第7話 いきなりダンジョン攻略しろと言われたので

 数時間後。


 誠二はなぜか上野うえのへ向かっていた。

 白いミニバンの後部座席にあれよあれよと乗せられ、隣では一眼レフカメラを持った麗奈がうきうきと。


「楽しみですね、誠二さん!」

「は、はい……ええと……」


 誠二はその、準備万端なカメラが気になって気になって仕方がない。


「まさか、もう攻略配信するわけじゃないですよね?」

「これは記録用です!」


 親指を突き立て、きりっとした目つきをしてドヤる麗奈。


「あと、ダンジョン協会に名簿を入れる時に添付資料として使わせてもらう予定です。誠二さんの大事な大事な初陣を、このカメラにきっちり収めるのが私の大事な仕事ですのでっ!」

「そ、うですか。いまいち実感が湧かないな……まだなんの準備もしてないのに攻略なんて」

「誰もが最初はビギナーなのよ」


 図太い声が運転席から返ってくる。


 誠二が気がかりだったのは彼女だけではない。ミニバンを運転していたのは、麗奈に呼ばれると二つ返事で同行に応じた男。

 長袖を着ていてもすぐにわかる、ハチ切れんばかりの僧帽筋。

 ハンドルにまで付いてしまいそうなほど膨らんだ胸も、なんなら女性の麗奈よりも数段、バストサイズを上回っていた。


も、『ガン・トバース』3姉妹を完全攻略するまでには3年かかっちゃったわ」

「は、はあ。3姉妹?」

「同じモンスターが棲んでいるので姉妹ダンジョンと呼ばれているんですよ。『タマサン』『アダチサン』そして、これから潜る『ウエノサン』の3つダンジョンが……誠二さん?」


 言いかけた麗奈ははたと、誠二の視線が自分の胸元に釘付けであることに気付く。


「どうしました? カメラ、どっか変ですか?」

「えっ!? あ、いえっ、なんでもありません!」


 ――し、しまった。

 つい運転席の男と麗奈のバストサイズを無意識に見比べてしまっていた。誠二はさっと目線をそらす。

 いくら麗奈さんが健康的に磨き上げられた肉付きをしているからって、女性の胸元をジロジロ見るのは失礼だ。


 たまたま同じ高さにカメラがあって助かった。

 麗奈に不審がられてはいないかと、誠二がドギマギしていると。


「アタシは内藤ないとうアキラ」


 運転席の男がおもむろに名乗った。


「攻略者になってちょうど5年経つかしらね。ま、アタシのことは『立川たちかわのドラァグ・マッチョ・クイーン』とでも呼んでちょうだい」

「はあ。よろしくお願いします……ま、マッチョ・クイーン?」

「アキラさんはジムギルドで一番のベテランなんですよ」


 麗奈は運転席の背もたれへ両手を添える。


には、8月のシーズンで〈U.D.D.〉にギルド代表として出てもらうつもりです。『ガン・トバース』3姉妹の攻略にもたいへんお詳しいので、ダンジョンのことでわからないことがあったら、アキラさんにどしどしアドバイスもらっちゃってください!」

「ふふ、任せてちょうだい麗奈ちゃん」


 ――こ、困ったぞ。

 ただでさえダンジョンについて右も左もわからないのに、この先輩攻略者に関してだけでも、あまりに情報量が詰め込まれ過ぎている。

 誠二は内心参っていた。


(ま、まあ。要するにビギナー御用達の難易度低めなダンジョンってことだよな……そう身構えなくてもいいか)




 そうこうしているうちに、住宅街のど真ん中でミニバンが停止する。


(え? もしや、着いたのか?)


 アパートが立ち並んだ細い道路。

 誠二はうながされるがままにミニバンを降りる。とてもダンジョンなんて秘境が眠っている場所には見えなかったが。


 最後に降りたアキラは、平然と建物と建物の間へ入り込む。

 公園――なんて呼べるほど広さもない。家または倉庫をひとつだけ建てられそうなくらいの、狭い敷地内の中心でぽつんと佇んでいたのは地蔵だ。


 その地蔵には、



「ひっ!」


 誠二は喉を鳴らす。 

 すぐに口を塞いだが、麗奈やアキラに怖がりと笑われてはいやしないだろうか。


「な、なんて不気味な……ダンジョンというよりは心霊スポットじみていますね?」

「心霊スポットそのものよ、誠二くん」


 アキラは少しも怯む気配を見せないで、ずんずんと地蔵に近寄っていく。


「この『ウエノサン』が発見されたのも、夜な夜なが騒がしいっていうご近所さんの通報があったおかげだもの」


 この子、とは地蔵を指しているのだろうか。

 よくよく周りを観察してみれば、道路から見て正面を向いた地蔵の背後に、不可解なコンクリートの地面がある。

 墓石が地蔵のすぐ後ろにでも置かれていたのかと疑うほど、それなりのスペースを割かれたコンクリート。


「お邪魔しま〜す……」


 誠二も、おそるおそる地蔵へ歩いていった。

 コンクリートの地面を見下ろして、はっとする。


「麗奈トレーナー、アキラさん! これって……」

「そういうことよ」


 麗奈とアキラが二人がかりでコンクリートを地面と引き剥がそうとしていた。慌てて誠二も手伝う。

 ガラン、と大きな音を立てて敷地に放られるコンクリート。

 地面と誠二が思い込んでいたそれは、さらに地下へ続いていく階段を隠すための、ダンジョンの入り口を塞ぐための蓋だったのだ。




♢♢♢




 ひたり、ひたりと階段を降りていく。


「足元気を付けてくださいね、誠二さん」


 スマホのライト機能を使い始めた麗奈へ、誠二は「ありがとうございます」と小さく返す。

 なんだか情けない。つい昨日までバリバリの現役営業サラリーマンだったこの自分が、さっきからアキラにも麗奈にも気を遣われてばかりだ。


 前方が見えなくなるほど広々としていたアキラの背中を追いかける形で、誠二と麗奈はダンジョンという名の深淵へ進んでいく。

 しばらく進んでいくと、背後で、ずずずとなにかを引きずるような音がする。


「えっ」

「地蔵が動いたのよ」


 アキラはまったく動じていない。


「人目に付かないよう、アタシたちが戻ってくるまではああやって蓋の代わりをしてくれるの」

「そ、そうでしたか。すみません、てっきり誰かに閉じ込められたのかと……」

「あのお地蔵さんは、攻略が終わるまでは開けてくれませんよ」


 ひゅ、とか細い息を漏らす誠二。

 あっさり言ってのける麗奈の声色も、大して怖がっていないようだった。


(な、なんて勇敢な人たちだ……さすが攻略者……いや勇敢っていうか、命知らずっていうか……)


 次第に、人間一人くらいが進める幅しかなかった段差が終わる。

 もう少し先へ進んでみれば、急に視野が広がり、通路もずいぶんと余裕を持った幅を持ち始めた。


 日光を完全に失った暗がりの中。

 アキラが非常用ライトで、前方をぱあっと明るく照らす。






 ツヤの良い毛並みを持った背高なカンガルー──いや。

 モンスター『ガン・トバース』が仁王立ちしていた。


 その腹筋はバキバキに割れていて、カンガルーの象徴たる袋も、まるでみたいだ。


「ろっ……」


 誠二は思わず叫ぶ。


「6LDKだぁあああぁあああああっ!?」











♢♢♢


作者コメント:

 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っている。(断定)

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