第3話 筋肉がすべてを解決してくれるらしいので

 喧騒を避けるように個室へ通される誠二。

 ランニングマシンをドタドタと駆ける音が、壁を挟んでも複数聞こえてきた。


「こちらをご覧ください」


 麗奈は机を挟んだ向かいの席に着くなり、壁際に置かれた大きな液晶モニターのスイッチを入れた。

 画面に映し出されたのは、誠二がつい昨晩バーでも見た、全体が黒くて血なまぐさい光景。

 やはり、人と人がリングの上で戦っている。


「あ……『アンダー・ドッグ・ダンジョン』……」

「そう! このは、名古屋に本部を持つ『ダンジョン協会』が運営管理し、ネット番組として配信をしています」


 画面端のテロップには『B5F』と書かれてあった。


「『筋肉三倍段』からも、このダンジョンの攻略を目指して、日々トレーニングに励んでいる方が数多く在籍しているんですよ」




 麗奈の説明によれば、〈U.D.D.〉の全容はこうだ。




 4月・8月・12月の年3回、ダンジョンは開放される。

 攻略者であれば誰もが挑めるわけではなく、先に地上での『予選会』へ出場し、勝ち抜いたりすぐりの猛者のみが〈U.D.D.〉本戦への参加資格を得られる。


 シーズン毎に本戦へ進めるのは、わずか5名。

 しかも、ひとたびダンジョンに潜ればB1F、B2Fと、階を下りていくごとに攻略者の行く手を阻む『モンスター』が待ち構えているのだ。


 最下層はB6F、つまり、モンスターは6人。

 全員が俗に言うレアモンスター並みの実力を持っており、推定ランクはA級以上だとか。


 それら全員を倒せば攻略成功──〈U.D.D.〉のとなる。




「このダンジョンが開放されて、かれこれ5年経ちましたが……」


 麗奈は目を伏せた。


「B6Fのラスボスを打ち破れる攻略者が、いまだ一人も現れておらず……」

「完全制覇者はゼロ、と?」


 誠二に聞き返されれば、残念そうに首を振る。


「この映像はつい昨日行われた最新シーズン、その最終戦です。この攻略者も健闘はしましたが、B5F留まりで、ラスボスに到達することも叶いませんでした」


 攻略者と思わしき槍を持った男が、リングで倒れ伏していた。

 その男が再び起きてくることはなく、モンスターと呼ばれた銃を持った男が、両手を上げ、ウォオオオと雄叫びを上げている。


 なんだか、本当にプロレスや格闘技よりも物騒な試合だ。

 さっき電車の中で眺めていた、男女グループなどが出たところで、場違いにもほどがありそうなほど白熱したダンジョン攻略を繰り広げているようだった。


「正直、俺の知るダンジョンとはイメージがかなり違いますね」

「そうでしょうとも! もちろん、誠二さんにとって馴染みがあるほうのダンジョン攻略にも、私たちは積極的に取り組んでいますよ。継続的にトレーニングを積みながら、安定して収入を得られますから……でもっ!」


 バン! とモニターを叩く麗奈。


「私たちが真に目指しているのは、〈U.D.D.〉の完全制覇なんです!」


 その瞳にはメラメラと、熱い闘志をみなぎらせている。

 誠二もその熱量に押されるように、次第に真剣な面持ちとなって、麗奈の話に耳を傾けていた。




「今から攻略者を志そうとする人は、だいたい皆さん、とにかく結果を求めてギルドに集まってきます。その目的意識は私たちギルド側も同じ」

「結果……ダンジョン攻略の目的ですか」

「はい。お金をたくさん稼ぎたい。攻略配信で注目を浴びたい。女性にモテたい」


 ぎくりとする誠二。

 もしや、バーでの話を老人に共有されてしまっているのか?

 カノジョを寝取られた(しかもオリンピック選手に)なんて途方もない話を?


「もちろん、〈U.D.D.〉を完全制覇したいというのもひとつの結果ですよね?」

「そりゃ、まあ……稼げて、注目も浴びて、とにかくたくさん数字を取れるから、みんなダンジョンに潜るようになったわけで──」

「そう、数字!」


 ズバリ言い当てられたような顔で、麗奈は声を張った。


「最近の攻略者も、私の大学時代の友だちとか……なんだったら、そこらへんのサラリーマンだって、みぃんな数字の話ばっかりしたがるんですよ!」


 不満げに頬を膨らませ、


「そんな皆さんに私は、ひとつ言いたいことがあります!」


 モニター画面をぱっと消す。


「攻略者の皆さんは、結果を出すためにご自身がした努力、トレーニング、ギルド内外での交流。そういった過程を重んじてこそ、最後に得られる収穫も大きくなる──とは、考えられないのでしょうか?」


