第28話 トレーナーにも悩みがあるそうなので

「麗奈トレーナー……?」

「お恥ずかしい話、私、トレーナーになったのって消去法なんですよ。しかもマスターにお願いして、ギルドまで新しく作ってもらっちゃったりして」


 消去法――って。

 それこそ、日夜熱血じみたトレーニング指導に励んでいる、彼女の口から聞くとは思わなかった単語だ。

 誠二はずっとあぐらをかいていたが、正座に改め、胸の内をぽつりぽつりと明かし始めた麗奈へ両膝を向ける。


「……らしくないことを言いますね。あなたのトレーナーとしての情熱は本物でしょうに」

「もちろん本気ではやってるつもりです! 大事な皆さんの筋肉を預かっている身ですから……けど、そのトレーニングで育つのは皆さんの筋肉であって、私の筋肉ではないでしょう?」

「え? いやまあ、そうかもしれませんが、麗奈トレーナーの筋肉こそ――」


 誰よりも美しい――。

 そんな本音をこぼしかけたのを、誠二はぐっと堪える。


 駄目だ、おかしな方向に話を持っていっては。彼女は彼女なりに、なにかを懸命に考えて、小さからぬ悩みを抱えているんだぞ。

 とりあえずは営業マン時代を思い出し、聞き手に徹して、彼女の話に耳を傾けなければ。




「私、実は……今までいろんなスポーツに手を出しては辞めてを繰り返してきた、半端者なんです」

「そうなんですか? スポーツやってたの、サッカーだけじゃなかったんですね」

「はい……誠二さんがこのギルドに入るってなった日、学生時代のお話をいろいろ聞いてるうちに、自分の不甲斐なさも一緒に思い出しちゃって……えへへ。小学校の時はサッカー、中学ではバスケと卓球、高校では弓道と走り高跳び……短大でも柔道サークルには入ってたけど、やっぱり大会での成績は冴えない感じになっちゃって」


 誠二は目を丸くした。

 そんなの、ほとんど誠二自身の昔話みたいじゃないか。


「麗奈トレーナー、それってつまり、運動神経が良いから一度取り組めばなんでもできちゃうってことじゃないですか? 素晴らしいことですよ。『朝レナ』でやってたリフティングも、スキー使ったスペシャルトレーニングもめちゃくちゃ型として仕上がっていましたし」

「あんなもんじゃ全然足りません! 私たちの世界じゃあ、器用貧乏とさえ言われないくらいに、あのくらいの運動はできて当たり前なんです」


 ――本当にどうしてしまったんだ、彼女は。

 こんなにも卑屈な麗奈を見たことがない。そんなにも彼女の生まれた家は、『東出派』とかいう家元は厳しいのだろうか。


(雅人マスター……確かにバーでも、ガツンと言う時は言う人だったけど……麗奈トレーナーがここまで卑屈になっちゃうほどスパルタ系かなあ……?)




「『東西南北』の中ではいっつも出来損ないの生まれ損みたいに言われてきました。まあ事実だからしょうがないですよね、えへへ。ちょうどすぐ近くにみたいな人もいたし……」

「えっ? それ、って」

「とにかく! 自分の力不足といつまでも終わらないトレーニングに嫌気が差して、攻略者にはどうしてもなりたくないってグレた時期もあったんですよ」

「グレ……!? い、イメージ湧きませんね……それに意外です。恋に恋する乙女じゃないですが、てっきり随分前からダンジョンに夢抱いていた方なのかとばかり」

「なんですか〜その例え? やっぱり面白いなあ誠二さんは……それで私、どうにか自分だけの道を進んでいこうって足掻いてたんですが……えへへ、結局今はギルドのトレーナーですもんね」

「……もしかして」


 歯切れの悪い麗奈の口調に、誠二は言い淀む。


「トレーナー、あんまりやりたくなかったんですか?」


 はっとした麗奈が、誠二の不安げな面持ちを見上げた。

 ぶんぶんと首を左右に振って否定する。


「いっいーえいえいえ! とんでもないっ! 今は楽しくやらせてもらってますよ、もちろん! ……ただ……」

「ただ?」

「時々、怖くなっちゃうんです。攻略者にも、なにかのスポーツ選手にもなりきれなかった中途半端な私が、誠二さんやアキラさんみたいな、すごい熱意を持っている人たちのトレーナーを最後までやり切れるのかな、って……」


