第6話 自分の潜在ステータスに無自覚のようなので

(同姓同名? 人違い? え、でも確かに誠二さん、この大会に出たって……)


 鉛筆を持ったままフリーズし、パニック状態となった麗奈をよそに。


「高校は、正直ろくな思い出がありません」


 誠二は懐古に浸るような表情を浮かべていた。


「ただでさえ冴えなくてドンくさい男子高校生だった俺が、自転車で塾に向かう途中でまさか、トラックとマウンテンバイクとイノシシになんて──」


「ちょおっと待ってくださいね?」


 などと供述しており。

 麗奈の頭は余計にこんがらがる。誠二の話を片手で制し、中断せざるを得なくなった。


「え、今なんて? トラックと、マウンテンバイクと……」


「イノシシです。あ、麗奈トレーナーやここの皆さんだったら、イノシシやクマの一頭や二頭に突進されるくらい、別に珍しくもなんともないですよねえ。はははは」


「珍しくですよ? それ、なんて異世界転生ファンタジーか教えてもらって良いですか?」


「ファンタジーじゃないですよ。そっかあ、ないかあ。それは失礼しました。いや俺だって、イノシシに突進された時の衝撃に耐えられるよう、自転車がを、それまでのトラックやマウンテンバイクで会得するつもりなんか毛頭ありませんでしたよ」



==========

田高誠二


【テクニック】暫定評価5 ←new!!

==========



 平然とした調子で受け答える誠二。

 麗奈はとうとう鉛筆を机へ置いてしまった。

 虫をも殺さぬ顔した好青年みたいな雰囲気を醸し出す、五体満足のいたって健康そうな男をまじまじと見つめる。


「受け身って……え、それじゃあ、3ヶ月連続ではねられてもご無事だった……ていうか、死んだり異世界転生したりしなかったってことですか? 死なないにしても、せめて骨折とか入院とか……」

「だからなんですか、異世界転生って? たまたま打ちどころがマシだっただけですよ。不幸中の幸いってヤツです。あんな目に遭うのはもう二度とごめんだって、高校にいる間は思ってたんですが──」


 まだ、話には続きがありそうだ。

 麗奈は固唾を飲んで、誠二の武勇伝の続きを待ち望んだ。


「そんな珍しい経験をしてしまったせいで、大学では登山サークルに入り──」

「なんでその経験から登山サークルなんですか? そこ、文脈合ってます?」

「まあ聞いてくださいよ。その話をサークルの子に話したところ、とある妙なアルバイトを勧められてしまいまして」


 ごくり。麗奈は軽く身を乗り出す。


「ど、どんなアルバイトですか?」

ですよ。映画やドラマのエキストラ的な、俳優の代わりに崖から飛び降りたり、車にはねられたりする、よく見るアレです」


 確かによく見るアレだ。

 ただし、あくまでもテレビや映画館のモニター画面越しにだが。


「あとは警察の人に呼ばれて、小中学校の交通事故防止キャンペーンに参加して……はは、何回子どもたちの前で車にはねられたことやら」




♢♢♢




「……誠二さん」


 ここまで聞き終えると、麗奈は深く椅子に座り直し、真剣な面持ちを作った。


「つかぬことを伺いますが、攻略者……いえ、サラリーマンになられる前は、なにか将来の夢とか展望とか、お持ちではなかったんですか? サッカー選手や、マラソンとか、陸上選手になりたかったことは?」


 そう聞かれても誠二は、少しの間きょとんとする。

 しかしすぐに手をひらひらと振って、


「ないない! 一度も考えたことないですね」


 躊躇う素振りもなく、あっけらかんと答えてのけた。

 嘘や強がりでもなさげな様子に、麗奈はますます顔つきを変えていく。


「サッカークラブは親に入れられただけですし、フルマラソンは勉強漬けの毎日に嫌気がさして、気まぐれで始めた趣味みたいなものですし……スポーツ選手を夢見ていいのは、それこそ小中学生の間だけですよ」

「そんなの、本気で目指してみなければわからないじゃないですか」


 言葉尻も次第に強くなって。


「それに、誠二さんの場合はスポーツ選手だけじゃありません。その気になれば、大学を出た後はプロのスタントマンかアクション俳優にだってなれたでしょう? あるいは、せっかく登山サークルに入ったんなら、ええと、たとえば、世界一周を目指すとか……」

「世界って……ははっ!」


 笑い飛ばす誠二。


「それこそオリンピックにでも出てみます? だから、俺はそんな大層なヤツじゃないんですって──」

「笑い事じゃありませんっ!!」


 バン!

