第23話 モンスターよりも人間のほうがわりかし脳筋なので

 タイムアップまで、残り10分。

 両パーティの捕獲数はじわりじわりと差が開いていき、とうとう『筋肉三倍段』ならぬ、3倍近くまで『北島美容室』に引き離されている危機的状況だ。

 これは到底追い付けない――普通なら、誰もがそう考えるだろう。


 ましてやAランク目前のギルドに、Fランクのギルドが逆転するなど。



 が、普通ではないマッスルの持ち主『アキラ』と、普通ではないガッツの持ち主『セージ』は、最後まで戦いを投げ出さなかった。

 投げ出すわけにもいかない。ブーッ! ブーッ! と真凜のタブレットが悲鳴のようなアラームを轟かせる。


「ピーチちゃん!?」


 真凛が並々ならぬ声を上げた。まもなく、森奥へ進んでいたはずのドローンも、すでにゴルフカートを降りて探索に加わっていた真凛のもとへ帰ってくる。

 帰るというよりも、半ば相棒のもとまで逃げてきたかのような、機械らしからぬ慌てっぷりだ。


「ど、どうしたんですかピーチちゃん!」

ね」


 ぐいと、アキラに腕を引かれる誠二。


「気張りなさい、セージくん。大物が飛び込んでくるわよ」


 ドスドスと、遠くで地鳴りみたいな音が聞こえてくる。

 その音は秒も経たずに大きくなり、攻略者たちのところまで迫ってきた。

 並の人間では思考が追いつかないほどのスピード――そしてパワーを、誠二もひしひしと感じた。


(来る――っ!?)



 刹那、誠二は走馬灯を見る。

 死の淵に立たされたような感覚を全身に浴びる経験は、実は初めてではない。誠二は何度だって、この絶望を乗り越えてきた。

 もっとも、久しぶりではある。初めてのダンジョン攻略の時だって、ここまで全身が粟立つことはなかった。

 この走馬灯を幾度も見たのはいつごろであったか。そう、確か――



 のころだ。



(ま、さか)


 喉の渇きを思い出す。

 攻略者たちの視界に現れたのも一瞬だった。


 A級モンスター『チョコザイナ』。

 その名の通り、人間目掛けてするしか能がない、茶色い毛玉の暴君。




「アタシと呼吸を合わせて、セージくん!」


 ザッ、とアキラが誠二の隣に並び、背中へ太ましい腕を回す。


「2人でわよ!」


 避けるのではなく、受けるという選択。

 誠二は大きく息を吸って、腹筋に力を込めた。


 死を感じる脅威からは、逃げるか、かわすか、ダメージを軽減するためのあらゆる手をずっと尽くしてきた。

 しかし今回は逃げるわけにはいかない。

 麗奈の、そしてマリマリのジムギルドへの思いが、この真っ向勝負にかかっている。


 モンスターという脅威を正面突破してこそ、真の強者を名乗れるのだ。



 ガゥウンッ!!

 まるでトラックとマウンテンバイクが正面衝突したみたいな音が上がった。

 それでも血しぶきや肉片が森中で舞うことはない。肩組んだ2人が、ラグビー部さながらの迫力でモンスターの行く手を阻む。


「チョコザイナの弱点は鼻よ、セージくん!」


 ──鼻!?

