第1章 その求婚、お断りです

第2話 魔女集会にて

 魔女集会。

 それは、魔女による魔女のための魔女の集会である。

 主な開催目的は意見交換や交流であり、人の世で語られるような悪魔崇拝や人肉を食べることは遠い昔のことになりつつある。


 年に一度の魔女集会は、魔女たちの生存確認をする意味合いもあるので、よほどのことがなければ欠席することは許されない。新人魔女が全ての魔女の生存確認を終えるまで──これは新人魔女のお披露目も兼ねているせいだが──集会を離れることは処刑を意味するのである。


「あぁぁぁ……暇……」


 すっかりやることがなくなってしまったフレイズは、会場の端に魔法で大型キノコを出現させると、その上でだらしなく寝転がりながら、水パイプを咥えてプカプカと煙を吐き出した。


「今年の新人魔女は、一人しかいないようね。運が悪い」


 会場を走り回る新人魔女を眺めながら、フレイズはプカァと煙を吐き出す。


「いつもなら、何人かいるのに。だんだんと廃れていっているのかしら……?」


 魔女なんて、若い娘がなりたがるような職業ではない。

 適性がなければなれないし、あったとしても魔女狩りだなんだと忌み嫌われることばかり。真っ黒な服しか着られないからおしゃれもできないし、町へ行けば卵を投げられる。良いことなんて、一つもなかった。


「まぁ、それはそれで仕方のないことね。私は、魔法薬の研究さえできればなんでも良いけれど」


 私には関係ない、とフレイズが新人魔女から視線を外したその時だった。

 会場の端っこで魔女が数人固まっていることに、彼女は気が付いた。


 魔女たちの足元で、何かがうごめいているのが見える。

 どうやら何かを取り囲んでいる様子で、目を凝らしてよく見れば、近くで大釜を火にくべているのも見えた。


「やめろ! 僕を食べてもおいしくないぞ!」


 耳をすませると、微かに変声期前の男児ボーイソプラノの悲鳴が聞こえてくる。


 人喰いが行われていたのは、フレイズが生まれる随分と前のことだ。

 魔女狩りで多くの魔女を失った際、大魔女たちが取り決めた禁止事項の一つである。


「はぁ……今時、子供の肉を食べる悪習を行う魔女がいるなんて……これだから、集会は嫌なのよ」


 フレイズは嫌悪感をあらわにして、眉をひそめた。


 見なかったことにして、立ち去るか。

 それとも、集会の主催者に通報するか。

 もしくは、自ら助けに行くか。


 フレイズの前に、三つの選択肢が現れる。


 彼女はしばし悩んだ。

 そうしている間も少年の悲鳴が聞こえてくるが、フレイズ以外の魔女は集会に珍客がいることに誰も気がついていないようだ。いや、もしかしたら「厄介ごとは首を突っ込まないのが吉」とあえて見ないふりをしているのかもしれない。


