第13話 トレーニングも攻略もコンテンツ利用しない手はないので

「昨日も激しかったわね、誠二くん……♡」


 午前11時。

 ジムギルド『筋肉三倍段』の全体ミーティングに、誠二は初めて顔を出す。

 すぐさまシャワー上がりのアキラが隣に腰掛け、湯気立たせながら肩へそっと手を置き、柔らかな声で囁いてきても、誠二はそっけない態度を貫いた。


「その言い方は語弊がありますよ、アキラさん」


 置かれた手も丁重に払いのける。


「その節は2度目のご同行、ありがとうございました」

「ふふ、つれないわねえ。かしこまっちゃって。けどまあ、変に気を持たせようとしない誠二くんの誠実なところもアタシは好きよ」




 誠二は休息明けの昨日、アキラとともにC級ダンジョン『アカガモ商店街』を攻略していた。

 がもの商店街の裏道で出没するという、カモの姿をしたモンスターの行列を追いかけていき、モンスターたちがを回収するという、とてもシンプルかつユニークな探索クエスト内容であった。



 カモがネギではなく、赤色のパンツを背負っていたのだ。



 いきなりA級ダンジョンへ放り出された後のC級ともなれば、モンスターの質も(ついでにご当地ネタも)型落ちが過ぎて、ドーピングがなくとも今の誠二には余裕綽々しゃくしゃくである。

 とはいえ、先週末ずっと筋肉痛で身動き取れなかった誠二のリハビリと、この先長いこと続いていくであろうトレーニング三昧の肩慣らしには、ちょうど良い塩梅の難易度だったのかもしれない。


『アカガモ商店街』でアキラとともに繰り広げた珍道中は、もちろん、攻略映像としてカメラにきっちり収めている。

 そのデータの受け渡しと、攻略の報告も兼ねて、誠二は全体ミーティングに臨んでいた。




♢♢♢




 パイプ椅子を並べ、大部屋に集められた一同。

 誠二は入室してからずっと、ギルドメンバーの前で立っている麗奈の斜め後ろで、ちょこんと座している人物の存在が気になっていた。



 黒髪ショートボブの女性。

 童顔で、屈強な男たちが揃っている空間ではいっそう小柄さが際立つ。


 かといって少女と見做すには、ピアスを耳と下唇に垂らしていたり、ヒョウ柄の黒ブルゾンを羽織っていたりと、誠二が今までの人生ではあまり縁のなかった傾向のビジュアルをしている。

 革のハーフパンツも厚底ブーツも、トレーニングにはまったく向かない。

 ジムギルドという場所においては、静かに、誰よりも異質な存在感を放っていた。




(誰だろう……?)


 集合時刻になると、麗奈は部屋のカーテンを閉じ、暗くなった室内で壁へ吊り下げておいたスクリーンにとある映像を流す。


「はい、まずはこちらをご覧ください!」


 そんな明るい麗奈の合図を皮切りに、突如として流された映像で誠二は思わず席を立ちかけた。


(……ふぁああぁあああああっ!?)


 ボロボロのスーツジャケット。血まみれの顔。傷だらけの右拳。

 誠二が『ウエノサン』にて繰り広げてきたモンスターとの死闘が、ギルドメンバーたちの目前で晒された。


「と、いうわけで!」


 映像を流したまま、麗奈がまったく悪びれない笑顔を浮かべる。


「先週、華々しいダンジョン・デビューを飾った大型新人『セージ』さんの攻略動画、その完成版が先ほど納品されました〜! というご報告ですっ! いえいっ! ドンドンパフパフ!」

「は……っは、は、は」


 心の準備ができていなかった、誠二の呼吸にどっと負担がかかる。

 とてもじゃないが見過ごせない。やはり起立せざるを得ない状況だ。


「話が違いますよ、麗奈トレーナー! その動画はただの記録用って言ってたじゃないですか!」

「ええもちろん、まだチャンネルにはアップしてませんよ? ですからまずは、誠二さんに公開許可をいただきたく!」


 ──だから、話が違うって! 表には出さないって言ってたじゃん!

