第9話 無自覚に固定スキルを持っていたらしいので

 殴り合いの喧嘩さえ、今までろくにやってこなかった誠二。


「はぁ……はぁ……」


 スーツジャケットを脱ぎ捨て、ワイシャツで額の汗をぬぐう。

 ガン・トバースと拳を交わし始めて、いったい何分経過しただろうか。

 30分は長いようであっという間だ。過剰分泌されたアドレナリンが、全身のありとあらゆる筋肉を巡っていることだけはうっすら感じ取れたが。


「ベーッ!」


 奇怪な咆哮を上げ、ガン・トバースは尻尾で己の胴体を持ち上げる。

 来る──! いかなる方角へも飛び退けるよう、誠二は片足をわずかに下げて、両かかとを地面から離す。


 喧嘩はし慣れていない。プロレスやレスリング、武術の経験もない。

 だが、咄嗟の判断で現れる予備動作には、熟練の攻略者さながらの洗練された思考がにじみ出ていた。


(こ、この子ったら……!)


 両腕を組み、後方で戦いを終始見守っていたアキラは目を見張る。

 この男、息上がりつつも、頭の中にはどこか冷静さと精神的余裕を残していた。

 おまけに、一見細ましく頼りない体付きをしている誠二だが、その筋肉は、神経は、心臓は闘争を──いや、


 20数年の人生で積み重ねてきた努力が、研鑽の日々が。

 営業活動で培った、目前の相手と真摯に向き合う姿勢が。

 ダンジョン攻略、モンスター打倒への道標を、本人が図らずとも示していたのだ。


(誠二くん。あなた今、最っっっ高に輝いてるわよ!)




 ガン・トバースは胴体をぶんと振り回す。


「ベーッ!」


 大きな体躯が宙を舞う。

 ブン! を風を切る音が誠二の耳元で鳴った。

 まともに当たれば死ぬ──と、その巨体を見れば普通は避けるだろう。


 しかし誠二は選択する。

 どんな衝撃にぶち当たろうが絶対砕けるな。自分が先に折れたら負けだ。


 信じるべきはドーピング・ベルトの性能と、己が鍛え上げてきた不屈の精神。

 そういえばさっき、麗奈がこのモンスターを「長女ちゃん」と呼んでいた。つまりメスか。

 一回転して再び戻ってきたガン・トバースの胴体を、飛びついてくる赤子を抱擁するように。

 愛する女性を広い心で包み込むように。


「ぐ……っ!!」


 誠二は体当たりをすべて受け止めた。

 ガン・トバースの回転が勢い余って自分も宙へ放られる。


 ずっと続いていた戦闘で、次第にアキラのランプ頼りだった視界もひらけてきた。

 回る視界の中で確かに壁を捉える。

 誠二はぱっと両手を離した。同時に、ガン・トバースへしがみつき踏ん張っていた両足も脱力する。


 タン、と離した両足が壁に着く。

 壁に足を付けるなんて、生まれてこの方初めてだ。今の自分はウルトラでもライダーでもなく、スパイダーだったのか。


(ここで決めるっ!)


 誠二はガン・トバースの胸へ飛び込んだ。

 そのハートをぶっ叩くように、拳を握り締め、腕を引き、突き出す。


 カウンターは見事にハマる。

 誠二の右ストレートがガン・トバースの胸を捉えた──はずだったのに。


 ゴス。

 鈍い音が胸板で響く。

 拳に手応えはある。が、ガン・トバースの体の芯にまで、その威力が届いていないことは明白だった。



(ダメだ……パワーが全然足りてない!)




♢♢♢




 舌打ちする誠二の、ダンジョンの反対側。


(麗奈ちゃん? 麗奈ちゃん!)


 なにかに気付いたアキラが、隣でカメラレンズをじぃと見据えたまま微動だにしない麗奈の肩を叩く。


(えっ? ……ああっ!)

(今、何分経ったの?)

