第2話 ジムギルドなるものに誘われたので

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【ダンジョン】トクガワ埋蔵金で100万円稼ぐ【攻略動画】


投稿日:20XX年4月17日

投稿者:ヤミブカ☆ちゃんねる

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〔本日の企画は〜……、じゃじゃ〜ん!〕


 男2人、女1人のグループ。

 森らしき風景の中で、新品らしきスコップを振りかざしながら男が叫んだ。


〔S級モンスター『ツチノコ』を掘り当てる〜! ぱっぱら〜!〕

〔いや埋蔵金じゃないのかよ!〕


 ばし、ともうひとりの男が軽く叩いた。それをわきで見ていた女が、くすくすと。


〔こっちからタイトル詐欺していくスタンス(笑)〕

〔本音と建前は分けていくスタンスです。埋蔵金でお小遣い稼ぎをしながら、あわよくばレアモンスター倒して、臨時ボーナスを狙っていきま〜す〕

〔いえ〜い〕

〔ドンドンパフパフ〕


 動画編集をサボっているのか、そういうチャンネルのこだわりなのか、効果音をわざわざ自分たちの口で発している。

 かくして彼らは、いかにも内輪の悪ノリで、足取りを軽くさせたままダンジョンの奥地へと姿を消していった。




♢♢♢




 つい昨日、動画投稿サイトに上げられていた動画。

 誠二は電車に揺られながら、その馬鹿騒ぎしている映像をぼんやりと眺めている。


(ダンジョン……まさか、これに関わる日が来るなんて)


 駅で停まるごとに乗客がみるみる減っていくのを尻目に、憂鬱の息を吐いた。


 酔い潰れた翌朝、たまたま店のシフトが休みだった誠二は、バーテンダーの老人に誘われるがままに指示された場所へ向かっていたのだ。

 昨夜のうちに手渡されたA4サイズのビラを改めて鞄から抜き出し、広げてみる。


(ジムギルド……『筋肉三倍段』」?)


 いかにも低予算かつ、素人感漂うデザイン。

 ネーミングセンスも『ヤミブカ☆ちゃんねる』ばりに安直で捻りがない。

 ついその場のノリと自暴自棄で老人の誘いに応じてしまったはいいが、誠二は酔いが覚めてよりずっと、このギルドの存在自体を疑っていた。



『ギルド』という組織団体については、誠二もいろいろと噂を聞いている。

 中には法人化しているギルドもあるようだが、たいていは仲間内で集まり、日本各地に点在しているへ踏み込み、誰に許可を得るでもなく勝手に調べ回っては、金銭的価値のあるものを拝借して帰っていく──。

 正社員たる誠二に言わせれば、ぶっちゃけ、真っ当な商売ではない。




 そういう地域や場所のことを、隠語として『ダンジョン』と呼ぶのだ。




 ギルド人口は年々増え続け、次第にダンジョンの存在も、そこで出入りする人々の存在も世間に知られていった。

 初めは、趣味の範疇を出ない活動だったのだろう。

 しかし彼らは、いつしか堂々と職業『攻略者』を名乗るようになって。

 このようにダンジョン攻略の様子を動画撮影し、ネット上の各プラットフォームで公開する『攻略配信』なるものを、Z世代を中心に流行らせているとか。


 誠二が勤めている会社でも、時折、本社にてギルドとの取引を検討する臨時会議が開かれていた。

 スポーツ用品はダンジョン攻略においても、一定の需要が見込めるからだ。


 が、いかんせん全国でチェーン展開するような老舗であって、上層部にも保守派が非常に多く、ギルド界隈への直接参入にはなかなか踏み切れないでいる。

 いつだかの会議中にスクリーンで流された、適当に探してきたのであろう攻略配信の動画を鑑賞する時間は、とても地獄であった。


(まあダンジョンの『攻略者』って、要は『配信者』の派生だろ? 副業か暇な大学生か、フリーターが手を出すような……)


 若手社員の誠二でさえ、そう訝しむのだから余計に話は進んでいかない。

 とはいえ、彼らの言う『モンスター』──日本政府が指定するを見つけ、倒してくれば、本当に懸賞金が政府より支払われるか、そのモンスターを研究するべく、あらゆる学会や機関に高額で買い取ってもらえるらしい。


 はたまたギルド界隈の内輪でも、通販やフリマなどで地下市場を形成し、ダンジョンで得た戦利品そのものや、それを加工した商品をやり取りしているのだとか。

 時として、本当に歴史的価値のある遺物を掘り当ててしまった暁には、その買取額も果てしなく高い。


『攻略者』が、一攫千金を狙える商売であることには違いなかったのだ。




(あれ? でも昨日の〈U.D.D.〉とかいうネット番組では、モンスターじゃなくてような……)


