第29話 合宿中にあの男と出会ってしまったので

 夜が明ける。

 合宿2日目の誠二は、寝ても覚めても腹の中の違和感が収まっていなかった。


(ぐぅ……まさか、箱根に来てまでとは……)


 急に弱音を吐いてきたかと思えば、配信で使うための特別企画をしっかり用意していた麗奈は、なかなかにあざとく抜かりがないトレーナーである。




 夕食の時間になれば、部屋にぞろぞろとギルドメンバーたちが戻ってきた。

 いよいよ待ちに待った旅館のご飯──そう誠二が期待したのも束の間。

 運ばれてきたのは何人前かも分からぬ量の具材と、特注を疑うレベルで大きな鍋である。おまけに、具材の肉も野菜も、一口では到底食べきれないくらいのサイズで切られている。


(あっ。これ、絶対動画チャンネルの企画だ!)


 厳かな雰囲気の旅館で出てくるはずがない豪快な鍋に、誠二は青ざめる。

 夕飯だけは同じ部屋でと、アキラに連れられてきたマリマリも「うげえ!」と潰れた声を出して顔をしかめた。


「張り切り過ぎっしょ、麗奈! 鶏肉とりにくっていうかとりそのものじゃん」

「あれれ、皆さんのイメージと違いました? 私の実家で鍋する時は、いつもだいたいこんな感じでしたけどね〜?」


 まもなく畳の上で広げられる三脚とビデオカメラ。

 机を取り囲んだ屈強な男たちが、ぐつぐつと煮立った鍋を箸で奪い合うようにつつき、あっという間になくなっては放り込まれてを麗奈が繰り返す、肉や野菜をひたすら貪る異様な光景。

 真っ先にダウンしたのはもしかしなくとも真凜だが、誠二も負けじと胃の中へ具材を収めていったものの、途中から記憶がすっかり抜け落ちている。おそらく早い段階でリタイアしたのだろう。


 翌朝、同じ部屋の畳で覚醒してようやく、この腹がずっしりと重くなっていることから、あの鍋地獄は夢ではなかったのだと悟ったのである。




(これでも食事量は頑張って増やしてるんだけどなあ……アキラさんたちに胃袋のサイズで追いつくのも、まだまだ日が掛かりそうだよ)


 部屋ではアキラたち男攻略者が転がり、幸せそうに眠りこけていた。

 麗奈と真凛の姿は見当たらない。カメラも片付けられている。夜のうちに引き上げたようだ。


(えっと、今日は『箱根城』で動画撮るんだっけ)


 誠二はダンジョンのマップをばさと広げる。

 箱根神社のすぐ近くにあるそうだが、城とは言っても、そこに本殿などという立派な建物は残っていない。

 せいぜい瓦礫やボロっちい門が残っているくらいで、地下道へ続く入口は3箇所存在しているようだった。


(このマップも『カントリームサシ』と一緒で、確かダンジョン協会が作ってるんだよな……)


 謎多き未開拓地域――ダンジョンがそんな風に呼ばれていたのも、すでに過去の話。

 今や発見されているダンジョンの大半は協会が周知し、管理し、あたかも自分たちの土地かのようにギルド所属の攻略者たちへ振る舞っている。


(結局、どんなにアングラな界隈でも利権が絡んでくるんだな。それで攻略者やギルドも協会にランク付けされているわけか)


 やがてアキラや、他の攻略者たちも続々と起きてくる。

 朝食のバイキングに揃って向かいながら、誠二は静かに新たな決意を胸に刻んでいた。



 ――ジムギルドで大事に育ててもらっているんだ。日に日に大きくなっているこの筋肉は、決して俺だけの力じゃない。

 自分がまだ未熟であることと、彼らがFランクギルドと蔑まれて、協会やよそのギルドに見下されるのは別問題だ。

 俺の筋肉と攻略者としての活動が、わずかでも彼らの力になれたなら。



 朝食の会場では、タンクトップ姿の麗奈が太陽よりも眩しい笑顔で手を振り、仲間たちを待っていた。

 隣にはむすっとして、眠たそうに目をこすっている真凛。


 おはようございます――と声を投げあった。

 肩の力が昨夜よりも抜けていて、リラックスしているように見える麗奈へ、誠二はひっそり微笑みかける。


(彼女にも、があるんだろうな)


 昨日の会話を思い出しつつ、誠二は気持ちを奮い立たせる。

 外もすっかり晴れていた。

 この調子で2日目も、厳しくも楽しい合宿になる――そう、思っていたのだが。




♢♢♢




「……んだ、これ?」


 B級ダンジョン『箱根城』b地点。

 真っ先にドスの効いた唸り声を上げたのは真凛だった。

 入口全体を覆うようにKEEP OUTキープアウトの黄色いテープが巻かれ、あたりでは大仰なビデオカメラや照明機材を担いだ、黒ずくめの男たちが右往左往している。

 あきらかに撮影の支度をしている光景に、『筋肉三倍段』の一同はどよめいていた。


「……麗奈ちゃん?」

「はっ、はい! 大至急ダンジョン協会に確認します!」


 アキラにうながされ、麗奈はスマホでどこかへ電話を掛けようとする。


「大人数でダンジョン内を撮影する時は、前もって協会に許可取りをしなきゃいけない決まりよ。協会に加盟しているギルドだったらね」

「個人勢か? それにしちゃあ、ずいぶん生意気なセットじゃん。しかも、人件費もすごそう」


 アキラと真凛が囁きあっていた時。


「……あ、ああ……!」


 誠二は、見つけてしまった。

 撮影スタッフと思わしき男の一人が、その首にぶら下げているストラップを。

 名刺に記されていたのは、ひどく記憶に新しい企業ロゴ。



TAISHOタイショー』、と。



(ま、さか……!)











♢♢♢


作者コメント:

『マッチョグルメ』っていうチートデイ漫画、好きだったなあ……!(唐突)

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