第18話 コラボ配信で接待ゴルフをお願いされたので

 5月下旬。


 北陸勢『つるが倶楽部』の合同ダンジョン攻略とコラボ配信を受け入れた関東勢『筋肉三倍段』は、埼玉県入間市に来ていた。

 ミニバンから降りてくるは、麗奈トレーナー率いる新進気鋭のギルドパーティ。



 Aランク攻略者、『立川のドラァグ・マッチョ・クイーン』アキラ。

 Cランク攻略者、『動かないマルチオペレーター』マリマリ。

 そしてFランク攻略者、『脱サラ系ダンジョン界の大型新人』セージ。



「マリマリさんも攻略に加わるんですね?」

「あたしは後方支援専門なんで」


 真凜は小柄な体躯に反し、やたら大掛かりなセットを身体中に装着している。

 分厚いタブレットを構えている彼女が、帽子を被るようなノリで頭に置いていたのはドローンだ。パステルピンクの、滑空していても目立ちそうなフォルムが特徴的。


〔オッハコッンニッチワー!〕


 ひとたびセリフが発されれば、読み上げ用音声合成ソフトみたいな、ぎこちなさと流暢さが混在した女性の声が降り注ぐ。


「かゆいスポットにも視界が届く、万能ドローン『DJピーチ』ちゃんです。はい、肉ダルマもご挨拶!」

「お、おはこんにちはー……もしかしてピーチちゃん、『朝レナ』見てます?」

「この子、AI搭載されてっから。あたしが毎日いろいろ吹き込んで、Botとして言葉を覚えさせてんだわ」

〔キョーモシテマシタ!〕

「なるほど、確かにいろいろ吹き込んでますね。マリマリさん、リスナーのギリギリなコメントはできれば辞書から削除したほうが精神衛生上良いですよ」

「は? んな有象無象どものコメントは拾ってねえよ。あたしが直接、麗奈を褒め称えるトレーニー・フレーズを教えてやってんだ」

〔イヤーアサカラスルレナサンハウマイナー!〕

「あの毎回投げられる気持ち悪いコメントあなただったのかあ! 即刻止めてください、チャンネルの民度が落ちる! とっくにブラックリスト入ってますからね!?」

〔アサレナハ、レナサンノヲオガムドウガデス!〕

「違うわ! 麗奈トレーナーのトレーニングを拝む動画だわ!」

「てめーも本音出ちゃってるじゃねーか。トレーニングしろよ」


 とはいえ、AIに罪はない。誠二は真凜の頭上に向かって小さく辞儀をした。

 がダンジョン攻略のお供となる、彼女の相棒らしい。




 ひとつの害悪アカウントが特定されたところで。


「ん〜! 最っっっ高のダンジョン日和ですねえ!」


 ドローンの色合いに合わせたのか、パステルブルーのサンバイザーを被り、白のポロシャツに短パンというスポーツ・カジュアルな服装で、麗奈は青空を見上げる。

 その健康的なスタイルに、誠二は改めて感激した。

 ああ──今日もうちのトレーナーは美しい。


(熱狂的なリスナーには悪いけど、タンクトップより、袖はあった方が彼女には似合うんじゃないかな)


 などと、後方なんとかヅラして要らぬ世話をかけたくなっている誠二も、今や立派な『朝レナ』リスナーだ。


「それじゃーまずは、ダンジョンの管理者さんのところへ行きましょう!」

「え、管理者? ダンジョンを管理している人がいるんですか?」

「すぐ近くにゴルフ場があるので、そこのカントリークラブの方に管理をお願いしてるんですよ。……あ、もちろんそっちはダンジョンじゃないですよ?」


 ──ややこしいな!

 ゴルフをしにきたのかダンジョンを攻略しに来たのか、よくわからない!