 言っているうちにも声は小さくなり、再び麗奈の視線は下がっていく。

 ぎゅっと、拳を膝に置いて握り締めていた。




♢♢♢




「みるみる育っていく皆さんの筋肉を眺めてると、なんだか自信なくなっちゃいますね。ぶっちゃけ私、いらないんじゃないかな〜とか思っちゃったり……」

「麗奈トレーナー……」

「ごっごめんなさい! こんな話されたって困っちゃいますよね。けど、大事な戦いを控えているアキラさんにはなかなか言いづらくって……」


〈U.D.D.〉という大きな本番を前に、プレッシャーを抱くのはなにも攻略者だとは限らないわけか。

 はたまた、外の景色が、彼女の心をも仄暗くしていったんだろうか。


「……ううーん、そうですか」


 誠二は腕を組んで少しの間唸っていたが、やがて思い付いたように顔を上げる。


「では、麗奈トレーナー。これから出場するアキラさんを差し置いて言うのもなんですが、俺から、ひとつ新しい注文をさせていただいても?」

「え? あ、はいもちろん!」

「最近、歴代の〈U.D.D.〉の配信アーカイブをいろいろ拝見してて思ったんです。本戦に出てくるようなダンジョン攻略の先達者たちって、ただダンジョンに入ろうとするだけでもすごく輝いてて、人によってはポージング決めてたりして……」


 その言葉には純粋な憧れの気持ちがこもっているように思えて、麗奈も少し姿勢を前のめりにする。


「ああ、立っているだけでこいつ強いっ! ってなんとなく分かる感じしません?」

「分かる……めっちゃ分かりますっ! 筋肉の仕上がりもさることながら、オーラがまず違いますよねっ!」

「アキラさんにしたってそうです。あの人からは、その立ち姿だけで揺るぎない自信が伝わってきて、応援しているこっちも、アキラさんなら最下層に到達できる、ラスボスも余裕で倒しちゃうんじゃないかっていう、根拠もないくらいの自信がみなぎってくるんですよ」

「分かるぅっ! あの揺るぎない自信が、アキラさんの艶やかな筋肉を形作っているんですよ!」


 麗奈は座布団の上で腰を浮かせた。

 ──ああ、良かった。いつもの明るい調子が戻ってきたようだ。


「俺も、ああいう凄い人たちと自信持って肩を並べられるような攻略者になりたいです。麗奈トレーナー。このジムギルドで鍛えていれば、俺、きっとってやつに少しずつでも近付けると思ってます!」

「誠二さん……!」

「だから、どうかその日までは、俺のトレーニングを今までのように支えてはもらえないでしょうか? そして、もし俺が〈U.D.D.〉の本戦に上がれるくらいの攻略者になったら、麗奈トレーナーが、ダンジョンに入るタイミングで決めるポージングを考えてくださいよ」


 白い歯を見せ、にかっと笑いかければ、麗奈の表情はいっそう晴れていった。


「俺の筋肉が一番かっこよく見えるポージングを!」

「はい……はい!」


 麗奈は頬を指でかきながら、またも下を向いてしまう。

 ただ、その頬はわずかに赤く染まっていて、暗い話をしていた時とは全然違う感情を胸に秘めているようであった。


「えっへへ。さすが誠二さんは人を口説くのがお上手ですねえ」

「口説く……? はっ!? す、すみません麗奈トレーナー! 俺は別に決してそういう浅ましい動機と意味合いで言ったわけではなくってですね――」


 気を動転させ、早口になりかけた誠二は、膝で畳の上を前進した麗奈が、肩を寄せるみたいに近寄ってくるとその口をぎゅうと閉ざす。

 うるうると上目遣いで見つめられると、不用意な声もあげられない。

 半乾きの髪が今にも誠二の肩に触れてしまいそうで、麗奈の笑顔がいっそう綺麗かつ、いつもよりもずっと色めかしく見えた。


「と、トレー、ナー」

「ねえ誠二さん? そういうことでしたら……」


 甘えた声色で麗奈がささやいてくる。


「この後、私のお願いも、ほんのちょっぴり聞いてくれますよね?」











♢♢♢


作者コメント:

 くっそお〜〜〜〜〜ラブコメしやがって〜〜〜〜〜!(万年安定の以下略)

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