第21話 ダンジョン攻略のはずがうっかりゴルフで無双してしまったので

「え〜、それじゃあ☆」


 オープニングという名の一悶着にケリが付くと、イチローはカンペらしき紙切れを胸元から取り出す。

 女性の谷間みたいなふくよかさは持たないが、彼らほどのマッスル強者であれば、物を胸に挟む芸当も朝飯前なのだ。


「今回はギルド対決ということで! B級ダンジョン『カントリームサシ』のざっとした攻略法と、対決のルールをここで説明するわよ〜☆」


 ──へえ、攻略法なんてものが確立されているのか。

 誠二の密かな感心をよそに、イチローはカンペを読み上げる。


「アタシたちはこれからインコース・アウトコースの二手に分かれて、ダンジョンで隠れているモンスターちゃんたちの捕獲数を競うわ☆」



 イン・アウト問わず、各コースには3つのエリアが存在する。

『芝エリア』『森エリア』そして『池エリア』の3つだ。

 それぞれのエリアに異なるモンスターが生息しており、それらを狩るなり釣るなりして、捕まえたモンスターの数を競おうというのだ。



「『カントリームサシ』なんて、ここいら全部がダンジョンみたいな呼び方だけど、正しくはこっちも元は普通のゴルフ場だったのよ〜☆」


 イチローは、今しがた自分たちが両足付けている『芝エリア』の地面を指差す。


「ダンジョンとして――つまり、モンスターちゃんたちの住処は、この芝の下側にある。だからアタシたちは、いろんな手を使って隠れているモンスターちゃんたちを見付けて捕まえるってわけ☆」


 ここまでの説明を聞き、誠二は不思議そうに上半身を斜めに傾かせた。

 大して複雑なダンジョンではないと、ギルドメンバーにはまったく事前情報を明かされず。なんだったら、麗奈からは他の動画チャンネルなどでの予習さえ禁じられていたのだが。


(狩り……釣り……モンスターを捕まえる勝負……?)


 配信の有無に関わらず、久々にゴルフクラブを握って舞い上がっていた誠二が我にかえる。


(ゴルフ、関係なくね?)




♢♢♢




 アウトコースの方が敷地面積が広くて探索が大変らしい──ということで、コラボ打診を持ちかけた『北島美容室』が自らハンデを申し出た。


「ばぁ〜い☆ 制限時間は90分よ〜☆」


 攻略開始の合図が画面外の麗奈によって鳴らされる。

 ピピピピピピッ!

 合図が出るなり、『北島美容室』の3人は颯爽とゴルフカートに乗り込む。オープニングを撮影していた地点は、ちょうど両コースの中心部だった。

 いち早くモンスターの多いスポットへ移りたいということだろう。


「運転頼んだわよ、総帥!」

「おうよ、任せとけぃ!」


 晴好はハンドルを握るなり、助手席と後部座席に3人を乗せてシュゥウゥウウウ……と芝を進んでいく。マスター自ら運転するようだ。


「じゃ、じゃあ俺たちも移動を──」


 誠二は振り返り、危うく芝の上でこけそうになった。

『筋肉三倍段』に用意されていたゴルフカートはだった。あっちのギルドは5人乗りだったのに。

 そして、ゴルフカートには麗奈と真凜の女子組ですでに席が埋まっている。


「えっ!? え、なんでこっちだけ!?」

「ごめんなさい! 他に借りられるカートが無いみたいなんです……」


 ハンドルを持った麗奈が申し訳なさそうに眉を下げる。

 真凜の相棒・DJピーチがビデオカメラを頭に乗せ、ふらふらと空中をさまよっていた。どうやら麗奈が運転している間はカメラマンも交代らしい。


「インコースは移動そんなに要らなくね? っていう、あっちの理屈だってさ」

「なんだそりゃ!? これじゃ、どっちがハンデ取られてるんだか分かりませんよ」

「まあまあセージくん。アタシたちの足は自分で稼ぎましょ。それに、アドバンテージが取れるのはなにも足だけじゃないから」


 ウインクするアキラが、DJピーチを見上げる。

 真凜は優雅にゴルフカートに乗りながら、タブレットで相棒のドローンを動かしているようだった。


「え? 撮影してるだけじゃないんですか、あの子?」

撮影それはついでだっつの。本命の機能はこっち」


 誠二は真凛のタブレット画面を覗き込む。

 ピコン、ピコンと可愛らしい効果音が小さくはじいていた。点滅するいくつもの光は、時折のんびりと集団移動しているようにも見える。

 なにかが、群れをなしているようだった。


「……モンスター探知器か!」

「そ。とりあえず『芝エリア』から攻めてくよ」


 真凛はふらと、モンスターのいる方角へ人差し指を突き出す。


「お前がを撒いて、あいつらを釣り出す。そこをアキラがまとめて捕まえる」


 エサ――と言われて誠二が持たされたのは、バケツいっぱいに詰め込まれたゴルフボール。

 ただのボールと思われていたそれらは、持ち上げてみるとずっしりとした重みがある。


「あ、これがエサ……飛距離稼げなさそー……」

「ふふ、セージくんのお手並み拝見ね」


 アキラはだっと駆け出した。

 腰に提げていたのは捕獲用のネット、そして、手のひらと大差ない刃渡りのナイフをしっかりと握っている。

 彼女はどこのダンジョンでも、武器とみなすにはやや心もとないナイフを攻略のお供としていた。

 いわく、全身の筋肉と一体化したみたいで、一番肌に馴染む武器なんだとか。




(にしても、これ本当にゴルフする意味あるのか……? 普通に手で投げれば良くないか? ほら、あのドローンとかで)


 誠二はまだ腑に落ちていなかったが。


「モンスターが顔を出したら、ピーチちゃんも上から対モンスター痺れ薬を撒いてくれます! 綺麗な弧を描いていっぱいおびき出してくださいね、セージさん!」


 麗奈に声援を送られれば、悪い気はしない。

 渋々ピンを地面に刺し、ボール型のエサをその上に乗せる。ひた、とクラブのヘッドをボールへ添えた。


(まあ良いか。こっちの方がはするよ――なっ!)


 誠二は流れるような動作で、クラブを宙で半回転させる。

 ゴン! とおよそゴルフボールからは聞かない鈍い打撃音がつんざいた。

 ちょっとだけ不格好な弧を描き、ボールは青空を舞う。


(むっ、難しい! ゴルフの技術云々の前に、遠くへ飛ばすための【パワー】をもっと意識しないと――)




 誠二の思考はそこで一旦止まる。

 穴ひとつなかった平らな芝。その地面に初めより見えない境界線が張ってあったかのごとく、ボールを追いかけるように次々とモンスターが飛び跳ねていった。

 まるで動物園がテーマパークのパレードだ。


 C級モンスター、ツギハギウサギ。

 C級モンスター、バンカーモグラ。

 B級モンスター、カマイタチ。


 まさしく、と言われている、野生のモンスターランキング上位層の顔ぶれだ。

 ネットをバサリと広げ、その群れに飛び込んでいくアキラ。


「す……」


 異様な光景に、誠二はぶると全身を震わせた。


「すげーーーーー!! モンスターの見本市やーーーーーっ!!」











♢♢♢


作者コメント:

 リアル野球盤で笑って、初めて我々は新年を迎えられるのだ。(ゴルフは?)

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