第23話 悩み事

 数十分後、直希は自宅のリビングで姫乃と向かい合っていた。

 間に挟むダイニングテーブルは二人がけ用だ。直希の弁当と、姫乃のペットボトルのお茶が置いてある。


 部屋は静かだった。テレビも何もついていない。

 直希は無言で箸を動かして、二色に分かれたそぼろご飯を均等に減らしていく。 


 対面の姫乃はスマホ片手に、もくもくとサンドイッチを口に運ぶ。最後のひとくちを口に入れると、スマホをテーブルに置いて言った。


「なんかしゃべれよ」

「昨日の夜なに食べた?」

「それ話題ないやつの話題じゃん」


 姫乃は床においたカバンから小さいお菓子の箱を取り出した。パッケージに踊る文字を見て直希は眉をしかめる。

 

「うわ、きのことかないわ」

「あ? やんのか?」

「飯いっつもそんなんなの?」

「だってうちのご飯まずいし」

「わかる」

「それはわかるんだ」


 母の料理より自分で用意したほうがいい場合が多い。

 夜に配信するから、と言って簡単に済ませることが多くなった。一緒にご飯を食べる配信、などといって迷走している時期もあった。

 姫乃が直希の弁当をのぞきこみながら言う。


「じゃあそれ、一口ちょうだい」

「え、これ? 一口ちょうだいで食べるやつじゃなくない?」

「いやん陰キャくん間接キスとか意識してるぅ」


 無言で割り箸と一緒に弁当を押し出す。姫乃は割り箸を逆に持つと、容器の端のほうから米をすくって口に運んだ。


「自分こそ気にしてるじゃん」

「これはレディのたしなみよたしなみ」

「その逆に箸持つの汚いんだけど。しかも一口じゃないし」

「おいしい。あたしも今度これ買お」


 思ったより食われた。

 しばらくして弁当を食べ終わる。姫乃は椅子に寄りかかってスマホを触りながら、お菓子をつまんでいる。

 

 それにならって直希も適当にSNSなど流し見するが、ふと時間が気になった。家に連絡は入れているだろうが、時刻は九時を回ろうとしている。いつまで居座るつもりなのか。

 尋ねようとすると、姫乃が思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ。悩み事、聞いてくれるんでしょ」

「悩み事?」

「そう。困ったことがあったら相談乗るよって」


 そういえばそんな事を言ったか。あのときはお礼を言われて、ついうれしくなって口走っていた。ここでやっぱなしで、というのは厳しい。


「僕にできる範囲でね?」

「いいよそれで」

「……なにかあるなら、どうぞ」


 うながすと、姫乃は一呼吸置いてから言った。


「あのね、不安なの。ずぅっと。先のこととか、将来のこととか」

「まあ、それは誰もがそうでしょ」

「なにそれ。それで終わり?」


 使えねーなこいつという顔をされる。しかし漠然としすぎていてそう返すしかない。


「もっと具体的に」

「んー……今のクラスもつかれるし。なんか周りとあわない」

「もう一声」

「今のクラスで一緒にいるメンバーが何人かいて、表向き仲良さそうにしてるんだけどさ。一人その場にいなくなった途端に悪口とか陰口とか。これあたしも絶対言われてるんだろうなって」

「急にお腹いっぱい」

「この前もよく知らない先輩にみんなで遊びに行こうとか誘われてさ。そいつらにどうしたらいいか真面目に相談したら、なんか周りにバラされてネタにされて、なぜか全然知らん女子の先輩に目つけられて」

「もう食べられないよぉ」

「なんかあたしのこと、勘違いされてる気がするんだけど」

「まあその見た目じゃあね」

「は? 超かわいいだろ」

「超かわいいっす」


 いわゆる遊んでそう、な感じに見られても仕方がない。

 そして実際そうなのかどうかも直希にはわからない。幼馴染といっても空白の期間が長いのだ。一つ言えるのは、昔からはっきりそういうタイプではなかった、とだけ。


「でもそういうふうに演じないといけないのかなとかって。本当はこれ好きだけど、受け入れられないんじゃないかなとかって思って、黙ってたり」

「ああ、妖怪ボッチのBLとか?」

「なにそれ」

 

 例えがコアすぎて通じなかったようだ。

 そうそれ! と来られても困るが。


「その点ナオは無害っていうか……なんも言わないから、いいかなって」

「きのこよりたけのこだっつってんだろ」

「お前まじでセンスないわ」


 言うときは言う。しかしこの話はきっと平行線だろう。

 相談にのるとは言ったが解決できるとは言ってない。陰キャには少し荷が重い内容だ。しかし話させた手前、なんらかの意見は提示すべきだろう。


「じゃあこの前の告白も断らないで、作ったらよかったんじゃ? その、優しくありのままを受け止めてくれる彼氏とかを」

「それこそ合わなかったら終わりじゃん。優しく受け止めるとか、あんな自己中そうなやつ無理でしょ」

 

 それはごもっとも。


「だいたいどこかに呼び出して告白、そんで付き合う付き合わない、彼氏彼女に……とかって大げさじゃん? なんか一緒にいたら楽しい……で、気づいたら、みたいなほうがよくない?」

「まあ……それはそうかも」

「でしょ~?」


 ちょい圧を感じたから逆らわずにうなずいた……というのもあるが、おおむね同意だ。直希も今回のことで思い知った。


「だからべつに彼氏とか、今はそういうのほしいと思わないんだよねー。なんか、いろいろめんどくさそうっていうか……。それより陰キャくんいじめてたほうが楽しいかなー、なんて」


 そう言ってじっと顔を見つめてきた。何かを訴えかけるような目だ。

 陰キャイジメが楽しいとはっきり宣言されてしまった。好意的に見れば楽しんでもらえている、とも取れるが。 


「てか、ナオのほうこそどうなの」

「べつに彼女とか、今はそういうのほしいと思わないんだよねー。なんか、いろいろめんどくさそうっていうか……」

「真似すんな」


 すでに思い知らされた。彼氏、というものは陰キャには務まりそうにない。

 のちに調べたところによると、デートも自分から提案しないといけない。機嫌を損ねないよううまくエスコートして、お金も多めに出したりしないといけないらしい。


「僕もこりごりかなー。そういうのは」

「とか言って、なんか元カノとゴチャゴチャやってるじゃん」

「あれはまあ、僕が楽しくてやってるからね」


 自分で答えながらなるほどそうかと思った。やっぱり彼女との通話は楽しい。

 姫乃の返しが鈍った。表情も険しくなる。


「それってさぁ……振られたけど、やっぱ未練があるってこと?」

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