第34話 魔女裁判、開廷
今にも泣きそうな、厚い雲が空を覆う朝だった。
円形の舞台を囲むように設置された傍聴席には、埋め尽くさんばかりの人が座っている。
どの人も、これから始まるのは裁判だというのに、まるでサーカスを観に来た観客のようだった。
ここに居る誰もが、これから行われる魔女裁判を心待ちにしているようだ。
ある者は楽しげに、またある者は憎しみに満ちた顔で、その瞬間を待っている。
傍聴人たちの席の間を通る一本道は、まるで主役が通る花道のよう。
その道を、一人の厳つい男が縄を持って歩いて行く。縄の先には、黒いローブを着た女性──フレイズがつながれていた。
フレイズの容姿を見て、人々は口々に「魔女だ……」とささやき合う。
真っ白な髪に赤い目は、異形の者のしるし。魔女であるという証拠なのだ。
中央の被告人席にフレイズがつながれると、傍聴人席は殊更騒がしくなった。
「忌ま忌ましい魔女め!」
「人喰い魔女! よくも、あたしの子供を食ったな! 子供を、子供を返しなさいよぉぉ!」
痛ましい母親の叫びに、フレイズは悲しげに顔を伏せた。
母親の顔は、助けようとした少年の一人とよく似ていたからだ。
(あの子たち、無事に逃げられなかったのね。私は、どこで間違えてしまったのかしら。助けたかった、だけなのに……)
少年たちは、どうなってしまったのだろうか。
ただの一人も助かることはなかったのかと、フレイズは悔しそうに唇を噛む。
「俺の息子を返せ!」
「そうよ! あたしたちが何したって言うんだい!」
フレイズだって、何もしていない。
彼女がやってきたことは、貧しい村人に無償で高価な薬を分け与え、自らの危険も顧みず少年たちを助けようとしたことだけだ。
それなのに、何も知らない彼らは平然と彼女を傷つける。
持ってきた腐った卵や小石を、傍聴人たちは容赦なくフレイズへ投げつけた。
しかし不思議なことに、小石のいくつかはフレイズの足元に届いたが、卵は一つも当たらなかった。そのせいで、人々はますます怒りを燃やす。
「魔法で防御しているに違いない!」
躍起になって小石や卵を投げても、一向に当たらない。
その代わり、投げる手元が狂った卵の一つが、裁判員席に座っていたサントノーレに当たった。
「おい、誰だ! 王子たるこの僕に卵を投げつけるなど、無礼だぞ! 誰がやった!」
ギャアギャアとサントノーレが騒いでも、誰も答えない。
答えられるはずがないのだ。答えたら最後、魔女が処刑される前に自分の首が飛んでしまうのだから。
「サントノーレ様。そのお召し物では裁判などできないでしょう。着替えをご用意いたしますので、別室へどうぞ」
裁判員席に座っていた貴族の一人が、サントノーレに助け舟を出した。
「申し訳ない。サントノーレ様はこれよりお召し替えをするので、裁判は今しばらく待ってもらいたい」
偉いお方の命令とあっては、平民は文句を言えない。
誰も彼もが口をそろえて、「どうぞどうぞ」と言った。
サントノーレの文句はなかなか終わらず、裁判は予定よりも一時間も遅れて始まった。
裁判官が、
「静粛に!」
裁判官の威厳ある声に、誰もが口をつぐむ。
裁判員とは名ばかりの、魔女裁判に招待されていた貴族たちは首をひねった。
なぜなら、本来魔女裁判とはこのような厳粛な雰囲気で行うものではないからだ。
サントノーレは、ニヤニヤと下品に笑いながら被告人席につながれるフレイズを見下ろしていた。
期待していたような卵まみれの姿ではなかったが、この世の終わりのような顔をして彼女は裁判官を見つめている。
「ふふふ。絶望しているぞ。忌ま忌ましい魔女め、もっともっと絶望しろ。そして、助けてくださいとすがるが良い。誰も助けやしないけどな!」
サントノーレの言葉に、周りの貴族は同意するようにクスクスと笑い合う。
それに感化されるように、傍聴席にも魔女を嘲笑うような空気が広がっていった。
この裁判所は、すり鉢状の形をした建物になっている。
中央に被告人席、それを囲むように傍聴席。さらにその後ろに裁判員席があり、一番上、最も高い席が裁判官の席だ。
だからサントノーレは、着替えている間に裁判官が入れ替わっていたことに気付かなかった。
傍聴人たちも、裁判員たちも、もちろん気付かない。
気付いたのはたった一人、フレイズだけだ。
彼女は苺のように真っ赤な目をまん丸にして、裁判官を見つめていた。
目を見開いて
裁判官は、フレイズにパチンとウインクしてみせた。
彼らしい合図に、涙があふれる。フレイズは彼だけにわかるように、小さく頷きを返した。
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