第35話 ダンジョンもダンジョン業界もひっくり返してみた

 かくしてジムギルド『筋肉三倍段』のダンジョン夏合宿2日目は波乱の幕引きとなる。


 真凛がDJピーチを地上へ飛ばし、SOSを送ったことで、昼にはダンジョン協会の関係者たちが『箱根城』へどっと押し寄せた。

 最下層から出られなくなっていた攻略者たちを引っ張り上げるなり、協会が始めたのはもちろん、ダンジョンの現状調査だ。


「こ〜りゃいかん」


 ダンジョンより戻ってきた監査担当の男が、ペンで額をごりごり擦って難しい表情を浮かべる。


「地形だけでなくモンスターの巣とおぼしきところもことごとく潰れてらぁ。特にエテコウは壊滅状態。こっからは当分、掘ってもなぁんも出てこないぞ」

「ええと、それはつまり……?」

「最低でもb地点はだな。他の地点も、こんだけ派手に荒らせばモンスターが住める環境になにかしら影響を及ぼしてるはず。足場もないほどモンスターであふれ返るか、逆にエテコウのいっぴきも寄り付かなくなるか。とにかく、俺たち人間様が攻略に値するレベルまで修復できるよう、月日をかけて経過観察だ」


 そんな――と一同は途方に暮れる。

 勇翔が為したのは、

モンスターの生態系がひっくり返る規模のダンジョン攻略だったというわけか。


 いや。

 それは果たして、本当に攻略したと言えるのだろうか。

 攻略どころか侵略の域を超えた、完全制覇──征服にも等しい行いだ。




 そして、勇翔が彼らへもたらした影響はいちダンジョン内に留まらなかった。 

 ヒノウミネズミとの激しい戦闘により、怪我人も少なからず出ている中でも、誰より被害をこうむったはずの撮影スタッフ陣は存外図太い神経をしていて───。


「こ〜れは撮影になりませんなあ」


 ディレクターが参ったと言わんばかりの大袈裟な声を出す。

 今日の撮影は中断が当たり前、コマーシャルの内容そのものも全面見直しが濃厚、と誠二やギルドの面々は誰しもが感じていたのだが。


「由美さんのカットは撮れてるから、あとはスタジオ帰って西城選手にもう少しお付き合いいただいて、もう背景はCG頼みだ」

「……コンプラがうるさい今のご時世で、を取り止めようという判断にはならないのねえ?」


 ディレクターの呑気な言動にアキラは呆れを隠さない。


「危うくスタッフが死ぬところだったのに。ここが素人の出る幕じゃないってのはこれでもう分かったでしょう? 今回のことが表沙汰になれば、マスコミや世間様に突き上げられるのは勇翔くんじゃなくておたくらよ?」

「ダンジョンが危険地帯なのは我々もハナから承知してますってば。それに……ふふ、西城選手の〈U.D.D.〉出場……ふはは! どうりでダンジョン協会様も乗り気だったわけだ」


 アキラはさっと顔色を変える。

『箱根城』での撮影許可は下りていないはず。なぜこのタイミングで、協会の話が出てくるのか。


「おや、ご存知ありませんか? ネット配信しかやってなかった〈U.D.D.〉は、近いシーズンでのが内定しているんですよ」

「んだと!?」


 真凜もディレクターへ詰め寄り声を荒げる。

 さっきまでは各人への顔色伺いに躍起となっていたはずのディレクターが、先ほどの勇翔の圧倒的な実力を見てか、怯むどころか謎の自信を見せていた。


「さすがに来月のシーズンには仕込みが間に合わなかったようですがねえ。いやあ、もったいない。けどま、CMで西城選手のご活躍っぷりが茶の間で浸透する頃には準備も整うでしょう。満を辞してというやつですな」

「ば、馬鹿やろ……ネットとテレビじゃリスナー層もコンテンツの需要も全然違う! あんなルール無用の血生ぐさいバトルが、茶の間に流せるはずが」

「エンターテインメイトに今さらルールもへったくれもないでしょう! コンプライアンスの線引きだって、毎秒のように変わってしまう世の中です。つまりすべては視聴率、すなわち数字が正義!」


 ディレクターは声高々に笑って両手を広げた。

 曇り空ではゴロゴロ……と雷雨の予兆も聞こえてくる。


「時世という話であれば、今やネット人気がテレビ人気に直結する時代! アニメが流行れば声優が注目を浴びるように! 動画配信が流行れば配信者がもてはやされるように! お喜びください、アンダーグラウンドの住人だった皆さまがた。今度はあなたがたの番です」


 なにに恐怖しているのだろうか、真凜は顔面蒼白となって数歩後ずさった。

 アキラも苦々しい表情を浮かべていて、「まさか、ダンジョン協会がそんな話を承認してしまうなんて……」と呟く。


「ダンジョンが流行れば、あなたがた攻略者が喝采を浴びる! それも、西城選手というスポーツマンおひとりの活躍によって! ああ、なんてコスパの良いことか! これは、あなたがたのダンジョン業界をサブカルチャーからメインカルチャーへと進化させる絶好のチャンスなんですよ? むしろ我々マスメディアに感謝していただきたいくらいだ」


 にたりと卑しい笑みをこぼし、ディレクターが振り返ったのは由美である。


「このタイアップを引き受けて本当に良かった。一時は企画自体がおじゃんになりかかり、どうなることかと思いましたが……これで『TAISHOタイショー』も、西城選手とスポンサー契約を結ぶ企業として! スポーツのみならずダンジョン業界の最先端を行く企業として! 胸を張ってプロテイン市場に立てますよ」



TAISHOタイショー』だけではない。

 スポーツ用品店『スタートDASHダッシュ』も、単なる由美の持ち込みではない、各業界全体の動きを見越した大掛かりなタイアップ企画へと、誠二の知らぬところで変容していたのだ。


 由美も地上へ出てからずっと眉をひそめていたが、ディレクターの力強い言葉に背中を押されるように、やがて腹筋に力を入れ、姿勢を正し、惜しげもなくGカップを見せつける。


 すべては会社の業績──いや、自分自身の野望がために。

 たとえ、この双丘を見せ物にされようと、自分が時としてコンテンツ利用され、駆り出されようとも。




 由美も、すでに腹を括っていたのだ。後戻りするつもりはない。

 たとえ日本全国のダンジョンが、ダンジョン業界全体が、勇翔の筋肉の暴力によってひっくり返ろうとも。


 次シーズンの〈U.D.D.〉に出るわけでもない、元カレごときでは。

 誠二ごときではとうに止められない段階ステージまで、話はもう進んでしまっていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

五輪選手に彼女を寝取られたので、ジムギルドの美乳トレーナーと鍛えた筋肉で配信型ダンジョン〈U.D.D.〉を完全制覇します! ~Fランから始める人生やり直し脳筋攻略 那珂乃 @na_kano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画