 実際、誠二がぐるりと景色を見渡せば、そこはゴルフ場そのものの緑一色である。

 白羽の矢が立ったB級ダンジョン『カントリームサシ』は、関東でもひときわ広大な敷地面積を誇っている、ダンジョン協会も太鼓判のらしい。

 管理者がいるという事務所の小屋へ赴けば、すでに何人もの屈強な男たちで、小屋の外側は軽い人だかりができていた。

 すぐそばには、移動用のゴルフカートも停車している。


「こんにちは!」


 麗奈は人だかりへ真っ先に駆け寄っていき、満面の笑みで手を振った。


しています、晴好はるよし総帥!」

「よお、麗奈ちゃん」


 総帥と呼ばれた老人──『つるが倶楽部』ギルドマスター・北島晴好は一眼見ただけで大物と分かるような装いをしていた。

 白髪が混ざった銀の髭を鼻下とあごにたくわえ、長い髪を後頭部で結んで垂らし、青を基調とした和服の袖に太ましい腕を通すことでいまだ筋肉の全容を隠している。


「しばらく見ねえうちにデカくなったなあ、ははは! 雅人は元気か? もうちっとくらい老いぼれたか」

「はいっ、おかげさまで祖父も超元気です! 今頃も自分の店で新フレーバーのカクテル開発に大忙しですっ!」

「なんだピンピンか、しぶてえ野郎だな。ま、協会の同期がまだまだくたばりそうもねえと知りゃあ、わしも後進を作るのに筋肉が乗るってもんだ」


 晴好を取り囲むように控えていた男たちも、誰しもが誠二とは数段も年季の入った風貌と筋肉を持っている。

 その顔ぶれに誠二はすぐ思い至った。アキラや真凜に言いつけられ、あらかじめ『つるが倶楽部』の攻略動画もひと通りさらっておいたのだ。



(すごいオーラだ……彼らがAラン揃いの実力派パーティ『北島美容室』か!)



 Aランク攻略者、『チェスト担当』イチロー。

 Aランク攻略者、『ウエスト担当』ジロー。

 Aランク攻略者、『ヒップ担当』サブロー。


 三人合わせて『北島美容室』──ダンジョン攻略界の



〈U.D.D.〉にも毎シーズンのように誰かしら予選会へ現れるという、次大会エントリー予定の、アキラの目下ライバルでもあった。

 いちダンジョン攻略者としても──『女装系攻略者ドラァグ・マッチョ・クイーン』としても。




(……だ、だから! なんで!! オネェさんばっかりなんだぁ!?)


 今日はアキラも『北島美容室』も、動きやすさ重視で女装は封印していたが。

 ドラァグ・マッチョ・クイーンの誰しもが、カメラ映りを意識した、白塗り同然の派手めな化粧を顔面に施していた。




♢♢♢




「ま、〈U.D.D.〉じゃあるまいし、今日はあんま気張らずのんびりやろうや」

「はいっ、どうぞお手柔らかにお願いします! 皆さんのたくましい胸を借りるつもりで合同攻略に臨ませてもらいます!」

「はは、こちらこそだ。……なあ、麗奈ちゃんよ」


 晴好はあごをくいと突き出し、おもむろに麗奈へ問いかけてくる。


「あそこにいる彼が『セージ』くんか?」

「え? あー、はい! ご存知でいらっしゃいましたか、総帥?」

「ご存知もなにも、わしゃあ、彼の動画を見ておたくとのコラボを決めたのよ」


 ──なんだ、『朝レナ』のバズり便乗が目当てじゃなかったのか?

 二人の会話を盗み聞きしていた真凜が、キッと目くじら立てたことに晴好はどこまで悟っていただろう。


 晴好はじっと、遠目で検分するように、立ち尽くしながらも名刺を出すべきか否かで悩んでいる最中だった誠二の全身を、舐め回すようにひとしきり眺めてから。


「ゴールデンウィークの前後に一本ずつ動画が上がっていたよな? それっきり出てきやがらないと思ってたが……おいおい……」


 初夏の暑さと身ぐるみの厚みで汗をかいているのか、それとも。

 晴好はあご髭をさすりながら呟く。


「動画で見た時より、全体的になっちゃいないか?」











♢♢♢


作者コメント:

 ネバダ……じゃなかった、ツルガから来ました『北島美容室』。

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