第19話 脱サラ攻略者にも弱点はあったので

『つるが倶楽部』との合同ダンジョン攻略が決まって以降、誠二はひたすらトレーニングに明け暮れる日々を送っていた。

 ダンジョン攻略には週1ペースで出向いていたが、ギルド公式チャンネルへの一切の出演を断り、撮影した映像データもすべて、己が肉体を磨き上げるための資料として使用するに留まっている。


 相手が百戦錬磨のベテランだろうと、格上ギルドだろうと。

 トライするからには、より洗練されたステータスと筋肉を宿した状態で、満を時してコラボ配信に臨みたかったのだ。


(たぶん、俺のは高校時代。数週間くらい真面目にトレーニングすれば、どうにか当時の自分に筋肉が追いついてくるんじゃないかと思ってたけど……)



==========

田高誠二(男/24歳)


身長:175センチ/体重:72キログラム(先月比:+5キロ)


攻略ランク:F

攻略者ランキング:圏外


【スタミナ】評価5(5段階評価中)

【パワー】評価3

【テクニック】評価5

【スピード】評価4

【ロジック】暫定評価4

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 特に、フルマラソン経験があった誠二は、【スタミナ】にはそこそこの自信を持っていた。

 しかし先輩攻略者のアキラに言わせれば、いかなるタイプのダンジョンでもよろずに通用するステータスが、【スタミナ】の他にあるのだという。

 もちろん、その大原則は〈U.D.D.〉でも同じだ。




「【パワー】が圧倒的に足りないわね」


 自身の顔ほど太みがある腕をかざすアキラ。


「スポーツだってそうでしょう? アタシたち日本人が海外勢に遅れを取っているのは、いつの時代でも種目でもパワーだったわ」

「確かに、俺はパワー系のスポーツにはあまり縁がなかったですね。卓越した技と小回りの効くチームプレイが日本人の美学、とはよく言ったものですが……持たざる者の方便と言われてしまえばそれまででしょう」

「うーん……まあ……」


 麗奈もアキラの弁に賛同こそしたものの、手放しに腕周りの強化を勧めてこようとはしない。

 なにやら思うところありげな表情に、誠二は探りを入れた。


「ど、どう思いますか、麗奈トレーナー?」

「力技でゴリ押されたらひとたまりもないってのは、まあ分かるんですけどぉ」


 麗奈は子どもじみた口調で。


「筋肉って、一種の芸術作品だと思うんですぅ」


 ──な、なんか語り出したぞ、筋肉オタク。


 ぶりっ子など好き好んでやりそうにない麗奈が、口を尖らせ、わざとらしく言葉尻を吊り上げている。

 誠二の筋肉を〈U.D.D.〉必勝スタイルへと育てていくためには、あまり合理的な持論ではないという自覚でもあったのだろうか。


「可愛らしく言い換えれば、チャームポイントといったところでしょうか。特に、これからコラボする『北島美容室』の皆さんは、ただ強いんじゃなく、芸術点がたいへんお高い方々です。だから私も、あのパーティはめっちゃファンなんですよ〜」

「は、はあ。と言いますと?」

「女性のスリーサイズになぞらい、にはそれぞれウリにしている部位があるんです。イチローさんは『チェスト』、ジローさんは『ウエスト』、サブローさんは『ヒップ』!」


 麗奈の言う通り、攻略動画に映っている『北島美容室』は単に派手な化粧とドレスで見栄えを盛っているわけじゃない。

 ぱっと見で印象深く残るほどの、イチローの極まった大胸筋が布越しで踊っているだけでも、誠二の視線を釘付けにした。


(これがAランク攻略者の筋肉か……! 突進されただけで吹っ飛ばされそうだ)


 などと、かつてトラックに吹っ飛ばされた経験者が語りたくなる程度には。


「最近発表された〈U.D.D.〉の出場者リストは見ました? 今シーズンは、『北島美容室』からはイチローさんがエントリーとのことです」

「ふんっ。同じクイーンとして、彼女にだけは負けらんないわね」


 アキラは負けじと自身の胸を張った。

 ただ、アキラの場合ウリはどちらかと言えば『チェスト』であって、大胸筋に関してはイチローに軍配が上がっているように誠二には見えた。


「〈U.D.D.〉はやっぱり【パワー】自慢の巣窟ですか。アキラさんも、上腕筋ものすごくキレてますもんね」

「ま、アタシは昔、体育大でラグビーやってたから」


 ──グローバル基準のマッスル論でしたか! そいつは失礼しました!