 そんなことを考えながら、目的地の最寄り駅にて下車する誠二。


 奥多摩が近い、とても寂れた駅だった。

 平日の朝だというのに、通学や通勤らしき者の姿はちらほら見かける程度。

 ビラいわく、ジムギルドまでは「徒歩5分」らしいが、駅を出てからあきらかに10分は歩かされている。


(にしても、って。普通のスポーツジムとなにが違うんだ? 客層を攻略者に絞ったジムって意味かな。やっぱり、ギルドを新しい稼げる市場と見込んでいる人は一定数いるわけか)


 そして、ジム通いそのものも流行りっちゃ流行りではある。

 一旗上げたい若者が新たに参入する業界としては、ジムも、ギルドも、案外悪くないのかもしれなかった。


(ま、別にいいか、あのバーテンダーに騙されたら騙されたで。ジムがなければそのまま引き返せば済むし、あまりに運営体制が胡散くさかったり、ヤバそうな感じの人が出てきたらさっさと逃げてこよう)


 カノジョを寝取られた反動だろうか、あるいは日頃の営業疲れだろうか。

 ちょっとやそっとのトラブルでは動じなくなってしまっている自分に、誠二はうっすら嫌気が差す。


(俺も人のことは言えないよな。あの会社に骨身削りながら居座る生活も、いよいよ潮時かもな……はは)


 小さく自嘲の笑みをこぼした。

 正直、気乗りはしていないが……流れで来てしまったからには仕方がない。


 かくして、ある建物の前で足を止める。

 簡素なビラに反して、その建物はさほど古くなさそうだ。

 黄色の看板も新しそうで色落ちしておらず、誠二は『筋肉三倍段』の黒い太文字を見上げた。


(営業時間は……朝9時から夜10時まで。まあまあ長いな。個人経営っぽい装いだけど、スタッフ回りはどうやってるんだろ)


 ついに意を決し、誠二はドアノブへ手をかける。

 ドアを開けるなり大音量で流れ込んできたのは、低音がずしりと腹の奥で響くようなダンスミュージック。


 季節柄、まだまだ肌寒い。

 にも関わらず室内では、熱気がむわっと広がり、タンクトップ姿の屈強な男たちがドタドタと、激しいステップを踏み鳴らしていた。


 膨れ上がった腕。

 服を裂いてしまいそうなほどはじけきった胸。

 ただでさえ広い肩幅よりも大きな太もも。


 さきほどの若い攻略配信者とは、年季の入りがまったく違う筋肉の付け方をした、熟練の猛者みたいな風貌の男たち。

 だが、その中心にいたのは、誰よりも小柄で、ほど良く引き締まった腕をぶんぶんと振り回している、赤茶のポニーテールの女性であった。




「は〜い、本日の全体トレーニングはここまで!」


 大音量で鳴らしていたラジカセを停止するなり、女性はくるりと振り返る。


「あとは各自のプランに合わせたトレーニングと指定されたダンジョンの攻略をお願いしま〜す! 配信用の機材もあっちの部屋に揃ってま〜す!」

「はい、トレーナー!」




(トレーナー? この人が?)


 ぱちり、と入り口で突っ立っていた誠二と女性の目が合う。

 誠二は思わず視線を逸らした。女性の透き通った汗が、真っ白なタンクトップ越しに肌の上で踊っていたのだ。

 ああ──なんて健康的な肉付き、直視できないほど眩しい笑顔。

 トレーニングに励む女性は、こんなにもみずみずしく輝いているものなのか。


「おはようございますっ!」


 男たちに囲まれていても、はっきりと聞こえる明快な声色で、


「ギルド見学を予約なさっている、田高誠二さんですね?」

「えっ? あー、はあ……」


 女性にたずねられ、誠二はあいまいな返事をした。

 予約なんてした覚えはない。さては、あのバーテンダーの老人の仕業か。


「はじめまして! 私、ジムギルド『筋肉三倍段』の専属トレーナーを務めるひがし麗奈れなって言います!」


 全体トレーニングとやらが終わるなり散っていく男たち。

 麗奈と名乗った女性トレーナーだけが、つかつかと誠二へ歩み寄り、自ら握手を求めてきた。


「よろしくお願いしますっ!」

「よ、よろしくお願いします……」

「ではさっそくお伺いしたいのですが!」


 誠二がおずおずと握り返すと、麗奈は満面の笑みで問いかけてきた。


「あなたには、がありますか?」

「……えっ」

「筋肉さえ育てれば、どんな夢も、願いも、大きな野望だって、いつかきっと叶えることができます。どうでしょう? 私たち『筋肉三倍段』と一緒に、楽しくトレーニングしながらダンジョン攻略してみませんか?」











♢♢♢


作者コメント:

 麗奈トレーナー(CV: 某ファイルーズ様)

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