(さ、30分、経っちゃいました……)


 小声で囁き、苦々しい表情を浮かべる麗奈。自分も今の小さな衝撃で、ようやく意識が時計に向いたようだ。

 なんという不手際。戦闘に見惚れている場合ではない。

 時間管理はトレーナーと、後方セコンドヅラの2人の仕事だったのに。


(まずい! これ以上戦えば彼は病院送りに──)


 引き返せ、とアキラは声を掛けようとした。ベルトの効果はもう切れていると。

 2人が再び視線を向けた時には、誠二が壁へはりつけとなっていた。


「せ……誠二さんっ!!」


 麗奈は悲鳴のように叫ぶ。

 ずるずると、壁から剥がれた岩とともに崩れ落ちていく誠二。

 腕を掴み、背中を壁へ打ちつけるように誠二を弾き飛ばしたガン・トバースが、両足を地面へ下ろし、歯を剥き出しにさせた。


「ベベベベベベベベベベベベ──ッ!!」


 轟く雄叫びは、勝ち誇ったモンスターそのもの。

 生身の、まるで育っていない筋肉を提げた人間ごときに、自分の筋肉が劣るはずがない。

 そう告げているように、麗奈とアキラの目には見えた。事実、もろに背中を打った彼が立ち上がれるはずはないと、その光景で2人ともすでに悟っていたのだ。




 悟って──いたのに。




 ゲホ、と咳き込む声がする。

 ひとつの影が、ダンジョンの深淵でゆらめいた。


「さっき、からずっと、思っていたのです……が」


 ゆらゆらと。

 よろめきながらも、誠二は膝を地面から少しずつ離していった。


「たいへん、個性的な鳴き方をなさいますね、お客様……」

「せっ、誠二くん!?」


 アキラは彼の挙動と、自分自身の目を疑う。


「あなた、どうして立ち上がって──」

「ご姉妹も同じように鳴かれるのですか? 確か、足立と、多摩にもいらっしゃるんでした、よね」


 なぜ唐突に3姉妹の話を。

 なんなら、真面目に麗奈やアキラの、ダンジョンに関する説明を聞いていたことに驚きたいくらいで。


 麗奈も声が上げられない。

 本当は、30分のカウントダウンを怠ってごめんなさいって、真っ先に謝りたかったのに。今すぐモンスターの元を離れてくださいって宣告しなければ、本日の攻略はここまでですよと、駆け寄ってでもトレーナーストップをかけなければいけないのに。


(ダメ……まだ、終わらせたらダメ!)


 ぐっと、カメラを構える指に力が入る。


(誠二さんはまだ戦ってる──目の前のモンスターと、向き合っているんだ!)




 瞳孔をがっと開いたガン・トバースが誠二へ襲いかかる。

 警戒を高め、さっきよりも数段跳ね上がった怪物のどす黒いオーラを纏った右ストレートが、なんの捻りもフェイントもなく真っ直ぐ飛んできた。

 

 誠二はその拳を

 ガンッ!!

 金属音みたいな痛ましい音に、アキラは思わず唇を手のひらで覆う。


 鉄の味がした。

 じんじんと頬が痛む。たぶん今の攻撃で奥歯が吹き飛んだな。鼻血も吹き出している──それでも!






「本日付けで」


 再び拳を握り締め、


「ジムギルド『筋肉三倍段』に、配属されました」


 腕を引き、


「田高と申します……」


 突き出す──いや、差し出した。

 初めて出会った相手へ名刺を手渡すみたいに。


「以後っ!」


 名だたるヒーローや攻略者みたいな、気の利いた技名なんか持ち合わせてはいない。

 今はただ、誠心誠意、真心込めた渾身の一撃を。


「お見知り置きっ! くださ────────いっ!!」


 相手の心臓ハートに届くまで、何度だって打つのだ。






 剥き出しとなっていたガン・トバースの、奥のほうで生えていた歯が、ひとつ吹き飛んでいくのが麗奈のカメラにもしっかり映っていた。

 モンスターの歯は加工すれば高値で売れる。

 麗奈は少しも手をぶらさないよう努めつつ、心の中でひっそりと。


(ナイスガッツです、誠二さん)


 新米攻略者に隠されていた、を脳内で書き留めたのであった。



==========

田高誠二


【ガッツ】評価5+ ←new!!

==========











♢♢♢


作者コメント:

 ポ◯モンスリープを導入した結果、毎日2時までに寝るというカビたんとの約束すら守れない社会不適合者と判明しました。……ごめん、知ってた☆

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