第25話 元カノが人生詰みかけているらしい(なお胸にはシリコンが詰まっている模様)

(ジムギルドと麗奈を救う? 俺が? 〈U.D.D.〉で?)


 やたらと神妙な顔つきをしていた晴好へ、どういう意味かと誠二は聞き出そうとした。が、先に身の上を聞き出されたのは誠二の方だ。

 ぽんぽんと肩を叩かれ、晴好の髭が頬に付きそうなくらい近付いてくる。


「それで? 若造よ。ギルド来る前はどこでシノギしてたんだ、ええ?」

「前の仕事ですか? だから、ただのサラリーマンですってば」


 嘘を吐いても仕方がないと、誠二は正直に答えた。


「スポーツ用品の販売員をやっておりまして」

「はぁん、なるほどねえ。どうりで『朝レナ』の案件ラッシュか」


 やはりライバルギルドの売れ筋コンテンツ『朝レナ』はきちんとチェックしていたらしい。

 晴好は得心いったように肩を離し、軽口を叩く。


「あれだろ? 俺らみたく本気でスポーツなりダンジョン攻略なり打ち込んでる奴らの、やりがいごと商品売り付けて搾取すんのを生業にしてやがる手合いだろ?」


 ──うわ、人聞き悪いなあ。

 ブラック企業だったとはいえ、前職を馬鹿にされると誠二もむっとする。その反応をすぐに察してか、晴好はひらひらと手を振った。


「ただのジョークだ、そうムキになんなよ。ま、お前さんのことだ、きっと真っ当な営業マンだったんだろうよ。ただなあ」

「ただ……なんですか?」

「うちのギルドに最近、そういう手合いからてんでソリが合わない話が舞い込んできてよ。あんまりにも割りに合わなかったんで、その日のうちに断っちまった」


 なるほど、やはりスポーツ用品店の中にも、ギルドや攻略者と直接取引しようとする企業が出てきていたのか。

 ご時世もだんだん変わってきたなあ──などと、誠二がジジババ臭い懐古に浸っている場合ではなくなるのも早かった。

 晴好からおもむろに聞かされた、愚痴にも近しい前職の悪評は、どうやら他人事ではなさそうであったのだ。


「別件で東京出張ってた時に、たまたまよ。けど、うちの連中は各々で好きなブランド選んで、武器なりアイテムなり使ってるんだからさ。業務提携させたいんなら、相応のメリットを提示してくれなきゃ話にならねえだろ? てめえの会社だけが『つるが倶楽部』の名前使って、甘い汁吸いたいっていう魂胆が見え透いてやがる」

「あー、なるほど、それは面白くないですね……会社単体では業績が危ういって自白しているようなものだし……」

「だろ? つうか、なんでよりにもよって北島派に声掛けるんだ、あの、は? 噂に聞けばあの会社、とっくに西城派とつるんでるって──」

?」


 思わず復唱してしまう。

 声を張り過ぎたか、意識をこちらへ向けていなかった女性陣まで反応してしまう。真凜にいたっては、おっぱいというワードに過敏となり、自身の慎ましい両胸を押さえつけ、ぎろりと誠二を睨みつける。


「誠二てめえ! なぁに麗奈とあたしのバストサイズで盛り上がっちゃってんの?」

「自意識過剰よマリマリ。そんなに自分のバストサイズが気になるなら、トレーニングと食事をもっと頑張りなさい」

「アキラてめえ!? そういう正論は聞きたくな──」

「は、はっは、はは晴好総帥……」


 誠二は見るからに動揺していた。

 弁明の言葉よりも先に、口をついて出たのは確認だ。世の中いろんな女性がいるし、バストの大きさも美しさも十人十色だろう。

 とはいえ、そのバストが印象深く残るほど大きな女性の営業マンなど、誠二は一人くらいしか心当たりを持たなかったのだ。


「どうした? そんなに女のおっぱいが好きか?」

「そ、その会社って……いえっ、営業に来たのって、もしや……」


 酒気が一瞬で抜けていくとともに、誠二は晴好の返事を聞いて、さあっと背筋の冷えを感じたのであった。




♢♢♢




 数日後。

 児嶋由美は本社で企画部長に呼び出しを食らっていた。


「業界のこともまともに調べんと……」


 バン! とデスクを両手で叩く強面の上司に、由美はびくと肩を跳ねさせる。


「西城派と競合してるギルドに唾付けようとするとはどういうつもりだ? 児嶋!」

「も、申し訳ありませんでした……!」


 怒鳴られると、由美は深々と下げる。周りではデスクに着いた本社勤めの同僚たちが、不安げな眼差しで事の成り行きを見守っていた。


「『TAISHOタイショー』さんを介した、西城選手を起用してのタイアップだけでは、弊社がダンジョン業界との距離を縮めていくための材料としてはまだまだ不足しているかと思いまして……」

「プロテインの最大手にスポーツ界の最大手を連れて、なにが他に不足してたっていうんだ、ええ!?」


 ──完全にしくじった……。由美は唇を噛み締める。



 自分が危うく店舗戻りとなりかけていたことで、『TAISHOタイショー』絡みの企画ひとつ担当するだけでは、決定打に欠けると感じたのは確かだ。

 それで、他のギルドとの業務提携を自ら決めてくることで、渡部支店長の目論見もまんまとかいくぐっての本社残留という筋書きを考えていたのだが。


 要するに、由美は会社の利益よりも、自分の利益を優先してしまったのである。



(『東西南北』の、ってなによう!? そんなのどうやって調べるのよ! ダンジョン界隈で戦国時代でもおっ始めてるとでも言うつもり!?)