 けど、その鼻であいつは俺たちをはじき飛ばさんと。


 声にもならない思考が誠二の中を駆け巡っている間にも、真凜の舌打ちが遠くで聞こえた。


「ちくしょう! 痺れ薬が全然効きやしない!」

「アタシが注意を惹く! セージくんは後ろからひっぱたいて!」


 指示を出すなりナイフの柄をぐぐと握って、殴りかかるような動作でチョコザイナへ突っ込んでいくアキラ。

 再び正面衝突するモンスターと人間。

 ザザ! とアキラの黒いスニーカーが湿っぽい地面をえぐった。一メートルほど後ろまで押し出されている。


「うぐっ……今よ、セージくん!」


 アキラがチョコザイナの鼻を片手でわしづかんだ。もう片手でナイフを振り上げて──


「ジュウゥウウウウウウ〜〜〜〜〜ッ!!」


 首を刺されたチョコザイナの鳴き声だろうか。

 みるみるうちに熱気をも帯びていく、チョコザイナの全身が暴れ出し、アキラの手を必死で振り解かんとしている。

 今にも焼かれそうなアキラの手のひら。


 だが、チョコザイナの胴体目掛けて誠二の追撃が繰り出されるほうが早かった。


 ここであったが百年目。

 今の誠二は、ただトラックやマウンテンバイクや、イノシシに轢かれて終わるだけの男ではないのだ。



「喰らえ──!!」


 首と胴体の境目があいまいな部分へ、構えていたそれを深々と突き刺す。


「アキラさんっ!」

「はいよっ!」


 刺さったと見るや、アキラはすぐにチョコザイナを離し、後方へ飛び退く。

 およそ3秒。

 3秒で誠二が放ったそれが発光し、獣の悲鳴と混ざり合って、けたたましい放電の音を森へもたらす。


 刹那でいかなるモンスターをも痙攣させるアイテム『スタンビート』が火花を散らした。チョコザイナは泡を吹きながら地面へ倒れ伏し、わずかな痙攣のみを残して動かなくなる。


「痺れはありませんか? アキラさん」

「もっちろん。良い手際だったわ、セージくん」


 アキラは親指をぐっと突き出す。誠二もつられて親指を贈り返した。

 そのままタイムアップを迎え、麗奈のスマホでアラーム音が鳴る。『スタンビート』の轟音と比べれば可愛らしい電子音だ。


 捕獲の数こそ稼げなかったものの、質の高いモンスターに立ち向かったことで、連携プレーによるパーティの絆は多少深まったらしい。




♢♢♢




「……つーわけでえ?」


 対決開始時点と同じ芝の上へ戻ってきた一同。

 あっけらかんとした表情で、真凜はチョコザイナの屍を堂々と『北島美容室』に見せびらかす。


「おたくらはデカい図体のくせして、雑魚モンスターばっかりチマチマ拾ってきたみたいだけど? こっちにはA級モンスターがいるんで。アイテムに頼るだけじゃー絶対に捕れない大物いるんで。結局、世の中は数字じゃね? 個体数より換金額って意味で」

「はあ……? そういうルールじゃなかったでしょ?」

「この勝負、ジムギルド『筋肉三倍段』の発想の勝利ってことで異議なしっしょ? いっえーいっ☆ やっぱ攻略はバエてこそだよね〜っ☆」

「「「異議あるわぁ!?」」」


 真凛の口八丁と、アキラが企んでいた裏技を見逃してくれるほど『北島美容室』も甘くはない。

 ダン! とイチローが足踏みして怒鳴る。


「レギュレーション違反よ! 詭弁にもほどがあるでしょう小娘! アナタ、フェアプレー精神を筋肉もろともドブに捨ててきちゃったのぉ!?」


『吸収合併クリーナー』を後方へ放り投げ──デカブツをひょいと放り投げられる腕力がある時点でイチローはやはり一流のマッスル攻略者だ──誠二が腰にぶら下げている『スタンビート』を指さす。


「アイテムならそっちだって使ってるでしょうがあ! まさかとは思うけど、おたくらのドローン偵察がバレてないとでも!?」

「偵察じゃねえよ、動画編集のための素材集めだよ。はぁー、馬鹿かバケモンメイクトリオ? なに真面目ぶってんの? ダンジョンの攻略配信ってのはさあ、面白きゃなんでもアリなんだよ!」

「ちょ……なあ! これだからFランはぁ! バケモンならそっちにも一人いるでしょうがぁ!」


 バケモン呼ばわりされれば、アキラも黙っちゃいない。真凜をも押し退けてイチローと睨み合う。


「だーれがバケモンよお、誰が! おぅやるか?(※重低音ヴォイス) 第2ラウンドやるかイチロー?(※重低音)」

「上等だアキラゴルァ!(※重低音) こっからは〈U.D.D.〉の前哨戦と洒落込もうかぁ!?(※重以下略)」




 もちろん、今も撮影は続いている。

 エンディングで再び繰り広げられたすったもんだに、誠二は「はは……」とひきつり笑いを続けた。


(なんやかんや、悪い人たちではなさそうなんだよなあ)


 手段も言葉もとことん選ばない真凛に対して、きちんと正しい言葉の使い方をして罵る、知性さえ兼ね備えた『北島美容室』でありましたとさ。











♢♢♢


作者コメント:

 ちなみに、敦賀は来春3月中旬に新幹線が開通するとか。

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