 重々しい口振りで放たれた言葉に、誠二は息を止めた。


「最近のギルドも、ただ攻略者を雇ってダンジョンへ派遣するばかりで、攻略させるためにさせるべき万全の準備や、トレーニングを怠っています。自分たちで鍛えて上げよう、攻略者を自分で育てようという気概が、まったく感じられないんです!」

「……えっ。あ……!」

「そういったギルドの体制を、攻略者の皆さんも良しとしてしまっている。それでは、いつまで経っても攻略者は育たないし、もちろん攻略に失敗した時のリスクも段違いです。怪我、病気……すぐにモチベを落として攻略者を辞める人も多い」



 とにかく数字だけ取らせて、使い物にならなくなったらすぐにポイ──。

 同じだ、と誠二は唇を引き結ぶ。

 ギルドも、会社も、やっていること、抱えている問題は同じだったんだ。



「そのダンジョンだって無限ではありません。なんの計画性もなく手当たり次第に掘り起こしているだけでは、いずれ資源が枯渇します。そうしてダンジョンの閉鎖が続いていけば、やがて残るのは誰も攻略できないS級モンスターが潜む危険地帯のみ」

「ああ……あぁあ……!」

「そんなダンジョンにすすんで挑みたがる人間が、その頃には果たして何人残っているやら……はあ。想像しただけでも恐ろしいです」


 麗奈は額を押さえる。


「〈U.D.D.〉はそんなダンジョンが抱える問題を解決するべく、ダンジョン協会によって企画された、言わばダンジョンとして理想の形を追い求めたがゆえのなんです! ネット番組としてのエンタメ性をも確保し、人をモンスターに見立てることで、ダンジョンを永続的に維持していく画期的なシステム!」

「はー……それで人間同士が戦ってたんですか」

「おかげで、知名度もわずか5年でものすごく上がりました。お笑い芸人にとってのエムワン、小説家にとってのナオキ・アクタガワと呼んでも過言ではないくらいに、今や攻略者にとっての登竜門、国内でもっとも有名なダンジョンとなりました!」


 ただの怪物モンスターではなく、人の姿をした怪物モンスターに挑むダンジョン。


「出場希望者も観戦者も、番組のリスナーも回を重ねるごとにどんどん増えてます。もちろん、出場する攻略者のレベルも上がっています。ゆくゆくは地上波に進出し、あらゆるプロリーグにも引けを取らない──」




、神聖なお祭りとなっていくでしょう」




♢♢♢




「……っ! オリンピック……!?」


 話があまりに壮大過ぎる。もちろん現段階では、彼女の話もまだまだ夢物語に過ぎなかったんだろうが。

 ずっと遠い存在だと思っていたオリンピックが、みるみる身近となっていく感覚。

 椅子へ腰掛けたまま呆ける誠二に対し、麗奈はなおも冷めない熱量で、ぐっと堅い拳を作っていて。


「もう一度伺います、誠二さん。なりたい自分がありますか?」

「……俺、は」

「私にはあります! ここをギルドではなくにしたのは、ただ攻略者を雇って斡旋するだけではなく、一緒にトレーニングを重ね、ミーティングを繰り返し、トレーナーとして少しでも多く皆さんの希望を叶えられるよう、攻略者を二人三脚で育てていく場所にしていきたいという、私自身のをすべて詰めこんだからなんです!」


 彼女の言葉からひしひしと伝わる、本気、パッション。


 誠二は次第に理解していく。

 バーテンダーの老人が言っていた「今の生き方を諦めるな」とは、このジムギルドと、女性トレーナーを思っての説法だったのか。



 自分がなしてきた、これまでの生き方を心の底から認めてくれる人。

 自分の生き様に報いをくれる場所。

 ここに行けば、もしかすれば出会えるかもしれない──と。



「そして、いつか! 『筋肉三倍段』で自分自身の肉体と精神を磨きに磨き上げた、ギルドメンバーから──」


 汗水垂らし、誠心誠意を込めて出した結果が、数字が──ジムギルドにとって。


「〈U.D.D.〉の完全制覇者が出る。これが、私のトレーナーとしての悲願なんですっ!」


 麗奈にとっての、結果にも繋がっていく。


 ただ消費されて使い捨てられるだけの会社ではない。

 一緒に自分の夢を叶えて応援してくれるこの場所、この人となら、誠二はまだまだ頑張れるような気がした。



 ああ……かもしれない。

 このジムギルドのためなら──彼女のためであれば、まだ俺は戦える。











♢♢♢


作者コメント:

 KADOKAWAサクラナイツを応援します。(唐突)推しはもちろんおかぴー。

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