第13話
その後、直希は取り残された滝澤晶とともに教室に戻ってきた。
直希が席につくと、晶は当然のように隣の席の椅子に腰掛けた。昼休みのさわがしさを背に、ムスッとした顔を向けてくる。
「しかしまさか同じクラスだったとはね」
どこかで見たような顔だと思ったら、奇遇にも彼とは同じクラスだったらしい。
このクラスになってまだ一ヶ月もたっていないのだ。陰キャなのでクラスメイト全員の顔と名前を把握できていない。
「あんなことをして、よくそんな平然とした顔で座ってられるね?」
「それは僕の席だからね」
陰キャにとっては自分の席が安息の地だ。
ここに戻る途中もさんざん詰められた。告白した人間の前でどういうつもりだと。
ちなみに全部ネタバラシをした。彼氏彼女のふりだなんて、隠し通せるわけがない。
「つまり誘いを断るために、あえてバカップルを演じたと?」
「陰キャでもやればできるってとこを見せてやろうと思ってね。やってやったわ」
「陰キャというか君は危険な男だよ」
陰キャから危険な男にクラスアップした。いやダウンしたのか。
「彼女がそういうフリしてくるから空気を読んだんだよ。しかしそっちこそ明らかに脈ないのになんでしつこくつきまとうかな」
「いきなり火の玉ストレートやめてくれないか」
直希にしてみたらそっちのほうが理解できない。人が嫌がるのを見て喜ぶ性癖かと疑う。
「そんなのはダメで元々だよ! 人生やったもん勝ち! 動いたものだけが成功するんだ!」
晶が自分の膝を叩いて前のめりになる。謎の人生訓が始まってしまった。
急になにかに目覚めたタイプらしい。そして加減がわからなくなっているやつ。
「ってことは、姫乃さんはまだフリーってことだよな! もう一回行ってくる!」
「待った、これ以上はやめたほうがいい。さっきは一応取り繕ってたけど、僕にはキツイウザい無理って……」
「なっ……」
晶はがくりと首をうなだれた。さすがにショックだったか。
しかしここは多少辛辣でも、歯止めをかけたほうがいいだろう。
せめてジュースでもおごってやろうかと思っていると、晶は急にぱっと顔を上げた。
「ポジティブ!」
「え、なに?」
「今のでリセットした。完全に立ち直った」
口ではそう言うがやたらまばたきが多い。
「べつに失敗したわけじゃあない。このやり方はうまくいかないということを発見したんだよ」
「キャラ濃いなあ」
「振られたからって落ち込んでいる場合じゃないのさ。こういうときこそポジティブに! そうすればいずれポジティブなものがやってくる!」
「なるほどポジティブ!」
一緒にポジティブしてみた。
晶は懐からメモ帳を取り出すと、ページを開いて何事か唱えだした。
のぞきこむとメモには「のぞめばなりたい自分になれる! とりあえず行動! くよくよ考えるのはあとで!」といった文言が書き連ねてあった。
「まあ、今回はちょっと彼女と波動が合わなかっただけだね」
「なるほど」
自分の世界をお持ちの方らしい。意味がわからなかったが感心したふうに相槌を打っておく。
「実は俺、小さい頃からずっと引っ込み思案で……」
「あ、大丈夫です。そういう過去話はあんまり興味ないんで」
長くなる前に遮った。
しかしいろんな意味で少しかわいそうに思えてきた。直希はなぐさめる意味を込めて言う。
「実はなにを隠そう、僕も彼女に振られたばかりでね」
「えっ、なんだそうだったのか! それならそうと早く言ってくれよ仲間じゃないか! なんだよもう~」
「告白に失敗したわけじゃないけどね。一緒にしないでもらっていいかな」
つい反射的に突き放してしまった。彼には人をイラっとさせるなにかがある。
「そうは言うけど天野くん……ならせめて姫乃さんレベルと付き合ってからドヤってもらっていいか? 俺だって相手を選ばなければべつに……ねえ?」
意味ありげな含み笑いをしてくる。陰キャすらイラつかせるとは相当なものだ。
ビンタするかわりに直希はスマホを取り出すと、例のひかるん動画を再生して見せつけた。
「まあ、これがその元カノなんだけど……」
「えっ、この子が!? かっ、かわいい……」
「でしょ?」
ここで見せびらかすのはどうかとは思ったが、つい煽りに乗ってしまった。
晶は食い入るように動画を見つめる。何度か再生を繰り返していたが、急に難しそうな表情になって息を吐いた。
「ふぅん……けどこれは間違いなく男慣れしてるね。こういうのSNSにあげてチヤホヤされてるんでしょ。その振られたっていうのも、別に男がいたんじゃないの?」
「いやそれはないと思う」
むしろそのほうが安心まである。
トイレで弁当手づかみエピソードのあとだとなおさら。
「なら俺に紹介して! ぜひ!」
「それは……無理じゃないかな彼女の性格上」
「なぜ? 別れたってことは今フリーってことっすよね!」
「それはそうだけど……それを僕に言う? 節操なさすぎでしょ」
「まあまあ細かいことは気にしないで行こう友よ! ポジティブ!」
「ポジティブ!」
うつった。
ひかりならすぐにいい人が見つかるよとは言ったが、誰でもいいわけではない。お前に娘はやらんの気持ちが今はわかる気がする。
そのとき食い下がってくる晶の背後から、ドスの利いた声がした。
「ねえ、勝手に人の椅子座んないでくれる?」
晶が肩をすくませて振り返る。腕組みをした女子が背後から見下ろしていた。
「あっ、ここ委員長の席だった?」
「そうだけど? てかあんたに委員長って呼ばれるとムカつくんだけど。委員長じゃなくなったらどうすんの?」
委員長呼びは地雷らしい。知らなければ直希も呼ぶところだった。
「そ、それは……も、元委員長とか?」
「なにそれうざ。もういいわ、さっさとどいてくれる?」
「ぽ、ポジティブ!」
「は?」
彼女に一緒にポジティブしてあげる気配はない。
圧たっぷりにポジティブ野郎を追い払うと、ころっと笑顔になった。直希に向かって手のひらを差し出してくる。手にはお菓子の入った包みがのっていた。
「はいこれ、お菓子調達してきたから。朝のお返し」
「……あ、どうもわざわざご丁寧に」
「あのさ、さっき話してたのちょっと聞いちゃったんだけどさ。天野くんって元カノ……彼女いたんだ?」
「んーまあ、一応……」
「へー? なんか、モテそうな雰囲気あるもんねー」
そんなこと今まで言われたことがない。ただの陰キャのはずが誤解されている。
「ねえねえ、それってどこの誰? 同じ学校?」
「ひみつ」
「いいじゃん教えてよ、誰にも言わないからさ~」
口元をにやつかせながら、耳を澄ます仕草をしてくる。晶のときとはうってかわってフレンドリーな態度だ。
彼女がいたことがある、というのは、それだけでステータスになるのだろうか。よくわからない。
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