 麗奈は勢いよく立ち上がり、机を両手で叩いた。

 木が震えを起こし、ガタガタと振動に余韻を残していて、誠二は肩をビクッと強張らせる。


「れ、麗奈トレーナー?」

「ねえ誠二さん」


 睨みつけるように、麗奈は問いただした。


「自分の限界値を、自分で勝手に定めてはいませんか?」




「……えっ?」

「本当であればもっと上を目指せたところを、もっと高望みしてもお釣りが来るようなところを、自分はこのくらいで良いや、ここが自分にとっての限界値なんだって勝手に決めつけちゃってません? このくらいでもうじゅうぶんって、挑戦する前から諦めちゃったりしていませんか?」


 誠二はしぱしぱと目を瞬かせる。


「あなたは今までじゅうぶん頑張ってきましたし、あらゆる分野で十二分に良い結果を残してきています。きっと、お勉強も、お仕事も、今までにたくさんしてきたのでしょう……でも!」


 眉を下げ、熱弁する麗奈。


「唯一もったいなかったのは、あなたがその類まれなるに見合う、高い目標設定を付けてこなかったことです」

「努力の才能……俺が?」

「はい! サッカークラブでレギュラーを取って全国大会優勝。フルマラソンで日本記録……いえ、世界記録ワールドレコードの達成! どれも、あなたが一度志さえすれば、手が届くすぐそばにまであった栄光かもしれません」


 もはやステータスシートなど、どこかへ放り去る勢いで。


 ──ていうか、筋肉チェックはどうしたんだ?

 ここまでの話は全部、過去の話であって、俺は今やただのしがない元・サラリーマンでしかないのに。


「スタミナ、パワー、テクニック、スピード、ロジック──そして、。あなたからは早くも無限大の可能性を感じます。ダンジョンの攻略者として、なにより〈U.D.D.〉の挑戦者として!」

「そ、そうですか」

「なにもダンジョン攻略に限った話ではありませんけども。あなたがもっと本気でスポーツに取り組んでいたならば、別に球技サッカー陸上マラソンでなくっとも、それこそトライアスロンとか、のも夢じゃないかも──」


 そこまで言いながら、急に麗奈はしどろもどろとなる。

 熱の入った言葉に押されつつあった誠二へ、小さく咳払いし、


「いえすみません。最後のは私の押し付けがましい妄想でしたね。どうか気にしないでください」

「は、はあ」

「とにかく! お話はだいたいわかりました。誠二さんにはもともと、初心者向けのトレーニングプランを提案させていただくつもりでいましたが……」


 麗奈は室内の液晶モニターを明るくさせた。

 大画面で見せられたのは、緑が生い茂った森か林か。

 おそらく、日本のどこかにあるダンジョンなんだろう。


「誠二さんには私から、『筋肉三倍段』完全監修のスペシャル・スパルタプラン、略して『SSプラン』をご提案させていただきます」

「『SSプラン』? なにやら凄そうな響きですが……」


 誠二は目くばせするように主張する。


「年中無休24時間トレーニング、みたいな鬼畜コースだけは遠慮させてください」

「そんな労働基準法ガン無視コースはありません」

「そ、そうですか。それなら、まあ──」


 大粒の瞳がきらりと輝いて。

 麗奈は背筋を伸ばし、引き締まった両胸を軽くそらすように、誠二へあますことなくその流麗なボディを見せつけた。




「ダンジョン攻略をしてきてもらいます!」

「えっ? ……は、はあ。それはまたいきなりですね。今週末ですか?」

「いーえ、今からです!」


 ──いっ、いいい、今!?

 ジムギルドに入って攻略者に転身した初日で?

 筋肉チェックは、トレーニングは!?


 誠二の脳内はパニック状態になった。











♢♢♢


作者コメント:

 イクイノックス……お前……本当に有馬まで待てないのか……?(泣)

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