「もしこの先、誠二さんも〈U.D.D.〉に出る意思があるなら、本戦でモンスターたちを倒すためにも、まずは『北島美容室』の皆さんや、全国各地のパワフルなライバルたちに負けない筋肉を作らなければいけません……かといって!」


 麗奈は拳を握り、高々と掲げた。


「他の皆さんと同じように鍛えたところで、皆さんと同じような肉体を得たところで、果たして完全制覇が為せるでしょうか? 周りが【パワー】を重じているからと誠二さんまで便乗して、同じステータス・バランスを目指していく必要性はどこにあるのでしょう?」

「ふうむ。つまり、麗奈ちゃんはこう言いたいのかしら? ──誠二くんだけの『武器マッスル』を持つべし」

「その通りっ! かくいう私は、あの日、誠二さんに攻略者としての新しい可能性を感じました。ステータスにはまだまだ伸び代がありながら、現状の誠二さんでもすでに魅力はたっぷりあるんです!」

「えっ、俺に魅力……? そそそ、そんな、いきなり大っぴらに言われましても」

「麗奈ちゃんは筋肉の話をしてるのよ、誠二くん」


 アキラにすかさず嗜められ、ぎくり、と誠二は肩を強張らせる。

 しまった。つい下心が表に出てしまった。


「逆に、誠二さんのバトルスタイルに関しては、明確な問題点もちらほら」


 麗奈はまったく意に介さず、目を爛々と輝かせて熱弁を続けた。


「例えば、モンスターへ攻撃を仕掛ける時の誠二さんは、いつも猪突猛進と言いますか……が多かったように見受けられました」

「直線的……た、確かに。自分でもどう動けば良いのか分からず、とにかく思い付いたままに殴りかかってたような気がします」

「守りに徹している間はそうでもなかったんですけどねえ。バトル中はずっと、後手後手に回っていると言いましょうか。ええと、なんて言えば……」

なのかしらねえ、誠二くん」


 代わりに言語化したアキラが、投げキッスを誠二へサービスする。


「まっ、なんていじらしい♡ 守ってあげたくなっちゃう♡」

「そーうなんですよアキラさん! 受けるのが得意で、自分からぐいぐい突っ込んでいくのは誠二さん、あまり慣れていらっしゃらない感じがします!」


 誠二は複雑な感情を腹の中で渦巻かせた。

 彼女らは本当にダンジョン攻略の話をしているのか?

 自分の性格診断を二人にされているみたいで、次第に居心地も悪くなる。




♢♢♢




「ですが、裏を返せば誠二さんはどんなダンジョン、どんなモンスターにも対応できる、筋肉と思考のしなやかさを備えているように私は感じました!」

「ふふ、そうね。彼、手首も結構柔らかいしねえ」

「他の攻略者と同じトレーニングじゃ、同じステータスじゃやっぱりダメです。特に誠二さんは。もちろん、不足を補うのも大事ですよ? まだ怠けている筋肉をしっかり育ててあげれば、脱・Fランクは当たり前、〈U.D.D.〉でも予選会を勝ち抜き、本戦でもある程度の階層にまで潜れるでしょうけど……」


 そこまで語ると、急に麗奈はうつむき、口を重くさせた。


「完全制覇を目指すなら……結局は……うん、大丈夫。私は間違ってないはず……」


 独り言かのように、ボソボソと。

 いつも自信たっぷりにトレーニングプランを提案してくる彼女が、神妙な面持ちで持論の正しさを言い聞かせている姿は、誠二にはかなり新鮮で。

 得体の知れない、不安も彼女の縮こまった全身から誠二へ伝播していったのだ。


「トレーニングの照準を合わせるべきは……迎え撃つべきは、やっぱり。こと【パワー】に関して、あの人にばっかりは、いち生涯をトレーニングに捧げたって敵いっこないもの……」







 かくして。

 誠二は麗奈やアキラとともに、今日までトレーニングに打ち込み続け、無事に万全のマッスル・コンディションで『つるが倶楽部』とのコラボ配信に挑むことが叶ったのである。


 カメラの録画ボタンが押されるまで、あと10秒と少し。

 ダンジョンの管理者からレンタルしたゴルフクラブを携え、誠二はひとりごちた。


(そういやあ、ゴルフも結構だなあ)











♢♢♢


作者コメント:

 パワーがすべてって、どっかのヒーロー漫画家も言ってた気がする!

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