第30話 巨乳をプロモーションに使わない手はなかったので

 黒ずくめの男たちが囲っている、その先に誰がいるのか。

 誠二には見当が付いてしまった。


(間違い、ない……)


 今すぐ目を背けたいという自衛本能と、抗えない好奇心がせめぎあう。

 結局、誠二の視界は騒ぎの根源を捉えてしまった。


 水面下にて、と共同でタイアップ商品開発を進めていた大手食品メーカー『TAISHOタイショー』。

 その企画が、ついに動き出していたのだ。

 昨年から『TAISHOタイショー』がスポンサー契約を結んでいた、かの有名なオリンピック・メダリストを起用してのコマーシャル制作に。


 b地点の入り口付近で、ラウンジチェアにどっしりと腰を下ろす男の姿があった。

 一眼見れば誰もがしばらく目が離せなくなるほど、流麗なボディ。


 高層マンションの屋上を飛び降りても無傷で済みそうなほど張った背中。

 適当に振り回しただけで、大抵のモンスターであれば容易く粉砕できそうな腕。

 なにより、すべての生物がひれ伏したくなるような分厚い胸。


(西城、勇翔……っ!)


 なぜ彼がダンジョンに? まさかここでコマーシャルを撮っているのか?

 誠二がそう疑問を抱く前よりも先に、ディレクターと思わしきスタッフの男が野太い声で叫ぶ。


「カア────ット!!」


 甲高く鳴るカチンコの音。


「もっと自然体な笑顔をくださいよ、自然体を! ダンジョンに入るのが楽しみで楽しみでしょーがないって感じがもっと欲しいです!」


 ──お、おいおい。

 確かに楽しい部分もあるだろうけど、ダンジョンはかなりの危険地帯なんだ。

 本来は物見遊山な気分で、緊張感のないまま来て良い場所じゃない。どこのテレビ局で流すつもりか知らないが、お茶の間で流すであろうCMで、そういう語弊を招く演出して大丈夫なのか?


 誠二は密かにツッコんだ。おそらく、他のギルドメンバーも同じようなことを考えている頃合いだろう。


(え? もう撮影始まってる? え、でも、肝心の西城勇翔がまだ)


 ロケ地をテレビ局サイドが決めたのであれば、なるほど、ダンジョン協会が関知していなくても不思議ではない。

 ここで誠二は思考を止めることとなる。

 カメラレンズを向けられていたのは、やはり勇翔ではなかった。


 真夏のじめっとした空気で、汗を額ににじませ。

 唇が若干歪み、引きつった笑顔をカメラへ移す女性の姿。

 被写体となっていたのは、ある意味では誠二がメダリストよりも馴染み深い人間であった。


(め……メダリストの筋肉を差し置いて……)


 こぼれだしそうな谷間が、水着の薄布でこすれて揺れる。


(由美さんのGカップが見せ物にされてる────っ!?)






♢♢♢




 誠二の記憶にも新しい企画だ。

『スタートDASHダッシュ』が『TAISHOタイショー』と組んで新たに売り出すと決めた商品はサプリメントだった。


 その名も『バケーションタイム』。

 トレーニーにとって過酷なのはトレーニングだけではない。

 タンパク質を多く取り込むためにも、食事量の改革は必須である。誠二だって、つい昨夜大食い対決で思い知らされたばかりだ。


 が、サプリメントであったなら。

 辛いトレーニングを乗り越えた休息時間バケーショナルタイムに、無理なくタンパク質を始めとする筋肉改革に必要な栄養素を摂取することが可能である。


 プロテインをも超えるマッスル革命――。


 高いギャラを払ってでも勇翔の出演をプッシュしたのも、そのコンセプトが理由だった。

 より質の良い筋肉をより効率的に、合理的に育てよう。

 このサプリメントと共にあれば、誰しもがオリンピックでも通用するレベルを求めることだってできる。


 そんな商品コンセプトに共感し、感銘を受け、職場を離れた誠二も今なお陰ながら応援していたつもりだったが。




(『つるが倶楽部』の噂で嫌な予感はあったけど……なにやってんだ、由美さん!?)


 営業を使ってメダリストに擦り寄り、平然と浮気し自分を捨てていった由美への怒りだとか。

 一時期は結婚も視野に入れていた由美を、颯爽と奪い去っていった勇翔への恨み嫉みだとか。

 もう別れたし俺も俺で新しい道を進んでいるのだ、2人のことなんかどうだって良いやとか。


 そういった抱くべき感情も忘れ去る勢いで、誠二の脳内は目前で繰り広げられている撮影に目を奪われていた。

 決して元カノの水着姿に釘付けだったわけではない。

 ディレクターが撮影に加わってすらいなかった勇翔に擦り寄り、誠二の耳では信じ難い賞賛の言葉を浴びせている。


「いや〜、さすが西城選手! これほど女性にツテをお持ちだったとは!」

「たまたまだ。俺一人テレビ映るより、こうした方が男が見るだろ」

「おっしゃる通りです! これでモデルでもアイドルでもなく、スポーツ用品店のOLっていうんだから、茶の間はひっくり返りますよ! このCMが流れれば、きっと彼女目当てに店の客足もガツンと増えますねえ!」


 ――もしや、西城勇翔が提案したのか?

『スタートDASHダッシュ』にこういう社員がいるから使えって?

 これまでに各署で進められていた、ありとあらゆる段取りを全部ひっくり返して?


(悪手だ……なんで断らないんだ、会社も由美さんも!)


 ディレクターの、気軽に会えるアイドルみたいなノリに誠二は目眩がした。

 しかも由美は本社勤務なため、店では立っていない。客足を伸ばす動線になどなりやしない。

 せいぜい茶の間で、美し過ぎるOLみたいなニュアンスで『デカ過ぎるOL』と騒がれるだけだろう。


 それは、ただのサラリーマンたる由美にとって、真に名誉あるキャッチフレーズと呼べるのか?




「それに、ダンジョンという今一番アツいロケーション! テレビではまだあまり多くはダンジョン攻略の様子を取り上げられてないですからね〜。モンスターに襲われそうになっている巨乳美女を、西城選手が持ち前の腕前で助け出す! ただトレーニング終わりにサプリメント飲む15秒間よりも、ずっと世間ウケしますよ!」


 ――待て。待て待て!

 そんな特撮ヒーローの真似事みたいな15秒間で、商品のなにが伝わるんだ!?


 だいたい、ダンジョンに女性が水着姿で潜るわけがないだろう。リアリティがあまりにも欠けている演出だ。

 企画段階で『スタートDASHダッシュ』――特に、由美が提示していたコンセプトと、実際に作られようとしているコマーシャルには雲泥の差がある。


 誠二はとても歯がゆく感じた。

 ――本当にそれで良いのか、由美さん?

 どうしてたった数ヶ月で、ここまで変わり果てた企画になってしまったのか。


 男の熱い視線を受けながら撮影されている由美も、すでに表情が固く、所作がぎこちない。

 彼女にとっても不本意な企画、そして己が望んでいないブランディングの形と化していることは、今や赤の他人たる誠二の目にもあきらかであった。


 由美には、不貞を働いてでも、なりたい自分が、夢が、野望があったはず。

 その犠牲者にされた誠二は、もちろん彼女が許せないという感情も心の奥底に残していたものの。

 いくら勇翔の隣に立てていようが、こんな、即物的で誇りに欠けた己が肉体の売り出し方では――。


(見てられないよ。引き返させなくっちゃ……!)




 一方。

 大股開いて座っているメダリストを信じ難い表情で見据え、麗奈が呆けた声を漏らす。


「……お兄、ちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る