「……あ」


 ふと、フレイズは星を散りばめた夜空のような、綺麗な宝石と目が合った。

 長いまつ毛に縁取られたその宝石は、フレイズを見て絶望の色を浮かべる。

 取り囲む魔女たちのせいで、フレイズまで人を食うと思われたのだろう。


「もう。仕方がないわね」


 そうだ、仕方がない。

 地面に転がる子供の目と、フレイズの目が合ってしまったのだから。


 子供の目は、まるで宝石ブルースギライトのような複雑な藍色をしていて、とても綺麗で。フレイズはそれを、助ける価値があるものだと思ってしまったのだから、仕方がない。


「ねぇ、あなたたち。そこで何をしているの?」


 ツカツカと歩いてきたフレイズに、魔女たちは目を輝かせた。

 魔女フレイズといえば、一部の魔女の憧れである。


「あらあら。お菓子の家の魔女様ではありませんか」


「あなたなら、分かるでしょう? わたくしたち、この子供を煮て食べる所なのです」


 フレイズの通り名は、お菓子の家の魔女。

 お伽噺で読んだことがある人もいるのではないだろうか。子供を食べようとする、怖い魔女の話である。


 人喰いの悪習が残るド田舎の魔女たちは、フレイズに憧れを抱いているようだった。

 お菓子の家の魔女といえば、子供を食べる筆頭魔女と言っても過言ではない。

 最終的に子供を食べようとしていた魔女は手痛いしっぺ返しをされているのだが、魔女たちは知らないのだろうか。


 人喰いで有名なお菓子の家の魔女は二代目で、フレイズは曰く付き物件を継承した三代目でしかない。

 当然のことながら、魔女たちが憧れるお菓子の家の魔女はフレイズではないのである。


 分かっていながら、あえてフレイズはこう言った。


「あら、ダメよ。この程度の子供で満足していてはいけないわ。もっと育ててからにしないと。そうだわ、私に預けてくださらない? そうすれば、つぎの魔女集会にはおいしいお肉にして持ってきてあげる」


 そんなつもりなんてかけらもないくせに、フレイズはしゃあしゃあとうそを吐いた。魔女なんて、そんなものだ。うそをつくことは、魔女の常識である。

 だが、憧れの魔女に声を掛けられて舞い上がっていた魔女たちは、そんな当たり前のことも忘れてしまったようだった。


「まぁまぁ! フレイズ様が育ててくださるのなら、それはもう上等なお肉になるに違いありませんわ!」


「ええ、ええ、そうですとも! 是非ともお願いいたしますわ。うふふ。わたくし、来年が楽しみになってきました!」


「憧れのフレイズ様とお話しできただけでも嬉しいのに、来年のお約束までできたなんて……わたし、嬉しくて倒れてしまいそうです!」


「あらあら、しっかりなさって! お気持ちは、分かりますけれど……」


 魔女たちの熱い視線を受けてもなお、フレイズの表情はちらりとも揺らがない。


「そんなに喜んでもらえるなんて……嬉しいわ。つぎを楽しみにしていてちょうだいね。うふふ」


 呼吸するようにつらつらとうそを吐きながら、フレイズは魔女たちの足元に転がる子供のそばへ歩み寄った。


 子供は、多少の擦り傷はあるものの、大けがはなさそうだった。

 スラリと伸びた手足に、白い肌。まるで少女のような可憐さを持ちながら、子供は少年らしい生意気そうな目をしている。


 今度は、おまえか。

 少年の反抗的な目つきは、そう訴えているようだった。


(無駄に絡まれても面倒ね)


 珍しく人助けをしようとしているのに、当の被害者から文句を言われるのは、フレイズだって本意ではない。


(うっかり、田舎魔女たちに引き渡してしまうかもしれないもの)


 かと言って、魔女たちの前で「助けに来たわ」なんて言えるわけもないので、少し考えた後、フレイズは少年の顎を掬い上げた。

 そして、躊躇うことなく自分の唇を少年のそれに押し当てた。


 人はその行為を、『キス』や『口づけ』と呼ぶ。

 初めて唇を奪われた少年は、突然のことにあらがうことも忘れて、鼻をかすめた甘い菓子の香りを吸い込むことしかできなかった。


「……」


 混乱するあまり、少年の思考は停止してしまったようだ。目をパチクリとさせながら黙る少年に、フレイズは満足げに微笑む。

 フレイズが笑うのは、可愛らしい少年とキスできたからとか、そういう少年愛嗜好ショタコン的理由からではない。彼女は少年にある魔法をかけ、成功したと思って笑っていた。


 口縛りの魔法ビー・クワイエット

 魔力を込めた唇を合わせることで、相手の唇を縛る。つまり、キスした相手を黙らせる魔法である。


(初めてしたけど……うまくいって良かったわ!)


 まだまだ研究段階の魔法で、フレイズは実験してみたいと思っていた。

 そこへ運良く被験者が現れたので、早速実験してみた……という次第だったのである。

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