1章 Fランから始めるダンジョン脳筋攻略

第1話 カノジョを寝取られたので

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1:カノジョをオリンピック選手に寝取られたんだけど質問ある?



2:ない。解散

3:もう少しマシな嘘を吐いてくれ

4:寝取ったことならあるwww

5:とりあえず>>4はタヒね

6:で、それなんてラノベ? 書くんなら続きはよ

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 20XX年4月中旬、東京某所。


 だかせいは、適当に駆け込んだバーカウンターでスマホ片手に突っ伏していた。

 日付が変わり、ラストオーダー時間も過ぎた今、誠二しか店内に客はいない。

 カウンターでしばらく動かないでいた誠二の反対側で、グラス磨きしつつ、静かにうなだれた様子を眺めていたバーテンデーの老人が、


「飲み慣れてないね、アンタ」


 と呟き、本人の口から最後に聞き届けていた注文、おひやをコトリと置く。


「そろそろやめときな。明日に響くぜ」

「慣れてますよぉ」


 誠二はぼんやりした意識のまま、


「俺、けっこー強いほうなんでぇ。ビールだって焼酎だってぇ、酒の場じゃーいつも、誰よりもいっぱい飲んでますぅ」


 強がったのを、バーテンダーの老人はぴしゃりと。


「そいつはアンタの酒じゃねえ」


 初めて来た店なのに、誠二は図星を突かれたのかビクと肩を痙攣けいれんさせる。


 思い当たる節は山のようにあった。

 新入社員の歓迎会、上司と挑んだ取引先とのに接待、その先方との大きな契約を取り付けたことに対する、店舗内打ち上げ──。


「人付き合いの場だろ。アンタのための酒じゃねえ」


 ギリ、と誠二は奥歯を噛み締める。




 誠二は大手スポーツ用品店に勤める、新卒入社して3年目のサラリーマンだ。

 営業回りと残業続きの毎日で、こんな店へ単身で足を運ぶような暇もなければ、体力気力だって仕事終わりには残されていない。

 だが、今夜ばかりは自らすすんで酒に溺れずにはいられなかった。


「ああ……そうだよ!」


 ドン!

 カウンターをこぶしで乱暴に叩き、


「俺はずっと酒も仕事も、誰かしらのためになると思ってやってきたんだよ!」


 置かれたグラスををガシと掴んで一気に中身を飲み干す。


「会社だけじゃない! 親父にもずっと、誰かのために動け、働けって言われてきたんだ!」


 ガン!

 カウンターへ叩きつけるように置かれたグラスの音も、割れそうなほど痛々しい。


「誠二って名前は、と書いて誠二なんだ。身の周りの誰かにとって誠実さに欠けるくらいなら、一番になんかなるモンじゃないって。そういう生き方を続けていれば、いつか巡り巡って、その人生が自分のためになっていくモンだって……!」

「へえ。面白いことを言う親父さんじゃねえか」

「面白いものか! 俺はその身の周り、全員に裏切られたんだぞ!」

「なにかあったんだな?」


 確信めいた口振りで、老人に事のあらましを聞き出される。

 普段の誠二であれば個人情報に関わるような仕事の話を、そこいらの人間にペラペラ話したりはしなかっただろう。

 ましてや、ネットの匿名掲示板で、あんな突拍子もないスレッドを立てるなんて蛮行も。




 平たく言えば──年上のカノジョにフラれた。

 いや、カノジョを




 職場の先輩社員で、誠二が人生で初めて付き合い始めた女性だ。

 勇気を振り絞り告白して、オッケーをもらえた瞬間の喜びは、どんなに大きな新規契約を取り付けた時の興奮にもまさっていた。


 カノジョが店舗ではなく本社勤めとなったことで、ともに過ごせる時間は減る一方だったが、交際を始めてかれこれ二年ほど経つ。

 結婚とか、カノジョとの末長い将来も、ぼちぼち考えて良い頃合いだったはず。

 どれほど仕事がたいへんでも、会社を辞めたくなっても、カノジョさえいれば誠二はそれでじゅうぶんだったのに。


 カノジョの部屋で、見知らぬ男が一緒にベッドで眠っていた光景が、今も目の奥に焼きついていて離れない。

 いや。そいつは、見知らぬ男なんかじゃなかった。

 かといって誠二の知り合いでもない。会社の大手取引先のひとつと、深い関わりを持つ人物ではあったが。

 きっと、カノジョとも仕事中に接点を持ったのだろう。


 なにせその男は、誠二や職場関係者どころか──が知っている顔だったのだ。






「十種競技オリンピック前大会日本代表、西さいじょうゆう






「はっ? ……おいおい……」


 名前を聞くなり、老人は声を上擦らせる。


「そりゃあ本当かよ? 有名人じゃねえか」

「有名なんてもんじゃない!」


 誠二は机を殴りつけ、悲痛の声を上げた。


「今や国内で一、二を争う知名度だ。なんたってあのオリンピックじゃあ、日本人選手で初めて9000点超えを叩き出して、表彰台にまで上がってる!」

「あの点数で銀メダルなんてなあ。金でもおかしくなかっただろ? よその国のやつが世界記録ワールドレコードなんか獲らなきゃ……や、そんな話はどうだって良いか」


 さすがに物珍しい話だと、老人がグラスを置いてずいと身を乗り出す。

 少なくとも、目前の男は今の話を信じてくれたらしい。スレッドではあんなにも、冷ややかなコメントが送られてきたのに。


「てめえのカノジョさんとやらも、よくもまあ、そんな大物とお近付きになれたな」

「あの男がスポンサー契約してる企業は、うちの取引先としてはかなりの古株なんですよ。だからって、よりにもよってカノジョが浮気なんて……けどもう、どうしようもないでしょう?」

