第11話 完璧な朝ごはん

「……で、何しに来たの?」


 床をピカピカに磨き、さらにフワッフワのパンケーキを「朝ごはんにどうぞ」と出してきたトゥイルに、フレイズは瓶に入ったシロップを遠慮なく注ぎながら問いかけた。


「お菓子の家の掃除をしに来たのですよ。この前、散らかっているから僕を中に入れたくないと言っていたでしょう? あなたは魔法のことで忙しいし、ポヴィドルだって忙しい。僕に手伝えることは何だろうと考えて、こうして掃除をすることにした次第です」


 レースのクロスがひかれた少女趣味なテーブルの向かい側で、見覚えのないパッチワークのクッションを背にトゥイルは答えた。


 お茶を飲むというなんてことのない動作の一つなのに、やけに気取っている。

 フレイズは「ケッ」と小さく呟きながら思った。


(そのクッションも、少女趣味過ぎやしない? ポヴィドルの趣味? いや、こいつの趣味? 魔女の家にファンシーな赤とかピンクとか白のものって、違和感ありすぎじゃない?)


 未来予知の魔女が言っていた、マジョッコという者が好みそうな雰囲気だとフレイズは思った。


 マジョッコとは、キラキラしい雰囲気の中、ピンクや紫といった可愛らしい色合いのドレスに身を包み、大きな宝石がついたマホウノステッキなるもので物理的に殴ったり魔法で応戦したりする存在らしい。

 初めて聞いた時は、未来の魔女は随分と自由なのねと思ったものである。


 とはいえ、未来のマジョッコが似合っても、現代の魔女であるフレイズに似合うわけがない。

 服の色指定はあるものの、家の中のことまで制約がないので、彼女はどうしたものかと困ったようにそれらを眺めた。


「……なにこれ、うんまっ!」


 流れ作業で切り分けたパンケーキを無造作に口に入れたフレイズは、信じられないような食感に目を丸くした。


 パンケーキは、本当に信じられないほどフワッフワだった。

 口の中に入れた瞬間、コットンキャンディーみたいに溶けていくパンケーキなんて、長く生きてきたが初めてだ。


 確かめるようにもう一切れ食べてみても、食感は同じ。

 フレイズは感動したように目を輝かせて、パンケーキを口にした。


 魔法のこととなると寝食さえ忘れそうなフレイズだが、やはりお菓子の家の魔女だけあってお菓子には目がないようだ。

 リスのように頰を膨らませてせっせとパンケーキを食べる彼女を、トゥイルは幸せそうに目を細めて見つめていた。


(はぁ……かわいい。キスしたい。抱きしめて膝抱っこして、僕がその口にパンケーキを運んであげたい)


 そんなことを思っていたせいか、トゥイルの手が無意識に彼女へ伸ばされる。が、途中ではたと気付いた彼は、自戒するように緩く頭を振って席を立った。

 再び戻ってきた彼の手には、ベーコンエッグとフワフワのパンケーキが何段にも重なったお皿があった。


「甘いものを食べたら、しょっぱいものも食べたくなりませんか? まだ食べられそうなら、これもどうぞ」


 空になったお皿を下げた代わりに、新たなパンケーキが出てくる。

 シュワシュワと溶けてしまうパンケーキならいくらでも食べられそうだと、フレイズは結局、五枚ものパンケーキをおなかにおさめたのだった。


「ふぅ……ごちそうさまでした」


 意外にも礼儀正しくトゥイルを見つめて食後のあいさつをするフレイズに、失礼にもほんの少し感動しながら、彼は「どういたしまして」と答えた。


「意外だ」


「なにが?」


「こんな僕にもお礼を言うのか、あなたは」


 トゥイルの言葉に、フレイズは眉を寄せて不快そうな顔をした。

 彼の言葉が、良い意味に聞こえなかったからだ。


「……私を馬鹿にしているの?」


「馬鹿にしていませんよ」


 間髪を容れずに答えるトゥイルに、フレイズは「じゃあなによ」と怒ったようなふて腐れたような顔で問いかけた。


 怒ったフレイズの目は爛々らんらんとしていて、人によっては恐ろしく思えるかもしれない。

 だがトゥイルは、そんな彼女の目を宝石のようだなと好意的に見ていた。


「だって、僕は不法侵入者だぞ。分かっているのか? その前だって、顔を合わせたくないくらいには嫌われていた。それなのに、魔法で攻撃もしてこないし、追い出すこともしない。掃除が終わるまで待って、さらにキッチンでパンケーキを焼いて出してもぺろりと食べてくれる。普通、食べるか? 不審者の作ったものだぞ。しかも、魔法大国の王族。つまり、このパンケーキに媚薬とか惚れ薬が入っていてもおかしくないんだ」


 トゥイルの言葉はもっともだ。フレイズだって、それを聞いてそれもそうだなと思った。


「でも、このパンケーキには何も入っていなかったし、あなたはこの家で掃除をして料理をしただけ。何か問題でも?」


 楽観視しているフレイズに、トゥイルは困ったように笑った。


「あなたはもう少し、危機感を持った方が良い」


「危機感ねぇ……そもそも、私は魔女だから人の法律なんて関係ないし、不法侵入にはならないのよ?」


 トゥイルが苦言を呈しても、フレイズはつまらなそうに「ふぅん」と言ったきり、髪をくるくる弄っている。

 彼女は知らないのだ。もしかしたら、魔女狩りで死んでしまったかもしれない可能性があったことを。


 彼女を守れるのは自分しかいないと、トゥイルは改めて思った。


「ねぇ。それより、あんたの喋り方だけど。丁寧に喋るよりずっと良いわ。そっちの方が素なのでしょう? 私なんかに畏まる必要なんてないから、気楽に喋りなさいな」


「……は?」


「だから、喋り方よ、喋り方。王族だから相手に合わせて喋るのはお手の物なのでしょうけれど、丁寧にされるとなんだかむず痒いの。私と会話したいのなら、まずは畏まるのをやめてちょうだい」


「分かった。それでフレイズが僕と話してくれるなら、喜んでそうしよう」


 鷹揚な、王族らしい偉そうな言い方は、とても彼に似合っている。

 フレイズは「そうしてちょうだい」と頷いて食後の紅茶に手を伸ばした。

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