第20話 配信も攻略もビギナーにつき、やはり筋肉しか勝たんかった

「3、2、1、アクション!」


 晴好が、テレビ番組のディレクターさながらのカウントダウンを画面外で叫ぶ。

 カメラに映っているのは、『筋肉三倍段』『つるが倶楽部』の両パーティだ。まもなく、イチローが成人男性にしては甲高い発声をする。


「はぁ〜い☆」


 山なりとなったイチローの合図で、『北島美容室』はずいと前へ身を乗り出す。


「TU☆」

「RU☆」

「GA☆」


 それぞれ片手でピースサインを作り、指を合わせて六角星を画面いっぱいに映し出した。


「敦賀から来ました、『北島美容室』でぇ〜っす☆」

「本州の男はみぃんなアタシのズッ友☆」

「いつでもDM待ってま〜す☆」


 さすがベテランパーティ、配信者としても完璧なあいさつだ。

 どこぞの出会い厨も真っ青なアブナイ口上だけは、背後で見ていた誠二には若干心残りだったが。


「今日は〜、SNSで話題の〜、あのギルドさんを〜、本指名☆ しちゃいました〜ぁ☆」


 イチローがばっと両手を広げる。


「『筋肉三倍段』の皆さん、でぇ〜っす☆」


 ――あ、今紹介されたのか。

 唐突にカメラを向けられ、誠二は反応に遅れたが、アキラはすぐにずずぃと胸を前へ押し出し、カメラマンをしていた麗奈へ迫りくるみたいに主張を始めた。


「はぁ〜い♡ ダンジョンも恋もサバイバル、『立川のドラァグ・マッチョ・クイーン』アキラでぇ〜す♡」


 麗奈に向かって――厳密には、カメラ越しの不特定多数に向かって投げキッスの嵐をお見舞いする。


「ねえ今夜はまだ予定空いてる? うちに来ない? お兄さんならいっぱいサービスしてあげちゃう♡ だからアタシにお兄さんのリップとヒップを寄越しなさ――」

「ちょちょ、アンタはもう下がりなさい! なんの営業掛けてんのよ!」

「話題性あるのはアンタじゃないから。アンタにあるのは犯罪性だけだから。これじゃ『朝から朝レナ!』じゃなくて『朝までアッキーラ!』になっちゃうから」


 アキラの両脇を抱え、カメラから引き剥がしにかかるジローとサブロー。

 あともう少し暴走を続けさせていたら、レンズにアキラの口紅が付いてしまっていたかもしれない。


「視聴者さんが見たいの、絶対他の2人だから。アンタはもう出しゃばらなくて良いから」

「ちょっとぉ、アタシが『筋肉三倍段』のエースなんですけどぉ?」

「もう見たくないまであるわよねえ。オネェさんはアタシたち3人でお腹いっぱいって、視聴者さんが帰っていっちゃうじゃない」

「ちょっとお、『北島美容室』! おたくら、敦賀のドラァグ・マッチョ・クイーンの誇りってもんはないわけぇ!? オネェは何人いても絵になるでしょうがぁ!」

「ならないわよ。ホラーが増すだけよ。ねえアンタ、あんまり目立ち過ぎるとアタシたちの影が薄くなるんで、やっぱり武蔵野むさしのの森に帰ってくれない?」

「きぃーっ! じゃあ呼ぶんじゃないわよ! おたくらこそ北陸の雪でかまくら作って冬眠してればぁ!?」

「今は夏でしょうが! 北陸も北海道も雪なんか溶けてるわよ!」

「おたくらの顔面が雪だるまみたいなものでしょうが! 化粧ケバいのよ!」

「アンタもおんなじバケモンメイクでしょうがぁ!」




 こんな調子で、開幕、白塗りメイクマンたちの茶番が長々と続いた。

 すったもんだに割り込む度胸も手段も持たない誠二ができることと言ったら、画面の端のほう(なんなら画面外だろう)で愛想笑いを浮かべるのみだ。


(でも、皆さん配信慣れしてるなあ。生ライブじゃないし、ちょっとくらい尺が伸びても、撮れ高さえあれば後でいくらでも編集できるもんな)


 そんな誠二の見立てが当たっているのか、真凛も茶番を止める気配がない。

 ようやくカメラの焦点が、蚊帳の外だった2人へ移るやいなや、真凛はすっと両手でピースサインを掲げ、自前のチャンネルでもやっているのであろう挨拶文を真顔かつ棒読みで発する。


「どーも、深淵で蘇ったマリリンロンマーーーーーーーーーー、でっす」

「こっちのお嬢ちゃんは雑ねえ。もっとやる気出してちょうだいよ」

「ロンマーってアナタ、ハリウッドでも目指すの? 女優ってんなら見た目的にの方が近くない?」

「うっせえな、誰がワーカーホリック予備軍だよ。ダンジョンの深淵に沈めっぞ、

「残ね〜ん、玉はまだ付いちゃってたりして☆ お口が悪い子にはお仕置きの〜……サイドチェストぉ!!」

「うぎゃあぁあああああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ!! 肉ダルマどもに抱き潰されるぅ!!」




 真凜と『北島美容室』の貶しあいに、誠二は閉口した。

 ──なるほど、これがコンプライアンスも恐れぬダンジョン攻略配信の真髄か。ていうか、イチローの屈強な肉体でハグされた骨も同然の体躯した真凜は、対決する前に息の根止められやしないか?