「どうしようもないってなんだ? 相手が誰だろうが、浮気したんはあっちだろ」

「浮気したほうが悪い、なんて常識も通用しないような相手じゃないですか。そんなパワープレイをかまされたら、俺みたいな店舗勤めのヒラ社員ごときじゃ太刀打ちできない!」


 机をもう一度思いきり叩き殴る。

 その衝撃で、グラスの水がわずかにこぼれた。


「周りの社員も、あの二人が親しくなり出したのを知っていただろうに、俺へずっと黙ってたんですよ! もらった仕事は全部真面目にこなしてきて、無遅刻無欠勤をずっと続けてきて、いくつか大きな契約も持ってきて……あの会社にずっと尽くしてきた俺への仕打ちがこれかよ!」


 誠二は歯軋りしながら頭を抱え、


「カノジョだけじゃない。俺は、あの職場の全員に裏切られたんだ!」

「なら、もうやめちまうか? 誰かのために生きるのは」


 老人はやけくそになった誠二へ姿勢を正す。


「親父さんの言いつけも破って、これからは、てめえ勝手な人生を送るか?」

「ああ……ああ!」


 うつむいたまま誠二は吠える。


「もうやめてやるよぉ、営業マンなんか! 乗り換えてやるよぉ、顔と筋肉でしか男を見てねえアバズレ女と、販売件数と労働時間の数字でしか社員評価を決めてないブラック企業なんか!」




♢♢♢




 そこまで言って、誠二が情けなくもえんえんと泣き喚いているのを、老人は少しの間黙って見ていたが。


「……まあ、少し頭冷やせ」


 こぼれた水を布でさっと拭き取り、


「そいつらがどうだかは知らねえが、アンタをずっと信じてきたやつまで、いっぺんに裏切っちまうことになるぞ」


 誠二が注文していないはずのカクテルを、カウンターへコトリと置いた。

 酔いで意識が朦朧としているのか、はっきりしているのか定かではない表情で、


「なんですか? それ……」

「サービスだ。飲んでみろ」


 誠二はずずと鼻をすすり、グラスを持って口元へ近づけてみる。

 香りに酒気こそ帯びていたものの、誠二がグイと中身をあおれば、この独特な味わいには覚えがあった。


(これ……プロテイン・カクテル?)


 不思議そうに老人を見上げれば、


「最初からすごいヤツが偉くなれるんじゃない」


 ゆっくりと、誠二のすさみきった心を鎮めるように。


「人生、どんなに辛かろうがいくら酷い目に遭おうが何度挫けようが、最後まで止まらずに進み続けられるヤツがすごくなれるし、偉いんだ。アンタも、自分が大したヤツじゃないなんて腐るには、まだ早いんじゃねえのか」

「……それは……」

「けどま、その女と職場には愛想が尽きたってんなら……なあ、アンタ。明日ばかり、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」


 世間話をするような軽いノリで誘われ、誠二は軽く首を捻った。


「はあ……?」

「オリンピックなんぞに出なくたって、日本もじゅうぶん広い。アンタみたいなヤツの助けを必要にしている場所も、その生き方に報いをくれるヤツも、他にわんさかいるだろうよ」


 老人がふと、視線を逸らす。

 その方角にあったのは、壁際に置かれ、延々と映像が垂れ流されている液晶モニターだ。


 リングの上で、誰かと誰かが戦っている。

 必死の形相を浮かべ、睨み合い、汗と血を身体中のいたるところで滲ませながら。


 格闘技? プロレス?

 いや、彼らは槍なり、銃なりなにかしらの武器を携えている。スポーツと呼ぶには、ずいぶんと物騒な肉弾戦を繰り広げているようだった。


(生放送……?)


 誠二はたまたま目に付いた、画面右上のテロップをなにげなく復唱する。


「『アンダー・ドッグ・ダンジョン』」




「ああ、そうだ」


 老人は力強くうなずき、誠二の両頬を押さえつけ、赤く泣き腫らしたその顔を自分の方へぐいと引き寄せた。


「アンタが生き方を変えるのは──生き様を裏切るのは、まだ早いかもしれねえぞ」











♢♢♢


作者コメント:

 カノジョ・カレシができるだけ、この主人公は幸せ。(by 某非モテ作者)


 毎日18:08に更新しています。

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