 そんな苦情の言葉を飲み込み、誠二は必死で麗奈の独断専行を止めようとした。


「そっそんなベルト頼りの不恰好な攻略……勘弁してください! 自分の筋肉も攻略も、世間様へお見せするにはまだ早いと思うんです」

「いーえいえ、そんなことはありません! もっと自信持ってください誠二さん! スーツ姿での右ストレートはかなり痛快でしたよ。それに、誠二さんの貴重な晴れ舞台、がっつり編集キメてもらえるよう、この──」


 言いかけて麗奈は、ずっと着席したまま仏頂面を浮かべ、黙りこくっている女性の背後に立つ。

 やや撫で気味の肩をぽんぽんと軽く叩き、紹介の言葉を述べた。


「私の大学時代の友人でマルチクリエイター、鞠元まりもとりんちゃんに外注しちゃったんですから!」

「大学? ご友人? マルチクリエイター!? ……ちょ、ちょっとすみません、新しい情報は小出しでお願いしたく──」

「久しぶりねえ、


 アキラがひらひらと手を振る。


「元気してたぁ? 相変わらず顔色悪いわねえ。ちゃんと食べてる? 睡眠足りてるの? 毎日トレーニングしろとまでは言わないから、せめてウォーキングとか、有酸素運動は生活リズムに取り入れておくのよ?」


 真凜は足を組んだまま微動だにしない。むすっとした表情で、開口一番。


「うっす。肉ダルマども」



 ──く、口悪りぃ!?

 それ、トレーニングを生き甲斐にしてるマッチョ自慢たちには一番言っちゃいけないヤツぅ!


「あたし、運動全般は基本ROM専なんで。脱サラ攻略者の『ガン・トバース』戦、確かにそこそこ見応えはあったよ」


 批評家ヅラした小生意気な玄人を気取った真凜は、ふいとスクリーンへ視線を飛ばす。


「けど、次からはもうちょい画角を意識した立ち回りをよろしく。映える編集に映える動画素材は必要不可欠なんで」

「は、はあ……はい……善処します……が、それとこれとは話が別でして……」

「お願いしますっ誠二さん! 契約通り、もちろんギャラはお支払いしますので!」


 両手を合わせ、懇願のポーズを作る麗奈。

 女性の、それも年下らしき人にそういう姿勢を取られると誠二は弱い。

 営業時代のイエスマン気質が染み付いていて、なかなか離れてくれないのもあるだろう。誠二はぐっと言葉を喉奥に封じ込める。


「来週は待ちに待ったゴールデンウィーク! 〈U.D.D.〉がオフシーズンの今だからこそ、攻略配信やそれ以外の動画コンテンツに、もっとバリエーションを持たせていきたいんですよ〜!」

「コンテンツ強化……? あー、そういう……」

「本日のメイン議題も実はそれです。『筋肉三倍段』公式チャンネルの、来週以降の運営方針について、どうか皆さんの筋肉だけではなく、知恵もお借りできたらと!」


 公式チャンネル、ねえ。

 確かに『ゴールデンウィーク』という年度始めの大連休は、新規顧客を呼び込むのに打って付けの期間ではある。


 つまり、これは一種の企画会議ということか。

 元職場では営業と、しか基本的にやってこなかった誠二。

 体当たりでゴリ押せるダンジョン攻略ならまだしも、その手のアイディア出しはあまり得意としていなかったが──。


(コンテンツ…………? うっ、頭が……!)











♢♢♢


作者コメント:

 みっなさーん!

 新ヒロイン・マリマリにうんと近い生活リズムしてる作者が、妄想で書き殴ってるマッスル連載は楽しんでますかー?(マッスル弱者乙)

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