4章 脳筋攻略者たちのダンジョン夏合宿

第26話 攻略者たちの聖地へトレーニング合宿しに来たので

 7月頭。

 攻略者たちの祭典、『アンダー・ドッグ・ダンジョン』――略称〈U.D.D.〉の予選会が迫っていた。


 ジムギルド『筋肉三倍段』では、このシーズンになると必ず向かう土地がある。

 東京を離れ、すべてのファイターたちが聖地と呼ぶ場所。

 ダンジョン──ではなく、箱根神社で普通に参拝をするのだ。



(アキラさんが勝ちますように)


 連れられてきた誠二も麗奈や真凛に続き、本殿で両手を合わせる。

 当のアキラはさっさと本殿を離れ、ギルドメンバーたちに囲まれながらおみくじを引いて遊んでいた。


「まっ! 大吉じゃな〜い♡ 縁起良いわねえ」


 くじの結果を広げるなり、大きな図体で女性陣よりもキャピキャピした調子で小躍りするアキラに、誠二は目尻を下げた。


「大吉のくじは持ち帰った方が良いらしいですよ、アキラさん」

「ん〜、そうねえ。一回喜べればもう十分だし、やっぱり結んでいっちゃう」

「淡白だなあ。もっと神様の力を頼ろうとは考えないんですか?」

「そこまでアテにはしてないわよ〜。アタシが本気で信じてるのは自分と仲間たちの筋肉だけ! そ、れ、に♡」


 ぐぐ、と腕を曲げて力めば、アキラのこぶが浮かび上がってくる。


「箱根のメインイベントも参拝じゃ〜ないのよ? なんせ、アタシたちはただのギルドじゃなくてなんだから」

「そうですよねっ、アキラさん!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるように麗奈がアキラのもとへ駆け寄ってきた。

 心底嬉しそうに声をはずませ、びし! と人差し指を青空へ掲げる。


「箱根は筋肉をベストコンディションに持っていくのにも、宣伝用の動画を撮るのにも最高のロケーション! さっそくトレーニング行きますよ、皆さん。まずはさっき登ってきた、石段の昇降30往復から!」

「きゃっ♡ やっぱり頼れるのは神より仏よりトレーナーねっ♡」

「マリマリもやるんだよ。いきなり30なんて言わないから、10往復から始めてこ!」

「1往復でも死ぬわ! か弱い乙女の脆さナメないで――きゃあぁあああ置いてかないでえぇえええええっ!! 都外の屋外でぼっちにされたら死ぬぅうううううっ!!」

「…………(一人ぼっちだと死んじゃうって、マリマリさんツギハギウサギかな?)」


 ちょうど梅雨の季節で、連日陰っていた外の景色が嘘のように晴れ渡っている。

 この中の誰かが晴れ男・晴れ女なのか。

 はたまた、アキラやジムギルドの躍進を願い、天も味方してくれているということか。


(よしっ、俺も頑張ろ!)


 誠二は勢いよく石段を駆け下りていく。すぐ背後で「くれぐれも転ばないようにだけお願いしますー! 怪我と病気は私たちトレーニー最大の天敵ですのでー!」と麗奈の注意が飛んできた。

 トレーニングだけじゃない。箱根には、彼らにとってあらゆる楽しみが詰まっている。


(温泉、サウナ、旅館のご飯……! なにより、ってのが最高だよ――!)




♢♢♢




 ――とか、イベントの数々に舞い上がっていたのだろう。

 ジムギルドが予約していた旅館に帰ってきて、アキラの挑発に乗ってサウナで耐久チャレンジとしゃれ込んだのがいけなかった。


「誠二くんのガッツは前から買ってたけど……」


 畳の上で大の字に寝転がされた誠二が、うちわであおがれている。

 心配するどころか半ば呆れの感情をもにじませた顔で、アキラは全身真っ赤になった誠二を見下ろした。


「なにも、干からびる寸前まで我慢しなくたって良いのよ?」

「アギラざんがぜんぜんギブアップじでぐれないがらぁ……」


 声もがらがらだ。頭からかぶるように水を飲まされる。

 誠二はふらついた意識のまま、顔色ひとつ変わらず今もピンピンしたアキラを恨めしげに見返した。


「なんでそんなに元気なんですかぁ……てか、あなたこそ一番コンディションに気を配らなきゃいけない人なのに……」

「ごめんなさいねえ。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかしら」


 アキラは腰に手を当て、両肩を軽く上げておどける。


「アタシが前にいたギルドじゃ、こんな催しは絶対にありえなかったもの。それに、あなたたちの若さ、瑞々しさにいつも元気付けられてるのはアタシの方なのよ?」

「え? ……いや、まだまだお若いでしょう、あなたは」


 少なくとも、その筋肉は並みの若者でも持っていないはずだ。

 堅忍壮健けんにんそうけんのはるか先を征く存在に、誠二がジムギルドに入った早い時期から、己が目指すべきひとつの目標と定めていたほど。




(アキラさんが目標?)


 はたと、誠二は心に引っ掛かりを覚える。


(ああ、確かにアキラさんは尊敬できる攻略者だよ。紛れもない『筋肉三倍段』の稼ぎ頭でエースだ……でも、いずれはアキラさんだって引退する。何年、何十年先になるか分かったもんじゃないけど……)


 なにより、アキラはあくまでもジムギルド内のエースであって。

 しかし全国に蔓延る攻略者と比べたら、アキラはいったいどのくらいの立ち位置にいる強者だろうか。

 仮に誠二がアキラを超えたとして、その先に控えている強者は、あと何人、何十人、何百人いるのだろう。


 その指標となりうるダンジョンこそ。

 誰もが口を揃えて最終目標と唱えている〈U.D.D.〉だったのだろう。




「そろそろ夕食の時間よ。せっかく美味しいって評判のところを押さえたんだもの、誠二くんもあと少し休んだら復活してちょうだいね?」


 アキラはにこやかに手を振り、なおも仰向けとなっている誠二のもとを離れた。


「アタシは他のみんなと卓球勝負……いえ、マリマリとスロット……いえ、他の部屋の様子を見てくるわ。なにかあったら遠慮なくスマホで呼んでちょうだいね」


 ──あ、全然懲りてないぞ、この先輩攻略者。


 誠二になにか言われてはなるまいと、すたすた和室を出ていくアキラ。ここは大部屋で、のちにアキラ含めた男たちで泊まる手筈となっている。

 学生の修学旅行じゃあるまいし、どうせすぐに就寝とはならない。夜にも枕投げ大会あたり吹っかけられるんじゃなかろうか。


(はは。枕投げこそ学生ノリだろ)


 しばらく感慨に耽っていた誠二だが、アキラの言う通り、いつまでも寝転がっているわけにはいかない。

 意識もしっかりしてきた。自分も卓球に混ざるかと起き上がりかけた時。


「大丈夫ですか、誠二さん?」


 からかいではない、真心のこもった女性の声が、ふすまの奥より呼びかけてくる。

 なんの気無しに視線を向けて、誠二は息をのむ。


 全身に湯気を立たせ、旅館備え付けの浴衣を着た麗奈が、胸あたりでぎゅっと拳を作って押さえつけ、心配そうに誠二を見据えていた。












♢♢♢


作者コメント:

 夏合宿……旅館……女性トレーナー……何事も起こらないはずがなく……。

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