第24話 王子になれなかった者
扉を蹴破って入ってきた男を、トゥイルは冷ややかな目で見遣った。
金の巻き毛にエメラルドのような目、真っ白な肌にはシミ一つ見当たらない。大事に甘やかされて育ちましたという雰囲気があらゆるところから垂れ流されている、いかにもな貴族令息だ。
大して鍛えられていないヒョロヒョロの体では剣の扱いもままならないのか、
トゥイルは、その男を知っていた。
「何をしている、サントノーレ」
凍てつくような声に、サントノーレと呼ばれた男はトゥイルの存在にようやく気がついたようだ。
フゥフゥと荒い息を吐きながら振り返ったその男の目は、怒気に濁っている。
男の名前は、サントノーレ・ブルドロ。
世が世ならば、ブルドロの次期後継者、王子だった男だ。
残念ながら、サントノーレが生まれる前にブルドロはフォレノワールの属国になったため、彼が王になる道は絶たれた。
そのことで、彼はトゥイルを心の底から憎んでいるのである。
「コンフィズリー・トゥイル・フォレノワール。貴様こそ、ここで何をしている」
口に出すのもおぞましいと言わんばかりの声で名前を呼ばれ、トゥイルはそんなに嫌なら喋らなければ良いのにと思った。
「服を買いに来た。ここは、そういう店だろう?」
その眼光の鋭さに思わず腰を引きながらも、サントノーレは反抗するように持っていた剣を振り回した。
「う、うるさいっ、黙れ!」
剣を習いたての子供だって、もっと上手に振り回す。
あまりに才能がなさすぎて、トゥイルは耐えきれずに吹き出した。
「まさかとは思うが、その貧弱な太刀さばきで魔女を殺せると思っているのか?」
「ふんっ。しなびたババアなんて、これで十分殺せるさ」
「しなびたババアか」
トゥイルは、目と鼻の先にいる、彼が愛してやまない麗しい魔女を思い浮かべた。
彼女自身も自らをババアと称するが、その見た目は若々しく年齢不詳だ。最近はトゥイルが甲斐甲斐しく世話をしたおかげもあってますます磨きがかかり、そこはかとない色気をまとっている。
「百年以上生きる化け物だ。さぞ、しなびているだろうさ!」
「魔女を殺す、ね。その言葉、叛逆罪になるという自覚はあるのか?」
「僕は王子だぞ? 叛逆罪になんてなるわけがない。僕が法律さ」
ケロリと答えるサントノーレに、叛意などない。
ブルドロ王国はとっくのとうに滅ぼされたというのに、いまだ理解できていないようだった。
「口を慎め、サントノーレ。この国は、ブルドロ王国ではない。この国に、王族は存在しない。そんなことも知らないのか? 愚か者め」
正論を突きつければ、自称『僕が法律』の王子は、顔をひしゃげてトゥイルをにらみつけてきた。
その醜さは、とても形容できるようなものではない。
人はかくも醜くなれるものなのかと、ベティーズは能面のような無表情の下で思った。
「知っているさ。おまえが、僕の人生を狂わせた! 本当ならば、僕はこの国の王子だったのに!」
「恨むなら貴様の親を、祖父を恨むことだな。魔女狩りなんてするから、攻め落とされたのだ」
「魔女なんて殺して当然だろう! 悪魔を崇拝し、人を騙し、時に食う! そんな野蛮な下等生物に生きる価値はない!」
サントノーレは典型的な魔女嫌いのようだ。
本当の魔女を知らず、思い込みだけで嫌っている。
「そうだ、おまえも同じさ! 不老不死の、気味が悪い生き物め。フォレノワールの王族だかなんだか知らないが、勝手に国を攻め落として政権を握るなんて、さすが悪魔と言わざるを得ない!」
ビュン、とトゥイルの眼前に剣が突きつけられる。
貧弱な剣筋でも多少の風圧くらいはあったのか、トゥイルの前髪がかすかに揺らいだ。
口元にうっすらと優美な笑みを浮かべたトゥイルは、ゆったりと足を組み替えた。
たったそれだけのしぐさだというのに、サントノーレは怯えたように一歩後退る。
剣でも言葉でも、トゥイルを傷付けることはできない。
余裕綽々な様子のトゥイルに、サントノーレは悔しそうにギリギリと唇を噛みしめた。
「僕がこの国の政治を放り出したらどうなるかなんて、おまえには分からないのだろうな。王都とは名ばかりの寂れた町を、ここまで立て直したのは誰だと思っている。おまえや、おまえの親ではないだろう? 先々代に至っては、魔女狩りと称して罪のない少女まで殺していたな。そんな愚王なんて、王座から堕とされて当然だ」
「おじいさまを、馬鹿に、するなあっ!」
声だけは勇ましく、サントノーレはへっぴり腰で剣を突き出した。
「はぁい。そ、こ、ま、で!」
突き出された細剣は、トゥイルに届かない。ベティーズが止めたからだ。
ガッシリと背後から押さえ込まれたサントノーレは、どんなに暴れても身動き一つ取れなかった。
「離せ! 不敬罪だぞ!」
「はいはい、ごめんなさいねぇ。この店ではアタシが法律なのよ。よって、あなたはこの店へ出入り禁止。もうお洋服は作ってあげないんだからぁ」
暴れるサントノーレを、ベティーズはスタッフが持ってきた縄でぐるぐる巻きにした。
芋虫のようになった彼は、それでもかまわず床でうねうねしながら怒った。
「っな! 僕を誰だと思っている! サントノーレ・ブルドロ様だぞ! 王子様なんだぞ!」
サントノーレが暴れるほど、乱れた巻き毛に散らばったレースの破片がいくつもくっついた。
その様子はどう見ても蓑虫のようで、ベティーズはおかしくてたまらなくなる。
思わず吹き出しそうになるのをギリギリで堪えながら、彼は言った。
「世が世ならそうだったのでしょうけど……残念でした。あなたはブルドロの一国民にしか過ぎないのよ」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい! 今に見ておけ! 僕のブルドロ王国を取り戻してやるからな!」
そんなこと、できるわけがない。
この場にいる誰もが、そう思っていた。
しばらくして、サントノーレはやってきた警備兵に身柄を引き渡された。
ギャアギャアと喚き散らす彼に、警備兵は「またか」と迷惑顔だ。
しかし、世が世なら王子だったかもしれない男だからか、警備兵も乱暴にはできないようだ。
あまりの煩さと迷惑をかけられた腹いせに、トゥイルが「せいっ」と彼の首に手刀をかましてようやく、場は静かになったのだった。
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