(この人ら、各方面に喧嘩吹っかけ過ぎだろ? テレビラジオには絶対出れねーよ……)




♢♢♢




「そ〜し〜て〜っ!?」


 イチローはいっそう声を張る。

 とうとう、誠二にカメラの焦点が合わさった。


「え、あ、はいっ!」


 自分の番だと気付き、誠二はぴっと背筋を正す。入社初日の朝礼にも似た緊張感を抱きつつ。


「『筋肉三倍段』所属のセージです。よろしくお願いしまーすっ!」


 いつもの営業ノリで深々と辞儀をしてしまった。腹の内がしびれるような感覚がして、声もこの中で誰よりも出ている。

 真凜も誠二の気合いの入りように、咳き込み涙目になりつつも毒舌を忘れない。


「お願いシェアース! って、野球部かよ」

「いえっ、中高は帰宅部でした!」

「そういう意味じゃねー……っつか帰宅部!? まじ!? その体育会系ビジュで!?」


 過剰に驚く真凜。さてはでびっくりしているのだろうか。

 ようやく誠二にスポットが当たったと見るや、『北島美容室』の3人もアキラそっちのけで、数週間前よりも格段と肉付き良くなっている誠二を取り囲み、全身を舐め回すようにじろじろと眺めた。


「お前か〜、生意気なチェリーボーイは〜」


 イチローがわざとらしく声色を低め、ガンを飛ばせばちゃんと成人男性だ。

 配信向けのパフォーマンスだとは分かっていても、白塗り同然の顔面と年季が入った肉体で迫られれば、誠二も内心冷や汗をかく。


「チェリーっていうか、ピーチくらいにはお尻育ってない? え、本当に『アカガモ商店街』で走り回ってたあのスーツくん? 偽物? 替え玉じゃないの?」

「い、いえっ! 本物です! 替えてません!」

「さっそく返しも冴えてるじゃない。もう玉と掛けられるの?」

「がっつり仕上げてきたわねえ、いろいろと。さっすが、やる気に満ちあふれた若い子は吸収力も成長曲線も段違い……あ、もしかして『朝レナ』効果?」

「はいっ!『朝レナ』観ながらトレーニングすれば、だいたいみんな理想の筋肉を手に入れられると思います!」


 ──んなわけないでしょ。誇大広告にも限度あるわよセージくん。

 そういった野暮なツッコミをアキラが入れる余地もないほど、新進気鋭の青年攻略者は、すでに持たされているゴルフクラブをぎゅっと強く握り直す。


「今回のダンジョン攻略のために、誠心誠意、仕上げてきました! 先輩がたの胸を借りるつもりで、良いスコアをキメられるように体当たりで頑張ります!」


 わずかに後退して3人と距離を取り、ぶんっ! と軽く一回素振りをしてみせた。

 なにげなく振った、その姿勢があまりにも綺麗で、アキラも真凜も、『北島美容室』でさえ言葉を失う。


「……セージくん、もしかしてゴルフやってた?」


 アキラが穏やかな声で確認を取りにやってくると、セージはクラブのヘッドを芝へ付けて目を丸くする。


「え? 皆さんもやってますよね?」

「ええまあ、アタシたちはまったくやってないわけじゃないけど……ここのダンジョンも実は初めてじゃないし……え、なに? その、やってて当たり前みたいなリアクションは?」

「僕は週末、よく元職場の上司に連れられてたんで! いやあ、ゴルフって加減が難しいですよね〜。あまりに下手だと面白くないって怒鳴られるし、かといって良いスコア取り過ぎるとそれはそれで機嫌悪くなりますし……だから、今日は皆さんと正々堂々プレーできるって聞いて、めっちゃ楽しみにしてたんですよ! アドレナリン出まくってて、なかなか眠れない夜って感じでした!」


 ──という絶妙なワードチョイスに、どうリアクションを返してやれば当たり障りがないか分からず、今度はベテラン攻略者たちが黙り込んだ。

 ダンジョン界の大型新人・セージの武勇伝とブラックトークはまだまだ奥が深そうである。











♢♢♢


作者コメント:

 ちなみに作者は某コンビニジムでゴルフを初経験しました。玉当てんのキモチイイ〜ッ!(小並感)

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