第14話 ジムギルドとトレーナーの筋肉をもっと世に広めたいので

「数字だけがすべてじゃない、ってのは分かってるんだけど……」


 落ち着きを取り戻した大部屋で、アキラがふぅとため息を吐く。


「もうちょっと伸びても良いわよねえ、うちの再生数」

「はいぃいい〜……そーなんですぅ……」


 それが言いたかったのだろう、麗奈はがっくりと肩を落とした。

 誠二のデビュー攻略動画に続いてスクリーンへ映し出されたのは、動画投稿サイトの『筋肉三倍段』公式チャンネルだった。


 チャンネル登録者数は、1万をそろそろ超えるか否かの絶妙さ。

 週に2、3回ほどこまめに攻略配信の動画を更新し続けているチャンネルらしいが、どの動画もたいていは再生数1万未満という、なんだか冴えない感じだ。


 かろうじて動画の『収益化』はできているそうだが──。




「あの、質問いいですか」


 誠二も着席し直し、そろりと片手を挙げる。


「はいどうぞ!」

「素人質問で恐縮ですが……こうやって動画チャンネルの運営をしているギルドは珍しくないんですよね? もしこれが専業『配信者ストリーマー』のチャンネルだったなら、確かに今後が危ぶまれるでしょうけど。、あるいはダンジョン攻略配信の動画としては、どんな感じなんですか? すみません、自分はまだ、こっちの界隈に関しては不勉強でして……」

「そーですねえ」


 決まりが悪そうな表情を作り、麗奈はかけてもいないメガネをかけ直すような仕草をした。


「ぶっちゃけ、ギルド発のコンテンツとしても厳しめかな〜とは……いえっ! 皆さんはものすんごく頑張ってくださってるんですよ? 素晴らしい攻略ばっかりで、私もいつもたいへん助かってます! ただ〜……」

「ま、しょうがないんじゃない?」


 口を挟んだのは仏頂面を続けている真凛だ。


「『筋肉三倍段』って、麗奈が短大出て立ち上げた2年ぽっちの新興ギルドじゃん」

「え、そうなんですか? マスターじゃなくて、麗奈さんが作った……?」

「雅人には設立する時に融資してもらったり、今は、マスターとしての名義を麗奈が貸してもらってるだけ。先生はギルド界隈じゃ名の通った、殿堂入りの攻略者だからさ」


 真凜はじとり、と冷ややかな視線で誠二の素朴な反応を訝しむ。


「んなことも知らないのかよ、お前。素人質問で〜つって、マジに素人丸出しなヤツ初めて見たんだけど?」

「め、面目ない……」

「雅人先生、つーか、『東出派』を知らないとかあり得ないわ。その程度の認識で、よくもまあ麗奈にホイホイ釣られて脱サラしようなんて思えたね」

「はは……」


 決して間違ってはいないだけに、誠二はただ愛想笑いを返すしかない。

 毒舌にも嫌味妬みの言葉にも慣れっこだが、麗奈の友人にはいったい、自分のことがどんな風に見られているのかは多少気がかりである。



 まあ、未熟な自分自身がボロクソ言われるのは別に構わない。

 そんなことよりも──『東出派』?

 なんだ、その、いかにもダンジョン攻略には流派があるんです〜みたいな大袈裟?



 誠二の心にモヤをかけたのは、むしろ真凜が口走ったこっちの情報だ。

 あまり都合の良い話ではないのだろうか、あきらかに麗奈が気を動転させている。


「ちょ、ちょっとマリマリ! 今その話はしなくて良いから!」

「良いわけないっしょ。知らなきゃモグリだよ? 大袈裟じゃなく、マジであるんだって。ダンジョン界の4大流派」



 ──ダンジョン界の4大流派?

 なんだ、その、いかにも『ほにゃらら四天王』みたいな中二病?