 企画部長も、弁明の言葉に耳を貸す雰囲気など持ってはいない。

 実際、弁明している猶予もないほど、由美が招いた事態は深刻であった。


 由美一人が『つるが倶楽部』に厄介払いされただけでは収まらず、北陸に拠点を持つ他のギルドにも、その強硬な営業活動が知れ渡ってしまい、会社そのものが邪険にされつつあったのだ。

 同時に、まだ表沙汰になっていなかった会社と西城派との裏の繋がりも、ダンジョン界隈では明るみとなってしまう。『東西南北』の息がかかった一部ギルドでは『TAISHOタイショー』の不買活動まで行われているとか。


 すべては由美のリサーチ不足と焦りが招いた結果だ。

 企画部長も、由美を呼び出す前に、自分がさらなる上層部より揉まれてきたばかりで相当気が立っていた。




「だいたいなあ、スポーツ用品店がギルドとタイアップってのもさ。正直もう別に新しくないんだよ!」


 企画部長が唐突に、自分のスマホを取り出してくる。

 頭を下げたままだった由美の視界に映ったのは、彼女もいつしかに見た覚えのある映像。


「ぐっ……『朝から朝レナ!』……」

「『NIKKIニッキ』『ナイトメア』そして『オータニサイクル』! あっちこっちの大手ブランドが、とのタイアップをきっかけに、どんどんダンジョン業界への参入を決めてるんだ。うちはとっくに出足が遅れてるんだよ!」


 ──それは私だけが悪いんじゃない!

 由美は言い返したくなったのをぐっと堪える。



TAISHOタイショー』とのコラボ商品こそ、早ければゴールデンウィークの間に各店舗へ流通させるのが、当初の会社にとっての理想であった。

 しかし、企画会議や下請けとのやり取りがスムーズにいかず、延期に延期を重ねて足踏みしているうちに、次々と各ブランドが自ら企画を打ち立て、実行にまで移して行ったのである。


 スポーツ用品店は、あくまでも『NIKKIニッキ』など各ブランドとの業務提携で成り立っている商売だ。よほど強力なオリジナルブランドを持たない限り、会社単体で容易に成り立つような商売ではない。

 ゆえに、その提携先が勝手にコンテンツを量産していく現状は、すなわち自分たちが企画の中に入っていく余地を、失ってしまったということに他ならず──。



「児嶋。きみはまず、『TAISHOタイショー』さんとのコラボ商品がスケジュール通りに売れるよう、東京中の支店を走り回れ! それでも営業上がりか? なんのために企画部に移ってもらったと思っているんだ」


 その営業をもうやりたくないがためだ。由美は内心歯軋りする。

 綺麗なオフィスで、デスクワークとミーティングが中心の本社勤めをだらだらとやれればそれで良かった。

 だというのに、企画ひとつ通すためだけに支店を走り回る?

 それじゃあ定時上がりどころか残業ラッシュだ。店舗勤めの方がマシなくらいの重労働になってしまう。


「せいぜい、商品が売れていく現場を知っている人間ならではの働きを見せてくれよ。この企画がポシャれば、いよいよ『スポーツDASHダッシュ』は時代に乗り遅れたオワコン企業だ。そうなれば事業縮小まっしぐら……なあ児嶋。会社ってのは団体戦だ。ダンジョンとやらの攻略にしくじって怪我するのは自分一人かもしれないが、営業をしくじって会社のコスト削減で飛ぶのは、なにもきみ一人のクビだけじゃないかもしれないんだぞ!」


 ここまで突き上げられて、ようやく企画部長の説教から解き放たれる。

 痛い視線を全方面に浴びながら、由美はいかにも反省したような素振りで静かにデスクへ腰を下ろしたが──。


(どうしてあたしがこんな目に……すべてはあの間男のせいだわ……『朝レナ』とかいうふざけた動画コンテンツまで使って……許さない。絶対、このままじゃ終わらせないわよ、誠二……!)



 由美はめらめらと、怒りの炎をその瞳とGカップの両胸に宿していた。










♢♢♢


作者コメント:

『翔んで埼玉』続編は作者も観てます。上京して初めて分かる、武蔵野線ディスのおもろさ。


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