第10話 これからはダンジョン(あとトレーナー)の攻略、がんばります!

 ずず、と地蔵が動き始める。

 登っていった階段の先でこぼれ出す日差しの眩さに、攻略者たちは目を細めた。


「は〜……いやあ、久しぶりですよ、こういうヒリついた感覚」


 誠二がため息混じりにぼやく。


「入社してすぐ先輩社員に連れてかれた取引先で、先方にものすごく鬱陶しがられた、あの痛い視線を思い出しちゃいました」


 痛い視線なら、今も2人に浴びている。

 鼻の穴にティッシュを詰め込まれ、足元がおぼつかない誠二の、契約を取り付けた営業サラリーマンの達成感に満ちあふれたような表情が、一周回って不気味だ。


「せ、誠二さん。ごめんなさい……大事な親知らずが……」

「あ〜、大丈夫です大丈夫です! こういう仕打ちも慣れてますので!」

「えっ」


 首を前へ突き出して仰天する麗奈へ、誠二はにこやかに暴露した。


「昔、自分の担当していたブースでクレーム騒ぎが起きて、店長に事務所でぶん殴られたことがありまして。その時にも奥歯が取れてしまったんですよね」

「ブンナグ……えっ」

「さすがに歯が取れたのはあの一度きりですけど、客に怒鳴られたり睨まれたり、上司に叩かれるのはうちの業界じゃ日常茶飯事なんで!」

「そー……ですか……ええっ?」


 混乱する麗奈が、アキラへ縋るような目線を送る。


「上司に殴られるのって、当たり前なんですか? サラリーマンってみんなそういうお仕事してるんですか?」

「馬鹿ね。彼のいた職場だけでしょ」


 即答するアキラ。

 誠二は2人が変な顔をしていても、ただ首を捻ってまばたきするだけだ。

 あくまでも自分は、どこにでもいるごくありふれたサラリーマンの気分でいるつもりらしい。


「まあ、良いわ。自分の親知らずを代償にモンスターの親知らずを得るなんて、攻略者冥利に尽きるじゃないの」


 アキラは肩をすくめる。


「どうやら今回は、アタシの出番はなかったようだけど……」


 3人とも階段を登りきり、A級ダンジョン『ウエノサン』を脱した。


「次からはああいう、特攻してなんぼみたいな戦い方は控えてもらうわよ。麗奈ちゃんと一緒に、ドーピングの突貫工事じゃなく、その筋肉をちゃんと自分のモノにして、攻略で使えるようにしていきなさい」

「は、はい。すみません」


 言葉では謝りつつ、誠二としては内心不服だ。

 いきなりダンジョン攻略させたのはそっちじゃないか。それも、あんな手強いモンスターとかち合わせて。

 ベルトで強引にステータスカンストさせることで、誠二が持っている現状の能力と、今後能力を伸ばしていく上での限界値を探ろうという麗奈たちの意図は、なんとなく理解できていたけれども。


(なんやかんや、どこの現場でも新人に無茶な仕事を振りがちだよなあ)


 誠二はミニバンに乗り込む。

 後部座席に座した途端、どっと、忘れていた疲労が押し寄せてきて。


(あ、やばい。起きてらんな……──)






 すとんと意識が落ちてしまう。

 次に目が覚めたのは、ダンジョンの中だと勘違うほど暗い空間。

 ダンジョンと違うのは周囲がやたら騒がしいことだった。ソファで寝こけていた誠二はゆっくりと目を擦り、あたりを見渡す。


(あれ。ここって……)


 そこは、誠二がつい先日適当に駆け込んだ、あのバーだった。

 カウンター席で老人が優雅にシェイカーを振っている。その向かいの席に腰掛けていたポニーテールが、誠二の覚醒に気付くなりざあっと揺らめいた。




「誠二さん! よかった、起きてこられたんですね」


 ほっとしたような表情で立ち上がってくる麗奈。


「麗奈トレーナー……? ど、どうしてここが──いぎぃっ!?」


 自分も起きて腰を上げようとしたが、全身に痛みが走る。

 なんてわかりやすい筋肉痛だ。さては、例のベルトの副作用か?


「攻略を終えたら、本当はすぐにタンパク質の補給をしないといけなかったんですが、誠二さん、ずいぶんお疲れのようでしたから……」


 バーテンダーの老人がシェイカーの中身をグラスへ注ぐ。

 どろっとした濁り具合いからして、やはりプロテイン・カクテルだろうか。


「はい、どうぞ。ゆっくり飲んでくださいね」

「あ、りがとうございま……いだだ!」

「すみません、ベルトを使うと大概の方はそうなっちゃうんです……筋肉痛がある程度取れるまでは、トレーニングはお休みですね」


 誠二はかろうじてグラスを受け取った。ごくごくと、喉の奥まで液体を流し込んでいく。

 ──ああ、沁みる。

 全身にプロテインが沁み渡って、筋肉が喜んでいる。


「美味いか?」


 麗奈に続き、老人までもがソファへ歩み寄ってきた。


「はい、美味いです! 前に飲んだ時より断然……!」

「そうだろう。それが、アンタのための酒というヤツだ」


 誠二はグラスを机へ置き、不思議そうに麗奈と老人を見比べる。


「ええと、それで、なんで俺はまたここへ……?」

「改めてご紹介しますね、誠二さん」


 手のひらを老人へ差し向けた麗奈が、穏やかに微笑んで告げた。


「こちらが『筋肉三倍段』ので私の祖父、東出雅人まさとさんです」


 ──ギルドマスター!? 祖父!?