「どんな業界にだって流派も、だってつきものさ。ダンジョン協会を立ち上げた家元でもあるしね。九州の『南派』、北陸の『北島派』、関東の『東出派』、そして関西の──」

「やめてマリマリ!」


 食い入るように真凜の話を聞いていた誠二だが、その話を遮ったのは麗奈だ。

 腕を伸ばして、二人の間にぐいと体ごと割り込んでいく。


「え? れ、麗奈トレーナー」

「流派とか勢力とか、どーだって良いんです! ダンジョンという深淵と、マッスルという神秘の前に、私たち攻略者はみんな対等なんですからっ!」

「そうね、麗奈ちゃん」


 アキラがしきりにうなずいている。


「あなたのそんな心意気に惹かれて、アタシたちはこのギルドに集まったんだもの。動画チャンネルの運営も、トレーニングとおんなじ。気長にコツコツ、実績を積み上げていくしかないんじゃないかしら……ただね?」


 ふらと立ち上がってきたアキラが、スクリーンと接続している麗奈のノートパソコンをいじり始める。

 画面もチャンネルのトップページから、とある動画へと切り変わった。


「『朝から朝レナ!』──このトレーニング配信ばっかりは、もっと伸びてもバチは当たらないんじゃないかしらってアタシは思うわけ」




♢♢♢




 今朝も生配信していた『朝から朝レナ!』。

 アキラの呼びかけで、他のギルドメンバーたちも同調するように口を開く。


「そうだそうだ!『朝レナ』はもっと伸びろ!」

「俺は毎朝ループ再生してるぞ! もちろん脳内ではミリオン再生している!」

「『朝レナ』を見ながらトレーニングしなきゃ、朝が始められない筋肉にまで仕上がっているんだよ!」


 ──な、なんだ? 急に部屋の湿度が上がった気がする……。

 真凜はうざったそうに顔を背け、誠二は苦笑いを浮かべた。



 かくいう誠二も、今朝の電車ではずっと『朝レナ』を見ていた。

 彼女の笑顔とみずみずしい筋肉で、元気をチャージしたかったという浅ましい事情もあるが、なにより、リアルタイムで流れていくコメント欄──つまり、であるリスナーたちの反応を観察したかったのだ。



「麗奈ちゃん、せっかくいつも早起きして体張ってくれてるのにねえ」

「ええ〜? いやいや! 体張るなんて大層なことはしてませんよ〜! トレーナーとして当たり前の仕事をこなしているだけです」


 その言葉に、アキラは眉を下げただけに終わったが。

 体は間違いなく張っている。おそらく、彼女の思惑とはいささか外れた形で。




(まあさ……この手のネットコンテンツで数字伸ばすのに、一番効果的で結果が早く出るのは確かに……ごにょごにょ……なんだけどさあ……)


 純粋にトレーニング習慣の布教と、ジムギルドの宣伝に勤しんでいるに過ぎない彼女へ、そういったコンテンツ提供を求めるのはあまりにも酷だ。

 誠二もアキラも、ここにいる誰しもが、そんなことをあえて口に出す必要もないくらいに分かりきっていたのだが。


(なんなら、逆効果だ。あのコメント欄の感じ、今以上にそっち路線へ走るとリスナーの質が……平たく言えばが落ちてしまう)


 実際、すでに下心丸出しなリスナーは群がりつつあった。誠二は考える。


(足りないのは麗奈トレーナーやギルドメンバーの努力ではなく、『筋肉三倍段』そのものの知名度か。となれば、『朝レナ』にも負けない強力なコンテンツを新しく作るか、あるいは……)




♢♢♢




「もうすぐ世間はゴールデンウィーク! せっかく日本人がアクティヴになる大型連休、私たちも筋肉を鍛える他に、打てる手はあるはずなんですが……!」


 麗奈のすがるような声で、ガタンと。

 再び立ち上がってきた誠二に視線が集まる。


「せ、誠二さん? 今度はどうしました? もしかして!」

「俺の筋肉は、まだまだ皆さんには及びませんが」


 誠二は胸を張る。


「打てる手なら、あります」




 ──俺だって、あの動画はもっと伸びて欲しい。

 なんせ彼女のトレーニングする姿は。

 彼女が鍛え上げた、その筋肉は、こんなにも美しいじゃないか。


(ふう。いっちょ、俺も一肌脱ぎますか、ね……!)


 ミーティングが解散するなり、誠二はアップを始める。 

 いち麗奈のトレーニーとしても──元営業マンとしても、腕の見せ所だ。











♢♢♢


作者コメント:

 脱サラ攻略者、動きます。

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