あげとこうと思って」

「それ言うと下がるよ」


 くすくすと笑いながら包装紙を開けていく。

 この反応は陰キャなりに好感度アップに成功したようだ。


「ん~! これは濃厚ですねぇ~」


 チョコレートを頬張った彼女から言葉どおり濃厚なリアクションをいただく。

 つい流れで贈呈してしまったが、このチョコレートはひかりにもらったものだ。一言断りを入れておくべきだろう。

 

 直希はスマホをタップすると、『ごめんゴジラ一個あげちゃった』と打ち込んで返信した。

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