 誠二はびっくりして飛び上がりそうになる。

 しかし体は思うように動かず、ぎっくり腰でも起きたんじゃないかってくらいにその場で悶え苦しんだ。


「あだだだだ! ひぃ……え、あなたが、ジムギルドの……」

「アンタ、素人らしからぬ素晴らしい戦いっぷりだったらしいな」


 バーテンダーの老人──ギルドマスター雅人は袖をぐいとまくり、腕を組む。

 よく見ればそのチラリと見える上腕筋は、シャツの布がとても窮屈だとめいっぱい主張していた。


「いや、モンスターとの戦いに関しちゃド素人だが。伊達や酔狂で営業マンしてたわけじゃねえってことだけはよーくわかったさ」


 あごをさすり、満足げに口角を上げる。


「あ、ありがとうございます……? ええと、営業マンと攻略者はあんまり関係ない気がしますけど……」

「んなこたあねえよ。おまけにアンタ、スポーツ経験も豊富ときたもんだ。こいつはなかなかの上玉を引っ張ってきたな、麗奈」

「いえいえ〜! 誠二さんをスカウトしたのはマスターじゃないですかあ」

「俺がやったんは勧誘そこまでだ。こいつをうちの業界に入れさせたんは、お前の働きだろ? トレーナー」

「んん? はて?」


 その言葉に麗奈はきょとんとする。

 外はもう夜で、春とはいえ寒さが残っているのだろう。麗奈はタンクトップの上にパーカーを羽織っていた。

 そのパーカー越しにのぞく、慎ましくも引き締まった胸元が、またしてもなにげなく視線を向けた誠二の心を掴んでいたのだ。


「私はまだ、トレーナーとしての仕事をほとんどやってませんが……」

「いっいいいえいえ! そそそそうですね!」


 誠二は回らない首を懸命に回転させる。

 ──危ない、またしても俺という浅ましい男は。


「はいっ! どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますっ!」

「んん? いいえ? はい? ……どっちなんですか?」

「堅苦しいお話は済んだ? マスター」


 タイミングを見計らっていたのか。


「つまんない話はもう終わった終わった! さ、ここからは新入りの歓迎会よ〜!」


 店内に現れたのはアキラだった。

 昼間のタンクトップ姿とは打って変わって、派手な化粧をしており、磨きがかった筋肉にも負けないほど、豪華絢爛なドレスに身を包んでいる。


(た……『立川のドラァグ・マッチョ・クイーン』!? 自称じゃなかったのか!)


 アキラはぞろぞろと、他のクイーンたちを引き連れてきた。

 あの夜、精神的に参っていて誠二はちっとも気が付かなかったが。


「このバー、夜はアタシたちクイーンがいつも働いているお店よ?」

「ど、道理で早上がりするギルドメンバーが多いと……!」

「最近カノジョに振られた、可哀想な誠二くん。今日こそはお酒だけじゃなく、アタシの色気にも溺れてくれるわ・よ・ね? うふふ♡」

「す、すみません……自分にそういう趣味はありませんのでっ!」


 美貌と自慢の筋肉をひけらかすクイーンたちに囲まれ、たじろぐ誠二。

 どんちゃん騒ぎが始まったかたわら、麗奈はカウンター席へ引き返し、一眼レフカメラ両手にたそがれていた。

 その両眼には、己が手で激写した駆け出し攻略者の、モンスターを前に踊り狂う姿が鮮明に映し出されていて。


(どうしよ……今日は眠れないかも)






 ちなみに。

 麗奈がずっと撮影していたダンジョン攻略の映像は、のちに『攻略者』のデビュー配信として、世間のダンジョン市場へ出回っていくこととなる。

 ジムギルドの裏方によって編集され、『筋肉三倍段』のチャンネル内で公開され、サラリーマン・スタイルで無双する誠二の勇姿が、リスナーたちにウケてプチバズりする──。


 そのバズりがもたらす顛末は、ほんの少しだけ未来にはっきりするだろう。











♢♢♢


作者コメント:

 ギャンブル四兄弟を応援します。(唐突)武道館チンチロが年内最後の生き甲斐。


 ここまで読んでくださりありがとうございました!


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 引き続き『ジムギルド』をよろしくお願いしマッスル〜〜〜!

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