第33話 階層型ダンジョンは駅伝よりも過酷なはずだったので

『箱根城』は一応、B級ダンジョンと協会では定められている。

 だがその実態は〈U.D.D.〉の構造モデルにもなった、階層型ダンジョン。

 言わばだ。


〈U.D.D.〉の最下層はB6F。

 対する『箱根城』は、観測されている限りでは──つまり、攻略者が限りではB4F。

 それより奥へ進もうものなら、命の保証はできない。

 ゆえにダンジョン協会もB4Fまでを『箱根城』の稼働可能領域としていた。


 しかし。


「はあ!?」


 真凜はガン! と入り口のコンクリートを激しく踏み鳴らす。

 詰め寄られていたのは、勇翔には媚びた笑みを、由美にはいやらしい笑みを浮かべ、自分の部下たる撮影スタッフには怒声を浴びせていたディレクターだ。

 ディレクターは『筋肉三倍段』の乱入で文字通り八方塞がりとなっていて、真凜に睨まれるとひきつり笑いへと様子を変える。


「撮影の予定地がB6Fだぁ!? 正気で言ってんのか、素人ども!」

「ててっ、提案してくださったのは西城選手ですよ!」


 なにが原因で吹き出してくるのかよく分からない汗を、タオルで懸命に拭うディレクター。


「浅い層ではモンスターの数が多くて邪魔になって、逆に撮りづらいと……」

「そりゃそうだわ! 深く潜れば弱肉強食のダンジョンで生き残った、高ランクのモンスターしかいないんだから!」

「そっそれに、せっかくなら〈U.D.D.〉と階を揃えるべきだって」

「〈U.D.D.〉とてめえらのコマーシャルはこれっぽっちも繋がってないだろが!」


 とうとう真凜は背伸びしてディレクターの胸ぐらを掴んだ。


「冗談も休み休み言えよ。肉ダルマどもがてめえの筋肉を鎧代わりにしてる中、そこの姉さんを素っ裸も同然の格好で、最下層に放り込むつもりだったっての……!?」

「ひっひい! だから、西城選手がなにも問題はないと──」

「西城選手じゃなくてあんたらに聞いてるんだけど!? マジで死ぬよ!?」


 要するに。

 ことダンジョンに至っては浅学も甚だしい彼らは、勇翔に言われるがまま撮影場所もコマーシャルの構成も決めてしまい、万が一トラブルが起きたとて「オリンピック選手の言うことには逆らえなかった」と逃げに徹し、自分たちではなにひとつ責任を取る気がなかったという話だ。


 誠二も、聞くに耐えないとその場で額にシワを寄せる。

 こんな無茶苦茶な企画を通した『TAISHOタイショー』のリスク管理能力も信じ難いが、なにより失望させたのは。


(『スタートDASHダッシュ』……こんな命知らずな撮影に、由美さんを平然と送り出してしまうなんて……)


 いや、あるいは。

 そんな無茶苦茶にも追いすがりたいほど。

 勇翔の横暴に目を瞑ってでも、ダンジョン業界へ足を踏み入れなければならないほどに、誠二の元職場は経営状況が危ぶまれているということだろうか。


 しばしもの間、b地点入り口から遠のいていた勇翔が戻ってくる。

 ずんずんとコンクリートの地面へ向かっていく、その手に握り込まれていたデカブツで、騒いでいた一同はしんと静まりかえる。


(あ、あれは!)


 誠二もごくんと喉を鳴らした。


 テレビで、誰もが一度は目にした長物だ。

 自分の身長をもゆうに超えた槍を携え、涼しげな顔で進撃する男の背中へ声をかけるのも憚られるくらいに、その光景を目にしただけで誰しもが言葉を失った。




 勇翔も、颯爽と姿を現して以降は言葉を発しない。

 ふぅうう……っと一陣の風が吹いたように聞こえたのは、勇翔の深呼吸だ。

 数歩後退りしたかと思えば、軽い助走から空気を揺らすほどの足踏みへとその走りが変貌する。

 胸をそらし、周囲で風が起きるほどのスピードで腕を垂直に振り下ろす。


 無駄に山を作ることなく、槍は深々と入り口へ突き刺さった。

 刹那、地響きが起こる。

 ガラガラと音を立てて崩れゆくコンクリート。

 人間が一人入れるくらいだった穴が、あたりの撮影スタッフをも巻き込みながら広がっていく。


「うわあぁあああああっ!!」

「きゃあぁあああああっ!!」


 足場を失い、人々は深淵へ引きずり込まれた。

『筋肉三倍段』も例外ではない。


「れ、麗奈トレーナー!」


 誠二は慌てて麗奈の腕を掴む。アキラも、自由落下しないよう真凜の体を両腕でぎゅっと包み込んだ。

 ただ一撃で、槍が隠されたダンジョンの神秘をあらわにさせた。

 ダンジョンへ落ちていく過程で、誠二は宙に浮かび上がってきたと錯覚するほどの、モンスターの群れを見つける。


(C級モンスター『エテコウ』!? B1、2Fにいるという……!)


 猿の見た目をしたモンスターたちが、突風に巻き込まれてダンジョンより顔を出していた。


「キィイイイ!」

「キィイイイ!」


 青く腫れた鼻、赤くてザラついた尻。

 招かれざる攻略者たちを、けたたたましい威嚇の叫びで迎えたエテコウたち。


 そのツラが次々と、誠二の目前で破裂していく。

 勇翔は槍をぶんと振り回し、ダンジョン内を破壊しながら空中でエテコウたちの頭を蹴散らすようにはたいていたのだ。


「邪魔だ」


 短く、鋭い、残酷な宣告。

 お前たちはもはや眼中にないと、勇翔はノンストップでさらなる深淵へと槍を突き立てた。

 そこらへんの坂でジョギングするような感覚で、こんな浅い層では彼も、まだダンジョンを攻略しているつもりにさえなっていないのだろう。


 走馬灯がごときスピードで散っていくエテコウたち。この光景をしかとカメラに収めたスタッフが、ただの一人でもいただろうか。

 撮影どころではない。

 この男の独壇場に付いていける者など、この地下にはどこにも──。




「誠二さん!」


 声をかけられ、視線を向けるなり誠二はギョッとする。

 麗奈は腕を掴まれたまま、フリーになっている方の腕でビデオカメラをしっかりと構えていたのだ。


「ちょ、麗奈さん! 今は撮影している場合では」

「もうB4Fに来ちゃいましたよ!」


 アキラが懐中電灯を下へ灯すと、やっと地面が見えてきた。

 攻略者たちはいち早く足での着地を決めると、すぐに空の見えない天井目掛けて、アイテム『折り畳み式エアバッグ』を展開させる。

 受け身などろくに取れないであろう撮影スタッフたちが、頭から落下するのを防ぐためだ。


「きゃあっ!」


 白いクッションに包まれるみたいに、由美もやがてエアバッグの上へ落ちてくる。

 由美がぐわんぐわんと揺れる意識で周囲を見渡せば、スタッフたちの照明機材によってダンジョンの全容が明らかとなった。


「こ……これがダンジョ──」

「まだだ」


 再び。

 息つく暇も与えず、再び勇翔は槍を振り上げる。


の生息地がボーダーラインだ。B4Fまでは、ダンジョンとは俺が認めない」


 やはり、勇翔は最下層にしか眼中にないようだ。誰かが制止することも叶わず、つかのまの平穏かと思われた地面にはまたしても穴が空いた。

 狙うはただの深淵ではなく、誰もがいまだ踏み入れたことのない深淵。











♢♢♢


作者コメント:

 あけましておめでとうございます!(大遅刻)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る