第12話 正義の子どもたち

 近くの村で病がはやり始めたのか、森の入り口に置かれた鐘の音は日に日に増えていった。

 響きの悪い錆びた音を聞く度に、ポヴィドルは億劫そうにお菓子の家から出ていく。


「うへぇ。もう何度目だよ、呼び出されるの。こっちの身にもなってみろってんだ。坊ちゃんのおかげで時間が増えても、これじゃあちっとも休まらない。村の人間たちは薬をもらうだけもらっておいて、礼も言わねぇ。それどころかこっちを悪魔かなんかみたいに嫌そうに見てよぉ。はぁヤダヤダ」


「百年以上も生きていて二足歩行する猫なんて、悪魔みたいなものじゃない」


「人間様を怯えさせないように、猫らしくしてやってんだぞ、これでも。まぁ、フレイズに言っても仕方ねぇ。おまえは薬作りをやめないし。やめてほしいとも思わないしな。しゃあない。んじゃ、行ってくるわ」


「はいはい、いってらっしゃい。気をつけて」


 ブチブチと文句を言いながらもフレイズに行かせないあたり、さすが兄貴分といったところだろうか。

 ポヴィドルは盛大にため息を吐きながら、前足を地につけて猫らしく歩いていった。


 ポヴィドルがいつものように森の入り口へつながる秘密の通路を抜けていくと、古びた鐘が釣り下がっている場所へ出た。

 さぁ今度は何用だと顎を上げて見やると、鐘の近くに数人の子供がわらわらと固まっているのが見える。


 ポヴィドルの尖った三角に耳に、「ミィ……ミィ……」とか細い鳴き声が聞こえてきた。

 子供たちの足元の隙間を見てみると、ポヴィドルに似た、黒くて小さな猫がぐったりと倒れている。


「なんてこった!」


 ポヴィドルは瞬時に理解した。

 子供たちは正義の味方ぶって、子猫を痛めつけているに違いない。


 魔女やその使い魔である黒猫のポヴィドルを、村の人たちはさげすんでいる。

 その子供である彼らもまた、魔女や黒猫を忌み嫌うのは無理からぬことだった。


 おそらく、黒い子猫はポヴィドルと勘違いされたのだろう。

 鐘を鳴らせば使い魔が出てくる。そうしたら、取り囲んで倒せば良い──そんな幼稚な策を考えながら子供達が待ち構えていると、タイミング悪く黒い子猫がやって来た。


 哀れな子猫を放っておくほど、ポヴィドルはではない。

 面倒なことになったと舌打ちしながらも、その黒くしなやかな体で子供たちの足の間をすり抜け、子猫を口に咥えて走り去ろうとする。


 だが、子供たちも逃げられることを見越していた。

 一体どこで手に入れたのか、捕獲用のマジックアイテムを持っていたのだ。


 拘束する魔法が付与されたその網は、すぐさまポヴィドルと子猫へ投げつけられた。


「……くっそぉ。せめて、こいつだけでも……!」


 ポヴィドルは網にかかる寸前、なんとか子猫だけでも助けようと、渾身の力で子猫を投げた。

 しかし、いつも人間のように二足歩行で生活しているせいか、咥えていた子猫は思ったより近くに落ちてしまう。


 子猫は投げられた勢いでゴロゴロと暗がりに転がっていった。

 見えなくなった子猫に「あーあ」と残念そうな声を上げながらも、子供たちは次なるターゲットになったポヴィドルに、無垢で残忍な目を向けてくる。


「ねぇ、こいつ、喋ってなかった?」


「喋ってた、喋ってた!」


「じゃあこいつが、悪い魔女の手下なんじゃない?」


「きっと、そうだよ! 子供を食べる悪い魔女の手下!」


「僕たちで退治しなくっちゃ!」


「そうだ、やろう。えいっ!」


 マジックアイテムで拘束されて身動きの取れないポヴィドルに、子供たちは次々に石を投げつけ、枝で叩き、時に足で蹴ってきた。

 石がポヴィドルの体に痣をつくり、枝は彼の体を切り裂く。

 とりわけ体の大きな子供の蹴りは凄まじく、普通の猫と同じサイズのポヴィドルは、容易に蹴り飛ばされた。


 身を守ろうと丸くなるポヴィドルを、子供たちはケラケラと笑いながら「よーし! やっつけろ!」と蹴り続ける。

 子供たちは、これが正義の行いだと信じているようだ。

 それを知っているからこそ、ポヴィドルは攻撃することもできず、ただただ一方的な暴力を耐えるしかない。


 攻撃すれば、痛い思いはしなくて済むだろう。

 だが、お菓子の家の魔女が人の子を害する卑劣な魔女だとうわさされるかもしれない。

 ポヴィドルはそれが、とても嫌だった。


 彼はフレイズの使い魔で、彼女と同じだけ生きられる特別な猫だ。

 普通の猫と違う所は、二足歩行ができること、お喋りができること、それから少しばかりのお使いと二つの魔法が使えることくらい。

 魔女のように好き勝手に魔法を使ったり、薬を作ったりすることはできず、この森に棲む人喰い狼のように、人間を食べたりもしないのだ。


 だから、こんな目に遭う謂れなどなかった。

 むしろ、無償で薬を渡している分、子供たちの方が不義理と言えるくらいだ。


(いってぇぇぇぇ。ボカスカボカスカ殴りやがって! オレはボールじゃねぇっ。お目々大丈夫か、クソガキどもめ。こんな奴らにフレイズの薬なんて有り難すぎだわっ! あークソッ。腹痛ぇっての! やめろ!)


 増え続ける痛みに、とうとうポヴィドルは我慢の限界が見えてきた。

 自慢の毛並みは泥にまみれ、見る影もなく。尻尾の先が踏まれて、痛くて痛くて仕方がない。


「うぅぅぅう!」


 命の危険を感じて、ポヴィドルの本能が理性を上回る。

 防衛本能から無意識に雷の魔法が発動し、静電気で彼の毛という毛が立ち上がった。


 バチバチと火花を散らして毛を逆立てる黒猫に、子供たちは逃げることも忘れて立ち止まっている。

 飛び散る火花が網を焼き切って自由になったポヴィドルは、背を山なりにして子供たちを金の目でギロリと睨みつけた。


 その時、一人の少年が意を決したように枝を取って向かって来た。


「わ、わぁぁぁぁあ!」


(なんで来るんだ、この馬鹿! この状態になったオレは止められないんだぞ! 威嚇しているうちに散れ!)


 ポヴィドルの願いも虚しく、少年は枝を振りかざして迫ってくる。


(あぁ、子供を攻撃しちまう!)

 

 ポヴィドルはギュッと目を閉じて、その瞬間から目を逸らした。

 子供が雷に打たれる瞬間なんて、見たいものではない。

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